No.12 敵情視察します!
変な鳥のさえずりも慣れました。
今は廊下の柱の影に隠れて、周囲を観察してます。
現在の私の姿は、鈍い金髪に緑色の瞳の二十代中くらいの姿です。
色彩を変えたのは、あのままだと私だと分かってしまう危険があったからです。
新しい魔法を検分した後、スフィンさんが教えてくれたのですよ。
銀髪で紫色を持つのはスノーヴァ家だけだと。
慌てて色彩変化魔法を考えました。
イメージでゴリ推しで勝利です。
そして、今の私が完成。
調度良さそうな人を探します。
気分は、潜入捜査官です。
しばらく待っていると仲のよさそうな二人組が談笑に花を咲かせました。
私はなに食わぬ顔で、仲間に加わろうと挨拶します。
「おはようございます」
「あら、初めての顔ですわね」
「あっ!昨日の人の代わりに来た新しい人だね」
二人とも十代後半の可愛らしい人です。
私は、はいともいいえとも言わずに笑顔を顔に張り付けます。
「あの方のやり方ですもの。私達も気を付けなくては…ねぇ?」
「そうだよねー!気に入らないとすぐにクビだし、天涯孤独な子なんて行方不明になったって!」
「あの方って…王妃様ですよね?」
「シッ!誰かに告げ口されたら、何されるか分からないよ?」
「何かされるんですか?」
「そうですわ!あの方には、魔術師のニコン様もついてますし…選ばれた者しか参加出来ないパーティーがあったりして…怪しいですわよね」
「そうそう。全然内容は分からないけどね~!噂話好きのお貴族様も話さないし胡散臭いよね~」
次々と飛び交う話に、相槌を打ちながら私は頭にメモしていきます。
「貴女も気を付けなければ、どうなるかわかりませんわよ?」
「あの方には、レスリー公爵様がついてるからね!あの二人は色々噂あるから」
「お二人の噂ですか?」
私の言葉に二人は顔を見合わせた後に、手招きして声を抑える。
私は彼女達に近づきながら、合わせたように頷く事で続を促します。
「あの方は隣国の末姫様で溺愛されて成長なさったとかで」
「でも魔力は皆無で、魔法の先進国フェリアでは肩身が狭かったみたい…そもそも、政治的に嫁がれたから陛下もどう対応していいか迷ってたのかも?」
あの王妃様の性格に納得です。
末姫で我が儘が通っていたから、今もあの小学生なみの思考なんですね。
更には、結婚してからは溺愛どころか、イマイチ距離が掴めなかった王様と王妃様。
うーん、王様の性格からして一番苦手なタイプな気がするのは、考え過ぎでしょうか?
「それで、あの方は優しくしてくださるレスリー公爵様と親睦を深めたとか」
「だから、王子様がお産まれになった時は周囲がざわめいたとか」
「でも、王子様は王様に似てますよね?」
キースさんは色彩から、綺麗な顔立ちまで王様にそっくりです。
私が首をひねると、二人は小さく笑いながら言います。
「だから、あの方は今も現状維持なんですわ」
「じゃなきゃ、レスリー様の不思議なパーティーや行方不明者の事で大変な事になってるよ?」
「それでなくても、あの方の他種族の扱いは酷いですもの。人間の綺麗な人はお茶の相手、他種族のは小間使にしてるんですもの」
「この間も準騎士のマイク様が部屋に呼ばれたとか!部屋で何をしているのか…食べられちゃってたりして!」
「……それは、まぁ…」
うら若き乙女が何を言っちゃっているのですか!
私は乾いた笑いしか出ませんよ。
やはり、王妃様の頭はお花畑確定です。
どの噂も上手く立ち回れば、きっとメイドにまで届くとは思えない内容です。
怪しさを上げてるのは、もはや王妃様自身だと思うのは極論でしょうか?
「ここの区域はあの方の楽園だから、誰も意見を言えませんわ。陛下も諦めてるみたいですし」
「まぁ、言っても聞かないもんねー?専属侍女なんて、陛下を悪者にしちゃうくらいだし」
あぁー、と言葉をもらしてしまいます。
あの宗教じみた侍女達を思い出すと、メンタルが削られる気がします。
しみじみ考えていると、小さな咳払いで顔を上げます。
「ルー、貴女の時間を少し頂けませんか?」
微笑んで手を差し出していたのは、カイルさんでした。
爽やか過ぎる微笑みに、背筋が冷たくなります。
カイルさんの腹黒説が、私の中で確定した瞬間です。
「えっと、…ハイ」
今の姿では、公爵家のカイルさんの手を拒絶するのは不可能です。
メイド二人は、感嘆の溜め息をつきます。
確かに、メイド少女からしたら公爵家の麗しの次男に、丁寧な誘い言葉を言われたら胸キュンかもしれません。
が、私はキュンよりギュッ。
心臓をギュッとされたみたいです。
そう思いながらも、手をカイルさんの手にのせます。
するとスッと引っ張られて、気が付いた時にはカイルさんの腕の中。
「それではお嬢様方失礼します。お仕事頑張って下さないね」
ニッコリ笑うとカイルさんは、小さく何かを呟きます。
光の粒が集まり、微妙に気持ち悪い浮遊感。
あれですね、あの二日酔いに近い症状になるあれです。
異世界定番の転移魔法。
突然見慣れた風景。
密度の高いお部屋なう。
私の部屋には、王様や父の他にキースさんやお兄様二人がいらっしゃいました。
「心配したよ!本当に僕にそっくりで…うん、成長が楽しみだ!」
ドンッと勢いよく飛び出してきた父を、カイルさんは軽く右に避けて耳打ちしてきます。
「戻った方が被害は少ないですよ」
「そうですね。そうします」
軽い二日酔いの症状になりながら、頷いて元の大きさに戻ります。
「クロック・解除」
急にフッと視界が低くなって、クラッとします。
エレベーターの乗った時の、嫌な感じでのあれです。
ダブルでダメージです。
ヘロヘロと座り込みそうな私を、カイルさんは軽々と抱き上げてソファーに座らせてくれます。
正面には王様と拗ねている父。
私の右にはキースさん、左にはお兄様二人。
スフィンさんとカイルさんは、魔法で丸椅子を出すとそれに座ります。
イマイチ分からない配置ですね。
「さて、ルナ。外見以外で、初めてルナをスノーヴァ家の人間だと実感したぞ」
「まるで俺が頭の悪い人間みたいだろが!」
「叔父上は、少し頭の回転が良すぎるんだ。して、ルナはなぜに王妃の間の区域にいたのだ?」
言い合いをしていた王様が、私を見て微笑みます。
その微笑みに王者の貫禄が出ているのは…気のせいでしょうか?
目が笑っていませんよ。
誤魔化しは効きませんね…早々に謝って話してしまいましょう。
「心配おかけしました!ごめんなさい!あの場所にいたのは…噂話を集めようかと。私の死を願うのは…限られますよね?だから敵を知ろう、と。知らなくては、戦法をたてようがありませんから」
「どんな話だったか聞いても良いかな?」
「はい、噂話なので信憑性は計りかねますが…王妃様はあまり良くない噂が充満してますね」
まずは、王妃様がクビにした人間が消えているらしい事。
選ばれた者しか参加出来ないパーティーがあり、内容は誰も語らない事。
レスリー公爵様と親密な事。
種族の差別に、お気に入りを部屋に呼ぶ事。
王子様が産まれた時のざわざわは省略させてもらいました。
私の精神衛生上で。
王様も父も難しい顔で聞いていました。
「短時間でそこまで…」
「カイルさん、情報通は女性の方が多いんですよ?おしゃべりが大好きですから」
私は小さく笑って断言します。
どの世界だって女性は噂話が大好物です。
尾ヒレがつく場合がありますから、情報は参考程度に考えておく方が無難ですけど。
でも今回のように情報の無い場合。
あえてあの場所を選んで話に加わったのは、効率と安全を考えて。
「…きな臭いな」
父がアンニュイな表情で呟きます。
皆さんも微妙な表情でいる中、王様はニヤリと笑います。
嫌な予感で警報がビービー鳴っています。
私は曖昧に笑います。
何事もありませんように…と、願いながら。




