No.9 もう一人の王様は神出鬼没
鳥のさえずりを間近で聞いて、うつらうつらしていた思考が浮上します。
軽い頭痛・体の痺れ・倦怠感に、首を傾げながらも体を起こして思考がフリーズしました。
見渡す限りの緑・ミドリ・みどり。
きっと森ですね。
体が痺れているのも、地面に寝てたからですね。
それとも、別の理由でしょうか?
しかも、なぜここに?
昨日は兄達やスフィンさん達とお話して……多分、ベットに寝たはずです。
多分と言うのは、話してる途中から記憶がないから。
兄達なら微笑みながらベットに運んでくれたはず?
つらつら考えて、フッと背中に体温を感じて、振り向くとフワフワの漆黒の毛が、背中を包み込むように寝そべっていました。
夏とはいえ、森の中は涼しくて夜中や早朝は冷え込み体温を奪います。
彼のおかげで生きているみたいです。
思い込みですが、男の子な気がしたので彼と呼びましょう。
「ありがとうございます…貴方のお陰で助かりました」
お礼を言いながら、毛並みを撫でていると顔がこちらを向きます。
尖った耳にシャープな鼻筋。
端正な顔立ちです。
犬に似ていますが、大型犬より大きく孤高の狼の方がしっくりきます。
狼界ではきっと驚く程の美形さんですね。
「体は痛くないですか?」
『我は問題ない。お主こそ体調に異常はないか?』
「ちょっとおかしいですが…死ぬ程では…え?」
そこまで答えて、真横に気配を感じて顔を上げると…淡い銀色の光が集まると、不思議な色彩を持つ眉目秀麗そうな美形が立っていました。
綺麗すぎて感嘆してしまいます。
同時に心臓に悪いです。
『次期神子、我の世界へしばし休息するといい』
「……えっ?なぜ?」
頭に浮かぶのは、?マークです。
誰かも分からないのに、着いていくのは遠慮しますよ。
今時の小学生でも、それくらいの警戒心は持ってますよ?
しかも、貴方は誰ですか。
顔をひきつらせていると、眉目秀麗そうな人は、私の腕に手を伸ばし眉間に皺を寄せます。
『死の呪がかかっている魔道具だ。このままにすると、二日後には魔力の枯渇で、体が干からびる』
「ひ、干からびるのですか?!」
『いくら稀にみる膨大な魔力を持っていても、必要以上の放出を続ければ死に直結する。この魔道具も、こちらの世界では破壊出来ない』
ギァァァ!!
リアルな死亡フラグです。
本気で落ち込みそうですよ。
魔力の枯渇は、昨日頂いた基礎魔術にも書いてありました。
気を付けろと言われていたのに、この状態なのも落ち込みに拍車をかけます。
『魔道具を破壊して、魔力が戻ったら元の場所に送り届けよう』
「お城に、ですか?」
『あぁ。問題なかろう』
「…でも、心配してるかもしれませんから、すぐにでも戻らないと…」
心配性な人達が暴走しそうで怖いです。
特に父とか…昨日もチラッと見せた、王妃様に対する冷徹な態度が本気で寒かったです。
『では、現神子に伝言しとくとしよう。どのみち、呪の魔道具を無傷で処理出来るのはいなかろう』
「呪われているのですね……」
呪に加えて無傷でって…、そんな私何かしましたか。
えぇ、しましたね。
王妃様にバッチリ反抗を。でも、後悔はしてませんよ。
自身の迂闊さに落ち込みそうですが。
腕輪から感じる負の感情にさらされると、何となく身体にまとわりつく重さが鬱陶しいです。
「ご面倒をお掛けしますがお願いします」
『あぁ、精霊王・エメルの名に誓ってそなたの呪を安全に破壊してみせよう』
「…精霊王さんなんですか?」
美貌からして人外さんだとは思っていましたが、精霊王さんのお出ましにどう反応していいのか…。
だから、次期神子って呼んだのですね。
『エメルだ。精霊王は敬称に過ぎんからな。では、精霊界に転移する』
フワッと風が私を包むと、光に包まれて眩しくて目を閉じる。
光が収まって目を開けると、楽園でした。
庭らしき場所で花は溢れ、噴水はキラキラと反射し、木々はさわさわと爽やかな風景を作り出す。現実とはかけ離れた綺麗な世界です。
その庭には、綺麗なティーテーブルと甘い香りのお茶がいつの間にか用意されています。
漆黒の狼さんも寝そべっています。
『まずは、精花茶で休息するといい。この精花茶はここにしかない。浄化を助けることも出来る』
「精花茶ですか?」
『この世界にしかない精霊の加護が必要な花で、他では芽を出す前に枯れる』
淡いピンクのお茶は綺麗で、カップの中に小さな淡い赤色の花が咲いています。
一口飲んで軽く感動しました。
さっぱりした甘さと、心をくすぐる可憐な花。
鬱々していた気持ちが和らぎます。
それを察しのか、エメルさんは私の真横に移動して腕輪に触れます。
急にざわざわと、背筋に冷たいものが走ります。
何がかは分かりませんが気持ち悪いです。
『人間は愚かなのは分かっていたが…』
「そうですね。でも愚か故に愛しい、と恩師が言ってました」
思い出すのは、養護施設の園長先生。
どんなに悔しい事があっても、辛くても人を嫌いになってはダメだと。
"人間を嫌うのではなく、愚かさを許せる人間になりなさい"
私もそう思います。
疑心暗鬼になるよりは、信じる方が気持ちが楽です。
だから、エメルさんを見て笑います。
「私は愚かな人間もちょっとお茶目な精霊も、優しいエルフも好きです。きっと獣人だってドラゴンも。良いことをするのも悪いことするのも、種族は関係ないです」
『そなたは強いのだな』
「いえ、弱いから森に置き去りにされて呪われているのですが…」
曖昧に笑って誤魔化します。
現在進行形で弱さしか見えてませんから!
呪いの腕輪をはめられた事すら、気がつかないとか…弱い以前の問題ですよね。
『心が強い。信じることは疑うより難しく、途方もない精神力も必要とする。稀少な人間と言ってもよい』
「そー…なんでもないですよ?人の好き嫌いはありますし、敵対心丸出しの人にまで信じられませんし。やられたらやりかえす精神はもってますから」
頬をかきながら苦笑します。
そんな聖人君子にはなれません。
むしろ、今までだって敵意には敵意で返してきました。
それを変えるつもりはありません。
エメルさんは一瞬、驚いた表情をした後に破顔します。
ぶわっと花々が見えました。
場違いにも見とれてしまいましたよ。
『面白い。あちらの世界に置くのが惜しいくらいに』
「いえ、普通だと思いたいです…」
『王よ、主旨がズレてる。早く呪いを破壊しろ』
狼さんが苦言を呈します。
色々ありすぎて忘れてて今更ですが、狼さんは話が出来るみたいです。
こちらの世界では当たり前なのでしょうか?
『破壊してしまったら、すぐに帰さなくてはならないだろ…惜しいのだよ、この娘の気質が歪んでしまわぬか…』
『これだけの純度が高い魔力を持つヤツを、そこらのザコがどうこう出来ないだろ』
『そ…なんだがな。だからこそ次期神子なんだが』
『オラッ、ならさっさとしろ!コレに何かあったらどーすんだ、クソ王』
『あ、可愛くない。次期神子を見習えばいいと思う』
『可愛くなくていい!男が可愛いと言われても嬉しかねーだろ!』
ポンポンと言い合いする、エメルさんと狼さん。
エメルさんも狼さんも、口調が段々砕けてきてます。
日常はこれなんでしょうね。
置いてきぼりの私は、どうしたものかとふぅと息をつきます。
『仕方ないな。気分が悪くなれば言ってくれ』
「はい、お願いします」
頭を下げてから腕を差し出します。
不愉快感たっぷりな腕輪に、エメルさんが触れると"バキッ"と音と共に、魔道具がサラサの粉になって風に運ばれます。
エメルの手に残ったのは、赤ちゃんの拳ぐらいの赤黒い石。
血の色に見えて禍々しく見えます。
『これを媒介して、放出の呪いをかける。一昔前に奴隷の見せしめにも使われた』
「今はで負の遺産ですか?」
『いや、ここにあると言うことは…まだ、製作している者がいて秘密裏に使われているのかもしれぬ』
『胸糞わりーよな!その魔石は、精霊を閉じ込めて、精霊の負の感情を引きづりだして製作するんだからよ』
負の感情。だから、あんなにまとわりつく不快感に襲われたんですね。
しかも、現在も誰かが犠牲になってる。
相手は死んでも構わないと。
私の中でプチッときましたよ。
「これは…誰が主犯であれ、喧嘩売られたのですよね?売られた喧嘩は買う主義です!」
建前とかどうでもいいです。
今、私は放置すれば軽く死ぬ手前でした。
確実にエメルさんの助けがなきゃ、私は干からびて死亡です。
『お、おい!無茶して、また死にかけたらどーすんだよ!』
「そんな下手は打ちません。あながいますけどもし、そこで終われば天命なんですよ。そんな事より、バカを野放しにする方が危険で腹立ちます!」
拳を握って力説します。
暴挙の亡者には、それ相応の罰が必要ですから。
今回は助かりましたが、次がないとも言い切れないのですから。
放置して自身や誰が犠牲になるのも、寝覚めが悪いです。
『やはり面白いな。わざわざ、険しい道を選ぶとは』
しみじみ呟くエメルさんに、私は苦笑します。
「険しくとも、自分が正しいと思った道を歩きたいです。正直、何処まで出来るか分かりませんけど…簡単に諦めるなんて嫌ですから」
今は子供でも、中身は三十路で図太さなら負けません。
日本で過ごした時間は、無駄になんてしませんよ。
グッと手を握って決意します。
『そなたは、そのままでいてくれ。それが世界を変える』
「世界だなんて、大それた事出来ませんよ?目下の目標は、その魔道具を製作・使用した人を、絞めて社会的抹殺したいです!」
これにつきます。
物理的に抹殺は出来ません。
日本で染み付いた殺人は罪の、倫理観念は消えませんから。
でも、社会的に後ろ指さされるくらいの事なら、倫理観念的にもオッケーです。
にっこり微笑みながら力説した私に、エメルさんと狼さんはニヤッと悪い笑顔を浮かべます。
『そなたには、魔道具を装着され死にかけた。その権利は当然にある』
『むしろ、殺っちまえ!』
二人ともノリノリです。
そうです。自分を含めて犠牲になっていい命なんてありません。
だから、私も口角を上げます。
悪い顔をしてるのは自覚してますよ。
「売られたら倍額で買いますから。見かけで判断したら、痛い目みるんですよ?」
『存分にやるがよい。何かあれば、出来る範囲で手を貸そう』
『おう!面白れーだろから、何時でも呼べ。シルヴァー様が行ってやるぜ!』
「ありがとうございます。期待に応えられるように頑張りますね!では、もうそろそろ」
立ち上がろうとして、足に力をいれたのですがヘナヘナと座り込んでしまいます。
ち、力が入りません!
『まだ無理だろう。魔力が半分以上持っていかれているからな』
「えっ?えーと、三日で干からびるんですよね?一日で半分以上も放出するものですか?」
『魔力が大きいから、最初の放出も大きいらしいぜ。その後は緩やかになるらしいがな…高位魔導士レベルでも、二日で終わるから、お前の魔力はそれ以上だって事だ』
「知りたくない情報ありがとうございます…」
『何でだよっ!』
狼さんことシルヴァーさんを、じと目で見ます。
何でって…危うく死にかけた原因の一部だからですよ!
まぁ、プライバシーの駄々漏れが、一番の原因ですけどね。
部屋に奇襲はかけるわ、プライバシー駄々漏れだわ…この世界の常識と教育の低さは、底がない気がします。
頭の痛い問題ですね。
『お茶でも飲んでゆっくりするといい。大丈夫、現神子に連絡はすましている』
体が浮いて椅子に座らされます。
エメルさんは笑顔で、指を鳴らすとティーカップにお茶が満たされます。
さすが精霊の王様ですね。
「現在の神子の方は、どんな方なんですか?」
『…あれは、羊の皮を被った鬼だ、と俺は思っている』
『間違いではないな。他者に思考を読ませずに、自身の目的は果たす。敵に回したくない、面倒くさいヤツだ』
「面倒くさい鬼、ですか?」
『シルヴァーは、反応が面白いから遊ばれるだけ。本来は、口煩いが穏やかなハイエルフだ』
「口煩いのに穏やかなんですか?」
想像できません。
面倒くさい鬼で、口煩いが穏やかなハイエルフ。
誰か明確な説明お願いします。
想像が広がるだけ広がって、意味のない疑問が頭を占めてしまいます。
『"ミステリアスで素敵"だとか、騒いでいた眷属が言っておったな』
『……ミステリアスってより、ミステリーとかミステイクの方が合うだろ。アイツの笑顔、本気で怖えーだよ!男なのに妙に色香が漂ってて怖えーし!』
『あれはお前と対面した時だけ、悪戯心がくすぐられるらしい』
『そんな情報いらねーよ!普通に…普通でいいんだよ。俺の精神が病むわ!なぁ、お前もそう思うだろ?!』
「…ドウナンデスカネ?」
すがる目のシルヴァーさんに、私は曖昧に笑います。
秘技・笑って誤魔化せ、です。
だって、現神子さん知りませんから。
ただ、ちょっと対面するのが怖いです。
玩具認定されたら、大変ですし慎んで辞退させて頂きましょう。
『心配しなくても、そなたなら好かれるだろう。あれは、基本的に勤勉で一生懸命な者を好く傾向がある』
「あー…だから、シルヴァーさんなんですね」
『お前っ!他人事じゃねーからな!お前なんて、ドンピシャじゃねーか』
「そうでもないですよ?勤勉でもありませんし…一生懸命なのは、私の倫理を突き通そうしたいだけの自己満足ですよ?」
倫理は十人十色であり、私だけが正しいなんて言えません。
それでも、許せないものは許せない。
結果として、行動に移すまでまで。
至極短銃明快な考えですよ。
首を傾げながらこたえます。
『そなたはそのまま自由に羽ばたけばいい』
『だけど無茶だけはすんなよ!心配でハゲる』
笑顔のエメルさんと心配顔のシルヴァーさんとの会話は、面白くて優しくて心が温まります。
この世界は時々心が痛いときもありますが、優しい人達が断然多いので心は温かい時の方が多いです。
やはり、このまま泣き寝入りは出来ません。
優しい人達が傷つくなんて嫌ですから。
そうならない様に…全力で私の出来る事をしましょう。




