夏練七日目
俺は和久井真彦。至って普通の脇役だ。
夏練も七日目になった。
ということはもう帰る日だということになる。
今日は今までの六日よりも早く起こされ、
早く朝食を食べた。
幸いというかなんというか、
昨日は早めに寝ておいたので起きるのは苦でなかった。
何しろ最終日なので、今日は本格的に何かすると思ったからだ。
すると、夏葵がこういう。
「さあ、今日は模擬戦闘するわよ。幸美と由莉、私と真彦で戦わせてもらうわ」
「私は演劇部の合宿もあるし、万が一の怪我があっちゃ困るからね」
ゆめのいっていることは的を射ているが、
さすがに何もしないなんてことはないだろ。
と思っているとやはり彼女はこう続ける。
「だけど、審判だけでもやらせてもらうわ。それもいい練習になると思うから」
まず海水浴場へと向かった後で、
最初に模擬演習を行うのは幸美と由莉だった。
「あなたの氷と私の風、どちらが強いかここで決着を付けるよ!」
「面倒くさいわね。でも、折角だし受けさせて貰うわ!」
「じゃあ、始めて!」
試合開始の合図が入る。
先に動いたのは幸美だった。
「フリーズフィスト!」
「ウインドストリーム!」
幸美が拳から氷を飛ばすのに対し、由莉は風を集中的に吹かせて対抗する。
「ストリームでは風圧でダメージを与えられないわよ!」
「フリージングランス!」
幸美は氷の槍で由莉の気を引こうとする。
「横に動きながらでも!ウインドハーケン!」
切り裂くような風が、幸美を襲う。
「しまった!」
氷ではその風を防ぐことは出来ないため、もろにそれを食らってしまう。
「でも、まだ勝負が決まったわけじゃないわ!」
遠距離からのハーケンであれば、耐えることもできる。
審判はハーケンを撃った距離を目視で判断して得点を入れなければならないため、
審判側には優しくない技だ。
ともかく、どうにか挽回したい幸美はこういう。
「スノウキャノン!」
彼女の手のひらから、野球ボールほどの大きさの雪玉が飛び出す。
「それを食らうわけにもいかないわね……」
由莉はそういってその雪玉をかわす。
「今よ、フリージングフィスト!」
そういう幸美の拳から放たれる氷を由莉はかわしきれない。
しかしかすっただけなので、
決定打にはならない。
こういうこう着状態が続くと、そろそろ時間切れだ。
その場合判定が入るのだが、
技をもろにくらった幸美はこのままだと負けてしまうだろう。
ボクシングでいえばダウンを取られた後、
ボディに一撃入れたという状態だ。
それはそれでナイスファイトなのだが、
彼女がそれを良しとするあどうかは別問題だ。
「まだ、終わらないわ。フリーズブレード!」
どちらかといえば距離を取って戦う風属性に、
あえて氷の剣を取り出した幸美。
どうやら、一撃に賭けるようだ。
「そうはいかないわ。そんな見え透いた狙いなんかに!」
だが、幸美は持っていた剣をそのまま由莉に放りなげた。
「ブレードスロウ、よ」
「予想外だったけど、当たるわけにもいかないよ!」
剣はかすらず、そのまま地面に突き刺さる。
「そこまで!」
ゆめの静止が入る。
「抜群1、有効1で勝者由莉!」
それを聞いた幸美はこういう。
「あれをかわすなんて、中々やるわね」
「それほどでもないわ」
「決まっていれば、少なくとも勝負は延長になっていたわね」
魔道の技は、『勝負あり、抜群、有効』の順だ。
抜群はどれだけ重ねても勝負ありにならないが、
有効は2取れれば抜群1と同じ扱いになる。
もし幸美の投げた氷の剣が当たっていれば、
ゆめのいうように少なくとも延長となっていた。
延長になった場合、先に技を入れたほうが勝ちとなる。
「さあ、行くわよ」
「そうだな。俺はお前の力を合宿で見てきたが、こうやって見る機会は中々無いからな」
そういって、俺達は向かい合う。
「二人とも、用意はいいわね。それじゃあ、始めるよ!」
ゆめがそういうと、俺はこういう。
「バーニングフィスト!」
俺の拳から、炎が放射される。
「なら、シルバーロッド!」
夏葵が召喚した杖は回され、炎が受け流される。
「やるな、だが!」
「この杖の射程を甘く見ないで!」
夏葵の杖を身体を捻ってかわし、俺はその勢いで右足を上げる。
「そうはいかないわ!」
夏葵は一歩下がる。だが、それは計算の内だ。
上げた右足を彼女の方面に振り落とし、
彼女に身体を向ける。
「バーニングナックル!」
そして炎を纏った拳が、彼女を貫く。
「うっ……」
夏葵も制服越しとはいえ、本気で殴られたら応えるらしい。
「そこまでよ」
「私の負けね、真彦」
「だが、中々の気迫だった。短期戦だから勝てたような物だ」
そういった後で、俺達はホテルへと戻る。
そして荷物を纏め、夏葵がチェックアウトを済ませる。
ホテルの近くにある電車に乗り込み、俺達の住んでいる町へと戻る。
「それじゃあ二学期に会おう」
俺はそういって四人と駅で別れ、そのまま寮へと向かう。
合宿は楽しかったが、今となってはあっという間の出来事だ。
親元を離れている奴のために夏休みでも寮は開いているのだが、
俺の場合合宿後すぐ親元に帰る気力がないだけだった。
続く