表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファウストの聖杯 ―Please Burn Me Out―(Prototype)  作者: 明智紫苑
本編、フォースタス・チャオの物語
19/34

父と弟

「創造し、維持し、破壊する女神」

「アヴァロン史上最高の美神ミューズ

「誰も彼女にかなわない」

 華々しいキャッチコピーが次々と飛び出す。スター誕生。

 彗星の如く現れた若き新人女性シンガーソングライター、アスターティ・フォーチュン。彼女のデビューは各界に衝撃を与えた。

 高校に進学して間もない、十代の天才美少女。彼女の出現は奇跡ですらあった。少なくとも、その美貌がより一層彼女の優れた才能を引き立て、それが彼女の存在を一層奇跡的に見せていた。

 もちろん、彼女に対して批判的な者たちも少なくないが、それはあくまでも単なるやっかみに過ぎない。特に、彼女のマネージャーの古巣だった大手芸能事務所〈ゴールデン・ダイアモンド(Golden Diamond)〉の関係者たちの動揺がある。

「ミヨンめ、うまくやりやがったな」

 かつて、ミヨン・ヴィスコンティの有能さに嫉妬していた男性役員は舌打ちをする。自分より有能な女だというだけでも十分ねたましかったのに、さらに未婚の母でもあったのだ。ただ単に男であるだけの男にとっては、彼女は実に「嫌な女」だった。そのミヨンが立ち上げた新たな会社は邯鄲ホールディングス(Hantan Holdings)傘下に入ったので、単なる弱小事務所とは言えない。むしろ、これからぐんぐん成長していけるだけの伸びしろがある。現に、他の事務所から移籍している芸能人やスタッフも何人かいるのだ。

 ロクシー…ロクサーヌ・ゴールド・ダイアモンドは、その芸名が示すように、ゴールデン・ダイアモンド社の威信をかけて売り出されたタレントである。そのロクシーの立場を脅かすスターの卵が現れた。これは大事件だった。


 ロクシーは以前から華麗な男性遍歴を売り物にしていたが、今の彼女はますます奔放に振る舞っている。表向きには相変わらず女王然としているが、そんな彼女に対して焦りを見出す者も少なくない。そもそもロクシーは元々モデルであり、アスターティほどの音楽的才能はない。彼女はあくまでも美貌とファッションセンスを売り物にする「美人のプロフェッショナル」であり、「音楽家」ではない。

 その美貌には、以前はほとんど表には出なかった険しさが表れていた。



「フォースタス、まだまだスランプが続いてるようだな」

「まあ、な」

 ヴィクター・チャオとブライアン・ヴィスコンティは、大学を卒業して就職していた。ただし、就職先はブライアンの母ミヨンが社長を務める芸能事務所である。

 ヴィクターは、この事務所の社員であると同時に、駆け出しの放送作家でもある。彼の企画力は「さすがはフォースタス・チャオの弟だ」と高く評価されていた。中には、兄フォースタスの小説やエッセイを元にした番組企画もあった。そんなヴィクターにブライアンは言う。

「母さんが言っていたけど、母さんはお前に社長の役職を譲ろうと思ってるんだ」

「え!?」

「そもそも、邯鄲ドリーム(Hantan Dream)自体が邯鄲ホールディングス傘下の会社なんだし、何よりも、母さんはアスターティのマネジメントに専念したいんだ」

 ヴィクターは、予想外の重圧に悶絶しそうだった。

「な、なしてお前じゃなくて俺なの!?」

「俺は社長って柄じゃないよ。それよりも俺は、今のフォースタスの様子が気になるね」


「最悪の事態が起こっちまったが、今さら悔やんでもしょうがない」

 アガルタのフォースタス・マツナガは、タブレット端末を手にして、ため息をついた。あれから一年、三文ゴシップレストランのメニューは常に入れ替わり続けるが、フォースタス・チャオはいまだに表舞台から遠ざかっている。

 あの時、シャン・ヤンとシャンゴ・ジェロームはマークをマークしていたが、マーカス・ユエは二人が油断した隙に我が家に駆け込んだ。そして、両親と弁護士とフォースタス・チャオが話し合っている隙に台所に入り、一本の包丁を手に、応接室に乱入した。ヤンとシャンゴが家に入った時には、すでに手遅れだった。

 フォースタスはため息をつく。自分と同じファーストネームのあの男、あの屈折が目に見えるようだ。

坊主ラッドめ、そろそろ立ち直っても良さそうだが、それはあいつ次第だな」

 フォースタスはグラスに麦茶を注ぎ、飲み干す。


「そうだな、あいつを旅に誘おう。親子水入らずで。ヴィックも一緒にな」

 シリル・チャオは一人、会長室でつぶやいていた。

 息子フォースタスの婚約者であるアスターティ・フォーチュンのデビュー曲は、たちまちヒットチャートの上位に駆け上がった。プラチナブロンドの髪と空色の目の天才美少女は、あっという間に売れっ子になった。

 彼女が所属する芸能事務所〈邯鄲ドリーム〉は、シリル率いる邯鄲ホールディングス傘下の会社だが、先ほどシリルの末子ヴィクターが新たな社長に就任したばかりである。しかし、しばらくは、アスターティのマネージャーである前社長ミヨン・ヴィスコンティが実質的な司令塔である。

 邯鄲ドリームのオフィスは、邯鄲ホールディングス本社のビルの中にある。シリルは、そのオフィスのある階に降りた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ