父と弟
「創造し、維持し、破壊する女神」
「アヴァロン史上最高の美神」
「誰も彼女にかなわない」
華々しいキャッチコピーが次々と飛び出す。スター誕生。
彗星の如く現れた若き新人女性シンガーソングライター、アスターティ・フォーチュン。彼女のデビューは各界に衝撃を与えた。
高校に進学して間もない、十代の天才美少女。彼女の出現は奇跡ですらあった。少なくとも、その美貌がより一層彼女の優れた才能を引き立て、それが彼女の存在を一層奇跡的に見せていた。
もちろん、彼女に対して批判的な者たちも少なくないが、それはあくまでも単なるやっかみに過ぎない。特に、彼女のマネージャーの古巣だった大手芸能事務所〈ゴールデン・ダイアモンド(Golden Diamond)〉の関係者たちの動揺がある。
「ミヨンめ、うまくやりやがったな」
かつて、ミヨン・ヴィスコンティの有能さに嫉妬していた男性役員は舌打ちをする。自分より有能な女だというだけでも十分ねたましかったのに、さらに未婚の母でもあったのだ。ただ単に男であるだけの男にとっては、彼女は実に「嫌な女」だった。そのミヨンが立ち上げた新たな会社は邯鄲ホールディングス(Hantan Holdings)傘下に入ったので、単なる弱小事務所とは言えない。むしろ、これからぐんぐん成長していけるだけの伸びしろがある。現に、他の事務所から移籍している芸能人やスタッフも何人かいるのだ。
ロクシー…ロクサーヌ・ゴールド・ダイアモンドは、その芸名が示すように、ゴールデン・ダイアモンド社の威信をかけて売り出されたタレントである。そのロクシーの立場を脅かすスターの卵が現れた。これは大事件だった。
ロクシーは以前から華麗な男性遍歴を売り物にしていたが、今の彼女はますます奔放に振る舞っている。表向きには相変わらず女王然としているが、そんな彼女に対して焦りを見出す者も少なくない。そもそもロクシーは元々モデルであり、アスターティほどの音楽的才能はない。彼女はあくまでも美貌とファッションセンスを売り物にする「美人のプロフェッショナル」であり、「音楽家」ではない。
その美貌には、以前はほとんど表には出なかった険しさが表れていた。
⭐
「フォースタス、まだまだスランプが続いてるようだな」
「まあ、な」
ヴィクター・チャオとブライアン・ヴィスコンティは、大学を卒業して就職していた。ただし、就職先はブライアンの母ミヨンが社長を務める芸能事務所である。
ヴィクターは、この事務所の社員であると同時に、駆け出しの放送作家でもある。彼の企画力は「さすがはフォースタス・チャオの弟だ」と高く評価されていた。中には、兄フォースタスの小説やエッセイを元にした番組企画もあった。そんなヴィクターにブライアンは言う。
「母さんが言っていたけど、母さんはお前に社長の役職を譲ろうと思ってるんだ」
「え!?」
「そもそも、邯鄲ドリーム(Hantan Dream)自体が邯鄲ホールディングス傘下の会社なんだし、何よりも、母さんはアスターティのマネジメントに専念したいんだ」
ヴィクターは、予想外の重圧に悶絶しそうだった。
「な、なしてお前じゃなくて俺なの!?」
「俺は社長って柄じゃないよ。それよりも俺は、今のフォースタスの様子が気になるね」
「最悪の事態が起こっちまったが、今さら悔やんでもしょうがない」
アガルタのフォースタス・マツナガは、タブレット端末を手にして、ため息をついた。あれから一年、三文ゴシップレストランのメニューは常に入れ替わり続けるが、フォースタス・チャオはいまだに表舞台から遠ざかっている。
あの時、シャン・ヤンとシャンゴ・ジェロームはマークをマークしていたが、マーカス・ユエは二人が油断した隙に我が家に駆け込んだ。そして、両親と弁護士とフォースタス・チャオが話し合っている隙に台所に入り、一本の包丁を手に、応接室に乱入した。ヤンとシャンゴが家に入った時には、すでに手遅れだった。
フォースタスはため息をつく。自分と同じファーストネームのあの男、あの屈折が目に見えるようだ。
「坊主め、そろそろ立ち直っても良さそうだが、それはあいつ次第だな」
フォースタスはグラスに麦茶を注ぎ、飲み干す。
「そうだな、あいつを旅に誘おう。親子水入らずで。ヴィックも一緒にな」
シリル・チャオは一人、会長室でつぶやいていた。
息子フォースタスの婚約者であるアスターティ・フォーチュンのデビュー曲は、たちまちヒットチャートの上位に駆け上がった。プラチナブロンドの髪と空色の目の天才美少女は、あっという間に売れっ子になった。
彼女が所属する芸能事務所〈邯鄲ドリーム〉は、シリル率いる邯鄲ホールディングス傘下の会社だが、先ほどシリルの末子ヴィクターが新たな社長に就任したばかりである。しかし、しばらくは、アスターティのマネージャーである前社長ミヨン・ヴィスコンティが実質的な司令塔である。
邯鄲ドリームのオフィスは、邯鄲ホールディングス本社のビルの中にある。シリルは、そのオフィスのある階に降りた。




