致命的な裏切り
「人気作家師弟と美人妻の泥沼三角関係!」
「弟子の元恋人を奪う師匠」
「ある文士たちの悲劇」
メディア上を流れる扇情的な見出しのニュース。大物作家アーサー・ユエとその妻ライラ・ハッチェンスと、若手作家フォースタス・チャオの不倫三角関係…フォースタスの元恋人も含めれば四角関係は大々的に報道されている。
普通、小説家のスキャンダルは警察沙汰にでもならない限りは、芸能人のゴシップほどには話題にならない。しかし、フォースタス・チャオはテレビ出演などによって、単なる作家以上の人気がある。本人に自覚はないが、彼は中途半端な芸能人以上に華があるのだ。ましてや、彼は邯鄲ホールディングス会長と〈アガルタ〉の女性科学者の息子という「サラブレッド」なのだ。
元々そんな彼に嫉妬する者は少なくない。しかし、自己評価がさほど高くない彼自身はそれを意識しない。
三文ゴシップレストランの最新メニュー、フォースタス・チャオの鴨鍋。それまで才色兼備の若手男性作家としてもてはやされていた彼は、すっかり評判を落としていた。もちろん、彼の師であるアーサー・ユエも同様だ。
文壇でも、二人を冷めた目で見つめる者は少なくない。むしろ、それまでの彼らの評判が良過ぎたのだ。
ミック…マイケル・クリシュナ・ランバート(Michael Krishna "Mick" Lambert)は、フォースタス・チャオの大学時代からの友人であり、同業者である。彼は友人のスキャンダルに心を痛めている。
「あいつ、いい奴だけど、こんなスキャンダルのせいですっかり評判が落ちたな」
ミックはフォースタスを見捨てるつもりはない。しかし、電話をかけて励ましの言葉を送ろうか迷い、結局は静観している。
「今のあいつに何か言えるのはランスだけかもしれないが、ランスは怒るとおっかない奴だからな」
ミックはタブレット端末の電源を切り、キッチンに向かう。お湯を沸かし、マグカップにレモンティーのカプセルを入れ、お湯を注ぐ。そして、マグカップを手にしてリビングに戻り、ソファに腰掛ける。
素朴な作りのクッキーをつまみ、ひとかじり。普段はその素朴な味わいに安心するが、ミックは友人の状況への心配のせいで、気分がどんよりとしている。
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「あの坊主、アートの女房とそういう関係なのか」
フォースタス・マツナガは、自分と同名のフォースタス・チャオを「坊主(lad)」と呼ぶ。アガルタの自分の部屋にいる彼は、タブレット端末で様々なゴシップを漁っていたが、心臓に剛毛の生えている彼も、さすがに問題のスキャンダルには呆れた。
「こりゃ、あの娘がかわいそうだな」
ドクター・マツナガはため息をついた。
「坊主」フォースタスだけではない。「坊主」の師匠であるアーサー・ユエ自身も、外で女を作っているのだ。しかも、相手は「坊主」の元恋人だ。
フォースタス・マツナガは時々、アガルタの外でつかの間の恋を楽しむが、彼は自らに掟を課している。
未成年者は相手にしない。バールたちにも手を出さない。
自分が「種なし」でも、性病予防のために避妊具は欠かせない。ましてや、その辺りが疑わしい女には手を出さない。
特定のパートナーがいる女にも手を出さない。執着心が強過ぎる女にも手を出さない。
そして、前述の条件を受け入れない女は相手にしない。
「やれやれ、どうしようもないな」
アスターティ・フォーチュン。彼女は当然、自分の婚約者にして初恋相手である男のスキャンダルが不愉快だった。もうすぐ自分の誕生日なのに、お祝いされてもちっとも嬉しくないだろう。
彼女は友人たちと遊ばず、学校からまっすぐ家に戻り、自分の部屋に閉じこもった。
「フォースタス! どうして、どうしてなの!?」
アスターティは布団に潜り込んで号泣した。自分は前々からフォースタスに避けられていたが、こんな形で裏切られるのは本当に悔しかった。
まだまだ子供として相手にされず、他の女に持っていかれるのは初めてではない。しかし、よりによって人妻との関係、恩師の妻相手の略奪愛だなんて、許せなかった。
「あの馬鹿野郎…」
ランスロット・ファルケンバーグは呆れた。
自分の幼なじみのスキャンダル。しかも、共に幼い頃から世話になっている恩師の妻との不倫関係。フォースタス・チャオのスキャンダルは、世間で話題になっていた。
フォースタスが作家としてデビューしたのはまだ大学時代、20歳の若さだった。邯鄲ホールディングス会長の息子で、大御所作家ケイトリン・オコナーの孫という話題性もあったが、何よりも、才色兼備の青年作家としてもてはやされた。
ランスにとってはフォースタスは弟のような存在だった。少年時代には、数学が不得意な彼のために家庭教師役を買って出た。義理堅いお節介焼きのランスにとって、フォースタスは出来が悪いがかわいい弟みたいな存在だ。
そのフォースタスのスキャンダルだ。潔癖で正義感の強い性格のランスは、それに激怒した。
「畜生、しばいたろか!?」
彼は、携帯電話を手にした。




