第一章 ⑦
オリエンテーション終了後、二木先生が教壇を去るのと同時に、綾香は後ろの席を振り返った。赤ノ倉睦朗は待ち構えていたように綾香と目を合わせた。
三分後には一緒に中庭にいた。
桜がひらひら舞い落ちて、うららかな春の日を彩っている。薄ピンクの花びらが睦朗君のつややかな黒髪をすべり、細い肩に落ちる。
睦朗君は高校生男子としては小さくて華奢だ。身長は160センチないだろう。自分が女子としてはかなり大きいので、綾香は正直、彼と並んで歩くのは気が引けた。
(しっかし、かわいいなー)
今日は制服だからかろうじて男子に見えるけれど、私服になったら女子だと思って惚れる男がいっぱいいそうだ。表情は「ふん」とでも言いたげに不愉快そう。でもそれがまた高貴な顔立ちに似合って、えもいわれぬ魅力が……。
「綾香さん」
「えっ、あっ、はい?」
ぼーっと魅入ってしまった。やっぱり魔性だあ……。
「びっくりした?」
こくこくうなずく。そりゃーもう。びっくりしないはずないじゃん?
「なにがなんだかさっぱりわかんない。そっちも話があるかもしれないけど、こっちもいっぱい話があるよ。なにから話せばいいかわかんないから、まず睦朗君の話きく」
「睦朗でいいよ。僕の話は簡単。紀香さんに会わせて」
「無理」
「……紀香さんが僕の存在にショックを受けてしまうのは必然だと思う。母と紀香さんは二十年近く絶縁状態らしいから……。でも、大事な話があるんだ」
「無理」
「そう突っ撥ねないでくれないかな。僕だってものすごく驚いたんだ。合格発表の日からお袋の様子がおかしいから変だとは思ってたけど、まさか孫に会ったのが原因だなんてね。名簿をもらって理由がわかったんだけど」
「名簿?」
「入学式の案内と一緒に送られてきたやつ。見てない?」
「……見てないや。そう言われるとそんなのあったような気もするけど」
いろいろたてこんでいたので、学校の資料なんていちいち全部見ていなかった。
「ああそう。その名簿に生徒の名前と一緒に、保護者の名前も載ってる。お袋はなにも言わないけど、近所の人から父親違いの姉がいるって話は聞いてたんだ。名前が紀香だってことも。姓も一緒だし、間違いないって思った」
(そっか……。それであの人、わたしの顔見て動揺してたのか)
「わたし、母さんと顔そっくりなんだよ」
「だと思った。姉が家を出たのは十代のころだったらしいし、お袋は君を見て娘が現れたとでも思ったんじゃないか、一瞬」
「睦朗君のお母さんはこのこと知ってるの?」
「気付いてないはずはないと思うね。でも、僕が紀香さんに話したいのはまた別のこと。無理とか言わないで会わせてほしい。感情的なことは横に置いといてもらって」
「無理なんだって」
さすがに赤ノ倉睦朗はむっとした顔になった。
では、綾香の話の番だ。
「だって母さん……行方不明なんだもん」