第一章 ⑥
「出席番号1~40」と張り紙された教室に入り、番号のカードが置かれた席に座る。
あ行なので、あいうえお順だと綾香はいつも番号一ケタだ。今回は4番。後ろの5番に座るはずの人物は、まだ教室に入ってきていない。
さっきの入学式では驚いた。彼が新入生代表の言葉を述べている間、あちこちで「男? 女?」「女でしょー」「でも男子の制服着てる」なんて会話が聞こえた。無理もない。
もうひとつ驚いたことに……。
ガラッ。
教室の引き戸が開いて、驚きと興奮の原因が、ふたり一緒に教室に入ってきた。みんな動きを止め、ざわついた雰囲気が一気にしん……と静まる。
赤ノ倉睦朗が椅子を引く音がいやに響いた。綾香の背中が緊張で伸びる。
「みなさんどうしました? 席について」
赤ノ倉睦朗と一緒に入ってきた教師が言った。落ち着いているけれどよく通る、低めの声。
口を開けてぽか~んと教壇を見つめ、固まっている女生徒もいる。
教壇には、白馬の王子様のごとき栗色の髪の美青年がいた。
この学校にクラス分けはないけれど、進路や生活指導の都合上、担任はつく。入学式で「一年生の出席番号1~40番の担任は、国語科の二木一郎先生」と紹介されたのがあの白人美青年で、どんなに驚いたことか。
(しっかし、なぜに名前が二木一郎? なぜに国語教師?)
二木先生は入学式でした自己紹介をもう一度繰り返した。みなさんの担任を務めさせていただきます二木一郎です、国語を担当しますと、嫌味のないにこやかさで。
「先生は日本人なんですか?」
こらえきれなくなった最前列の男子が質問する。
「はい。国籍は。こんな顔に国語を教わるのはおおいに不安があるかと思いますが、万葉集も夏目漱石も大丈夫ですからご安心を」
さざ波のような笑いが起こった。
二木先生は淡々と「新しい学校生活に向けての疑問や進路の相談があったら、遠慮なく言ってください。とりあえず今日は、ひとりひとり顔を見せてもらおうかな……。名前を呼んだら返事して、顔をあげてください」と言って、名簿を取り出した。
一番から順に名前を呼ばれる。名前を呼ばれると先生に三秒ほど見つめられる。
き、キンチョーしたりして。
「赤ノ倉綾香さん」
「は、はいい!」
案の定、声がうわずってしまった。
「赤ノ倉さんはふたりいるんだね。綾香さんと睦朗君……。ふたりはご親戚?」
「いえ別に……」
「そうです」
凛としたアルトの声が、綾香の声を遮った。睦朗君だ。
(そうです、って……)
「睦朗君は代表の言葉を言っていたね。綾香さんとはいとこかなにか?」
「綾香さんのお母さんは、僕の姉です。叔父と姪の関係です」
(……! な、なにを言い出すんだこいつっ!)
綾香は水面の鯉のように、口をぱくぱくしてしまった。驚きで言葉が出ない。
「そうですか。それはそろってご入学おめでとう」
みんながへーっという顔でこちらを見る。前の席の男子……入学式で隣だった和顔ピアスの青島君なんて、完璧に百八十度体ごと綾香のほうを向いて、先生に注意されてしまった。
(お、叔父と姪って……。母さんの弟? 母さん、弟なんかいたの? っつうか、母さんが家出してから生まれたのか……。母さん知ってたかな? ひょ、ひょっとして知らないんじゃないの? ええええ!)
どーゆうこっちゃ。
どーゆうこっちゃ。
(母さんの父親は母さんが高校生のときに死んじゃってるわけだから、父親違いだよね? 合格発表の日にいた和服の人が、わたしのお祖母さん? ええええ!)
母は実家のことをほとんど話さないから、なにがどうなっているのかさっぱりわからない。赤ノ倉睦朗は母の失踪を知っているのだろうか?
謎・謎・謎だらけ。
とにかく睦朗君と話をしなくっちゃ!