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第八章 ⑪

 綾香は睦朗とふたり、おばあちゃんが休む部屋へ向かって、絵画が並ぶ長い廊下を歩いていた。紀香は応接間に残っている。

 エドワードの城ではなぜかドレスに着替えさせられるため、綾香はフルレングスの裾に気をとられていた。

 今日のドレスは深紅だ。

 絹の感触は肌に心地いいけれど、歩きづらいったらない。それに、この深く開きすぎた胸元のV字はどうなのよ……。

 睦朗が目のやり場に困っているのがわかる。

 見た目がかわいらしい睦朗には同性に近い気持ちで接していたけれど、年相応の男子としての姿を知ってしまった今となっては、妙に気恥かしい。

「見るな」

 綾香は胸元を手で覆った。

「見てない!」

 睦朗は綾香をにらんだ。

「ファーストキスまで睦朗に見られた……」

 綾香はしおしおと言った。はじめてのキスが、睦朗を動揺させるための手段に使われたのだ。多感な思春期少年を手玉にとるフィルの戦略、腹が立つやら悲しいやら。

 睦朗の覚醒がもっと遅かったら、フィルにどこまでされていたかと考えると、ぞっと身震いする。

「ファーストキス? あれはノーカウントだ」

「そうだよね! 無理矢理のやつはノーカウントだよね?」

「当然だ!」

 そう言う睦朗は、フィルを呪い殺しそうなほどに、もの凄い凶悪な顔つきをしていた。

 綾香は(ああそうだ、睦朗も無理矢理された経験があるんだっけ……)と思い出し、お互いの傷に触るこの話題は終了することにした。

 とは言え、おばあちゃんとの対面が重くて、次の話題が浮かばない。無言で歩いていると、廊下の角で青島君に出くわした。

「青島君! もう起きてだいじょうぶなの?」

「お、赤ノ倉さん。睦朗も。おれはだいじょうぶ~。霊力使い果たしてクタクタだっただけだから。それよか睦朗、凄かったらしいじゃん! 重力系の破力使えるようになったんだって? あの巨大な城をぶっ壊したんだって?」

 別世界への門は、ミラフの結界と、睦朗が壊した城の瓦礫と、フィルの魔方陣で、三重に塞がれたのだ。よほどの処理をしない限り、もう開くことはないだろう。

「ダンの力を全部吸収したから……霊力と力力(りきりょく)も、コツをつかめば使えるらしい」

「うっわ。いきなり魔界の侯爵クラスかぁ~。レッドアウトすれば敵の力を奪い放題なの?」

「……なろうと思ってあの状態になれるわけじゃないんだよ」

「修羅場を踏むだけ強くなるってことかなぁ?」

「……考えたくないけどな」

 綾香と青島君はうんうんうなずいた。体の一部を剣で壁に縫い止められる修羅場など、想像しただけでぞっとする。

「ま、大変そうだけどがんばってよ。赤ノ倉さんも」

「青島君てば人ごとだねえ……」

「赤ノ倉さんも急に凄みが出たよね! いつものボーイズライクな服もいいけど、真っ赤なドレスがよく似合うかんじになったよ。あ、意外と胸もあるんだね、赤ノ倉さんって」

「どこ見てんのよ!」

「胸の谷間」

「もう、天使って照れも遠慮もないからきらい! ……どしたの、睦朗?」

 睦朗はパソコン作業に疲れた人のように、まぶたを閉じて指で押さえていた。

「ちょっと目の奥が痛くて……」

「普段もそういう、胸元が開いたタイトな服着てればいいのに、赤ノ倉さん。似合うよ。女豹っぽくワイルド&セクシーに。なんだったらおれが服選んで……」

「いつもの服でいい!」

 閉じたまぶたを押さえたまま、遮るように睦朗が言った。

 青島君が「なんで睦朗が決めるんだよー」と、きょとんとしていた。


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