第一章 ④
ついに郷田川高校入学式の日が来てしまった。
母・紀香はまだ見つからない。父・エドワードからの連絡もない。
警察では、父親のことをあれこれ訊かれて困ってしまった綾香だった。父と母が入籍していないことは知っている。「内縁の夫」という言葉も知っている。
(でも、ほんとは言いたくないんだ、そういうこと……)
入籍とか内縁なんて言葉は知らなかった小さいころ、ふたりは普通に結婚してると思っていた。父親は毎日家にいることもあれば、二、三ヶ月帰ってこないこともあった。でも友達の中には「たんしんふにん」で月に一度しかお父さんに会わない子もいたし、大人には「しゅっちょう」というものがあるのも知っていたし、なにも不思議に思わなかった。
今も、特に不自然だとは思っていない。母は多忙な人だから、いつも一緒じゃないほうが気楽でいいのかもしれないと思う。
ただ――父・エドワードがふらっと出かけたまま一生帰ってこなくても、誰も父を咎める人はいない。父に法律の束縛はないのだ。母は家出娘だから、厳格なおじいさんが出てきて父をしかってくれるわけでもない。
そもそも、紀香の父親は娘が高校生になったばかりのころ、事故で死んでしまったらしいし。
(愛があればいいんだって思ってたけど)
父母の間に愛はある。ふんだんにある。それは見てりゃわかる。
でもそれゆえに、母さんに危険が迫っているのだとしたら? どっかのマフィアが、なにかの報復のために母さんを狙っているのだとしたら?
入籍も子供の認知もせず、世界中をふらふらしていて居所もつかめず、挙句の果てはなにをやらかしたんだか内縁の妻を危険にさらし、娘の身の安全は他人任せにする男。
最低じゃん?
綾香は駅へ向かう道を振り返り、背後の確認をした。
なんてことのない朝の風景。ランドセルの小学生が走り、おばさんがゴミ出しをしている。電柱の陰にも車の陰にも、人が隠れている気配はない。
(ボディーガードってなんなんだろ……)
なんのためにボディーガード? 一体誰が? それとも口からでまかせ?
わからないことだらけだ。
(ふんだ。自分の身は自分で守るからいいよーだ)
……と、考えてから思い出す。母の言葉。
暴力は避けて。逃げて。隠れて。戦っちゃ駄目。
(って言われても)
郷田川高校は自由な校風の高校だ。制服はあるけれど、式典のとき以外は着用の義務がない。今日は制服だけれど、基本、私服だから、服装検査や持ち物検査はないだろう。
迷った末に、ナイフを持ってきてしまった……。
ばれたら初日から停学もんですか?