第七章 ⑦
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綾香と美千代のやりとりを気にしながらも、ミラフの注意はバルコニーの向こうに広がる暗闇に向けられていた。
巨大な城の中心部に、吹き抜けのように階を貫いてぽっかりと空いた縦長の大空間。
一体、なんのためにあるのか。
ミラフはバルコニーに出て、暗闇を見下ろした。上から下まで、縦長の空間をぎっしり取り巻いた部屋のいくつかから、明かりがにじみ出ていた。明かりは乏しく、視界は下まで届かないが、深い深い空間を感じる。
グラシャラボラスの居城は崖の上に建っているため、この暗闇は崖を彫り下げ、地下深くまで続いていると思われる。しかし、この吸いこまれるような深さの感覚は、それだけが原因ではないと、霊々天としての能力が感知した。
(……扉)
この暗い穴の底は、異空間につながる扉になっているのではないか。
しかも、結界で厳重に保護された扉だ。
(どこにつながってやがる)
次にミラフは穴の上空を見上げた。
(上も扉だ。こっちは結界なしか)
石造りの城塞で守られた、深い深い穴。
その最深部は扉。
その最上部も扉。
ミラフはもう一度、穴の底を見下ろした。
(四百五十年前……赤目はどこからやって来たんだ? ある日突然現れ、大天使どもをぶちのめして、その後は人界で暮らした……)
天界で暴れたのちの赤目は、魔界ではなく四羽村で確認されている。そもそも、赤目は大天使を何人も殺せるほどの能力を持ちながら、魔界では全くの無名だった。
(扉ふたつを挟んで、赤目が元いた場所と四羽村が近接しているとすれば?)
上の扉が四羽村行きである可能性は高い。ダンは、地霊の管理する扉には通過記録を残していないのだから。
では、下の扉はどこ行きだ?
(……めんどくせーことに首突っ込んじまった気がする)
ほかの連中に扉の気配が読めるとは思えないので。
ミラフは嫌な予感を胸に秘め、睦朗の気配を探ることに専念した。
「……結界がきつくてはっきり掴めねぇな」
「睦朗君なら下向かいの広間だぞ」
いなかったはずの人物の声がして、ミラフはぎょっとして声のほうを向いた。
吹き抜けをぐるりと囲んでいる部屋に付随した、いくつものバルコニー。ミラフのいるとなりのバルコニーで、のんきに手を振るバカがいる。
「ヴァラーックス! なにやってんだ、あんた!」
慌てるミラフの声に気付いて、綾香たちもバルコニーに出てきた。
「グラシャラボラスは睦朗君が殺るっていうから、ちょっと任せることにして」
軽作業でも任せるような言いっぷりで、ヴァラックスは答えた。
ミラフが頭を抱える横で、綾香が言葉も出ない様子で怒りにぶるぶる震えていた。




