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第七章 ⑤

 城の地下に巨大結界が張ってある影響から霊力が重いということで、体力温存のために跳ぶのは控え、回廊から中に入れる出入り口を探す。大きな城のため、外にぐるりとめぐった回廊の円周も相当な長さだ。

 しかし、行けども行けども内部に開いた箇所がない。

「セキュリティー万全。また跳ぶしかないのかよ」

 うんざりしたようにミラフは言った。

「このお城に用のある悪魔は、瞬間移動しなきゃ入れないってこと?」

「隠し扉があるんだろ。どこか知らねぇけど」

「入っていく悪魔を見つけて、あとに続けばいいんじゃない?」

「そう都合よく入ってくやつが――――来た」

 ミラフが空の一点を見つめて、顔をこわばらせた。

 赤紫の空から、鳥の群れが近付いてくる。黒い鳥の群れが。

 鳥?

(鳥じゃない! 羽が生えた人と……)

 羽が生えた人のほかに、羽が生えた動物と爬虫類と軟体動物と……。

 ともかく、黒っぽい鳥の羽が生えたもろもろの生物が、百体くらい。

 百体くらい、赤紫の空からこの城を目指してやってくる。

「なにあれえええええ!」

「ダンの配下の連中だろ! くっそ、なんで大集結してんだよ?」

「ももももしかしてミラフ様、伯爵が来たせいでは? 魔界の実力者が魔界の実力者の城に乗り込んだら、ふつうに考えて侵略です! そりゃ、配下が来ますって!」

「そうか、あのバカが来てるんだった。でもなんであのバカ、直接ダンの城に来たんだよ? おまえちゃんとフィルのほうって伝えたか?」

「伝えましたよう!」

「ちゃんと念を押して言った? 父さんって、人の話をまともにきかないんだよ!」

「そういうことは先に言って~っ!」

 今ここであんな大量の敵に見つかったらまずい。綾香たち一行は回廊を走り、配下の群れが見える場所から裏側に回り込んだ。

 ドガッ!

 突然、大きな打撃音がした。

 回廊の壁の一部が、土煙をもうもうと上げて崩れ落ちている。

 綾香たちは足を止めた。

 なにが起こったんだと緊張する中、おさまりゆく土煙の中から、ひとりの麗しい人物が現れた。

「二木先生!」

 壁には大穴が開いている。

「待ってたぜ、力々天」

 霊々天がにかっと笑った。



「収拾がつかなくなる前に、伯爵に連れ去られた睦朗君をここから救出します」

 力天が開けた穴から入り込んだ廊下は、石壁ではなく柄のあるクロスで覆われ、木製のドアがいくつも並んでいる。綾香たち一行は睦朗の気配を追って、城の中心部を目指した。

「すみません、先生。うちの父がとんだご厄介を……」

 綾香は身が縮まる思いだった。

 もうイヤだ、あのバカ親父め。

 なにが『手伝わせるのだ』だ! 二木先生を張り倒して力づくで無理矢理睦朗を連れて来るなんて。

 二木一郎の頬には、うっすらと痣がある。

(バカ親父め~っ。先生の美貌が~っ)

「いえ、私が油断しました。あなたのお父様は強いですね。しかしその強さが、侯爵の配下に誤解を生んでいるようです。見つかったら、我々全員危険です」

「事情を知らない配下の連中から見たら、私ら全員侵略者の一味だな」

「勘弁してくださいいい~っ。魔界の侯爵を襲撃する気なんてないですうう~っ。わーんもう天界に帰りたいよ~」

「あ、わかった」

 ミラフが思いついたように言った。

「なにが?」

「ヴァラックスが睦朗を連れてきた本当の理由。よそでこっそりダンを消すならともかく、堂々と城に乗り込んでぶち殺したら、城主の配下を引き継ぐはめになる。あいつはそういうの面倒がるからな。睦朗がダンを殺したことにして、睦朗に継がせる気だ」

「なにそれっ! 父さんってば自分の都合!?」

(しかも絶対自分が勝つつもりで行動してる。その自信はどこから来るの? ダンだって実力者なのに。配下だってあんなに大勢いるのに。父さんが殺されちゃうことだって、あるかもしれないのに……)

 綾香は手を握りしめた。胸に不安とあせりが生まれる。

 一刻もはやく、父と睦朗と合流しなければ。

 回廊から内部に開いた入り口がないのと同様に、廊下も中心部に向けての分岐のないつくりだった。どこかのドアから入って部屋を通らないと、いつまでも同じ場所をぐるぐるまわるしかない。蜘蛛の巣のような放射状の間取りのようだ。

「ミラフ、入っても安全な部屋はわかりますか?」

 二木先生が等間隔に並ぶドアに視線を巡らした。

「ハイレベルの悪魔が本気で気配消してたら、私にだってわからんぜ」

 ミラフも立ち並ぶドアに顔を向け、目を凝らす。

「ん?」

 霊々天の視線が、ひとつのドアに固定された。

 なにごとかと全員がミラフの顔を窺う中、霊々天はドアを見つめたまま、ぽつりと言った。

「美千代がいる」


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