第七章 ③
今度はどこだよ!
「今度はどこだよ!」
思ったことと同じことを自分じゃない声が言った。馴染みのあるアルトの美声が。
「ミラフ! わあ!」
綾香は歓喜の声を上げ、霊々天に抱きついた。
「あほ! 構えろ! フィルがそのへんにいたらどうする!」
「あ、そっか」
綾香は周囲に警戒の目を向けた。
石造りの壁。石造りの床。窓はなく、天井はやたらと高く、奥行きは遠く、幅は狭い。光源は壁に等間隔にある燭台の蝋燭。乏しい明かりは奥行きの先まで照らしはしない。闇に溶けゆく長い石の壁。冷たい空気。
フィルの姿はない。
「廊下?」
時代の古い大きな建物の廊下という雰囲気だ。
ミラフがなにか差し出した。綾香の黒い軍事用ナイフだ。
「……今度はダンの城か」
「ここはダンの城なの? じゃ、さっき閉じ込められてた場所は?」
「フィルの屋敷。フィルの野郎、思ってたよりずっととんでもねーぞ。扉なんか編んでやがった。すっげー高度な識力……」
「ミラフが思ってたのより強いの?」
「思ってたのより識属性が強くて、頭がいい。屋敷にゃ識陣で結界もがっちり組んであったんで、うまく入れなかった。おまえがここに跳ばされるときに結界の一部が開いたから一緒に跳んだ。無事でよかったぜ。なんかされなかったか?」
「髪の毛切られた」
「髪の毛?」
「ほら、ここ短いでしょ。研究材料にでもするの? 本がいっぱいで、学者の部屋みたいだったよ。床には魔方陣みたいなのがごちゃごちゃいっぱい書いてあった」
「魔方陣か……」
「ガラス瓶に入った羽根のコレクションもあったよ。……たぶん、ミラフのもあったよ」
「どーせむしりとられたよ! 今ならなにが敗因かはっきりわかる。識力が飛び抜けて高いと、識陣を編んで霊力と破力を封じることができる。桁外れな識属性が一番やっかいな能力かもな……。ああ~やりづれぇ~」
「やりづらいのかあ……」
「頭いいやつが一番強ええってのは、あんま人界と変わんねーかもな。識力は培うのに年月がかかるから、魔界じゃ成り上がる前に淘汰されるんだけどよ、フィルの野郎はダンの陰にうまいこと隠れて、じっくり力をつけてたんだな」
「うひゃあ……。どうしよう、わたしたち勝てる?」
綾香は手にした黒いナイフを見つめた。
魔族としてはまだまだ新米の自分が、フィルに対抗できるだろうか。
「識属性が力を発揮するためにゃ識陣を編む時間が要るから、スピードと臨機応変には欠ける。先手打って叩き潰しゃーいいんだ。でもあの野郎、力属性もそこそこ強いからな……」
「うー、なんか最強じゃん……」
「誰もそう思ってないんだけどよ……。ニケも、魔界のやつらも」
「なんで?」
「真面目に働いてないんじゃねえの? 人界風に言うとニートだろ」
「真面目に働いてない天使に真面目に働いてない悪魔。同類だね、ミラフ」
「うるせえ。私はいつだって大真面目だぜ。上層の命令で働くのが嫌なだけだ」
「フィルもそうなんじゃないの?」
綾香がそう言うと、ミラフは意表をつかれたように目を見開いた。
「そうか。フィルは私と同類で、上のために働くのなんかまっぴらごめんってタイプかもしんねぇ。結構な実力のくせに、ダンの下じゃ力を出さないのがその証拠だ。フィルはダンの命令で動いてるわけじゃねぇのかもな。別の目的があるのかもしんねぇ」
「コレクションの中に睦朗の羽根もあったよ。まさか羽根集めと髪の毛集めが目的? そうだミラフ、ちょっと訊きたいんだけど」
「なんだよ」
「『仙ヶ崎』ってなに?」
「なに?っておまえ、しらねぇの? 紀香の父親の旧姓だ。おまえのじいさんの婿入り前の名字」
「おじいちゃんの名前……? ああ、なるほど」
綾香が、切られた髪の毛のラベルに……と言いかけたとき、廊下の奥から「ひえええええええええ!」と絶叫が聞こえた。
綾香とミラフは顔を見合わせた。
巨体が暴れるような足音が近付いてくる。
巨体……殺意を持った……動物。……牛?
「牛? 牛と青島君!? ……は、いいけど、ここ狭いし廊下だし――――っ! ぎゃああああああ――――!」
綾香はまわれ右して駈け出した。
廊下の奥から迫ってくるのは、軽トラックくらいありそうな四本角の魔牛と、必死の形相で逃げる新米天使だった。戦うどころじゃない。立ち止まったら踏みつぶされる!
「……ったく」
あきれ顔の霊々天が、綾香と新米識霊天の間に入って腕をつかみ、跳んだ。




