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第六章 ⑤

          ***


(ありゃ、呼び出しだ。なんだろ?)

 着替えは済んでいたので、放送を聞いて綾香はそそくさと更衣室を出た。

 女子は体育館でバドミントンだったが、一緒に組んでシャトルを打ちあっていたパートナーは、愛想笑い以上のコミュニケーションを取ろうとしてくれなかった。

 「女子は目立つ女子が嫌いな生き物」。

 美里の言葉を思い出す。美里と離れて実感するのは、自分は笑いさざめく女子たちの輪に、うまく溶け込むセンスが全然ないってことだ。中学のときそれに気付かなかったのは、美里が自然に取り持ってくれていたからだと今になって思う。

(美里に会いたいよう……)

 美里は万事そつがないから、高校でも新しい友達に囲まれて楽しくやってるんだろうなと思うと、情けなくも胸がきりきりした。

 校長室へ行くついでにロッカーに体操服を置きに寄ると、なぜか廊下で二木先生が待ち構えていた。

「赤ノ倉さん。放送は聞こえましたか?」

「あ、はい。今すぐ行きます。わたし、なんで呼ばれたんですか?」

「警察が来ています」

「け、警察っっ!?」

 綾香は顔面蒼白になった。

 ま、まさか、リビングの引き出しに突っ込んである拳銃と大量の銃弾がバレたのではっ!? ミ、ミラフめ!

「……あなたのお友達が事件に巻き込まれました。詳しくは校長室で」

「えっ、友達? 誰が……どんな事件に巻き込まれたんですか?」

「杉本美里さんです。誘拐です。……犯人はフィルだと思われます」

 二木先生の返事は、ささやくような小声だった。


          ***


「身代金受け渡しに綾香を指名。フィルの野郎ほんっと、やり方が上手いぜ」

「そうですねぇ。人界の公的機関の監視があったら、天使が人前に出るわけにはいきませんからねぇ」

「ちげーよ。行くなっつったって、綾香が絶対行くからだ」

 海の見える海浜公園。

 美里を誘拐した犯人が、身代金の受け渡しに綾香の名をあげ、至急この場所に来ることを要求した。「人質と一番仲の良い友人だから」「女学生なら与し易いから」、綾香が選ばれた理由はいろいろ考えられたが、天使たちが考えたことはただひとつ。

 真の目的は身代金ではなく、綾香だから。

 ミラフと青流は、海浜公園を見下ろす灯台の内部にいる。もちろん、警察の厳重な包囲網を避けて、瞬間移動で跳んできた。公園内には大勢の私服警官がいる。人間の意識が逸れるよう、灯台にはミラフが霊力でブロックをかけている。

「おい新米識霊天。フィルの野郎は識属性が強い気がするんだけどよ、どう思う?」

「調査によりますと、母方の血統に識力天の堕天使がいましたから、識属性が大きな形で受け継がれている可能性はあります。魔界ではそこそこ名の知れた堕天使だったようです」

「調査によるとじゃなくって、おまえフィルに会ったんだろ? 実際どうだったよ?」

「よくわかりません……。一撃でやられちゃったんで」

「情けねぇなあ。ほかにフィルについて最新の調査報告はあるか?」

「識天使の血筋のせいか、収集癖があるとか。それと妙に神経質なところがあるとかなんとか。ほかは別に」

「おまえだって識天使なんだから、もっと細かく神経使え。ったく、地霊以下だな」

 青流は憧れの霊々天ミラフ様が、冷ややかな目で自分を見るのを感じた。

「……地霊以下とは、どういうことでしょう」

「扉を管理してる地霊に、手際のいいのがいる。フィルのことを調べてみてくれって試しに頼んだら、重要なことを引き出してきたぜ」

「重要なこと?」

「ニコルが死んだ日、フィルが東京に現れてから、新潟に移動するのにかかったはずの時間さ。人界の交通機関だけでは無理。でも扉をいくつか使えば余裕。だから気にも留めなかったんだけどよ……人界経由の扉利用は地霊が記録をとるんだが、フィルが通った記録をたどると矛盾があった。フィルが使った扉では、時間内に四羽村にたどりつけない。人界の交通機関を組み合わせても。つまり、分かるか?」

「――瞬間移動ですか?」

「そう。あいつはおそらく、跳べるんだ」

「瞬間移動が可能? 霊属性も持ってるんですか?」

「持ってない。それは確かだぜ。私はフィルと戦ったことがあるからな。剣筋にも魔力にも、持ってる属性は滲み出るもんだ。フィルは魔族らしく、力属性・破属性・識属性をモザイク状に持ってる」

「霊属性を持ってなければ跳べないのでは?」

「知ってるか? 天徳公申は跳べるんだぜ。霊属性なしの識々天なのにだ」

「えっ!?」

「優れた識天は識陣を編んで、瞬間移動も結界もこなす。公申レベルの一級識天だったら、魔界へ抜ける扉も編める」

「うへえ。公申様なんでもありっすね……」

「大天使はどいつもこいつも一筋縄じゃいかねぇからな。フィルはどの程度まで識陣を編めるんかな……。もし綾香を連れて跳んだら、私も追うから後を頼むぜ」

「えっ、もしかして魔界まで追っかけるんですか!?」

「あたりまえだろ」

「そこまでの命令出てないですよ!」

「言っとくが、私は上層の命令で動いてんじゃねーからな。上層が決定した命令にゃ従わねぇ」

「なんでですか?」

「上層がバカだからだよ。おまえは上層に従っとけ」

「――ミラフ様に従います」

 ミラフは眉を上げて新米天使の顔を見た。

 青流はおどおどした上目づかいで、憧れの霊天の反応をうかがっている。

「言ったな……。後悔すっぞ。取り消すなら今だぜ」

「おれ、ミラフ様に憧れて、公申様の下に配属希望しました! 公申様がミラフ様を育てたってきいたから……。取り消しません!」

「よし、なら男気を見せろ。これ持っとけ」

「なんすかこれ」

「しらねぇの?」

「しってますよ! なんで拳銃!」

「もし私が魔界へ行ったら、おまえは今から教える扉から魔界へ行け。一番近い城がヴァラックスの城だから、無事たどりつけよ。ヴァラックスに知らせろ」

「……えーと、この拳銃にはどんな意味が?」

「しらねぇの? 魔界にゃ雑魔がいるんだぜ。雑魔は天使を襲うんだぜ。気配隠しの結界張っても、遭遇しないとは限らないぜ」

「しってますよ! でもおれ雑魔と戦う訓練したことないです」

「なら初訓練か」

「ひぃ……」

「そうだ、睦朗は連れてくなよ。危険が十倍増しになるから。あいつには綾香の身代金受け渡しのことは知らせてないんだろう?」

「耳に入らないようにニケ様が見張ってます」

「知らせたらあいつも絶対来るからな」

「なんでですか?」

「そういうもんだぜ。……『情』の力は」

「『情』の力ってなんですか?」

「わかんねぇの?」

「わかんないなあ」

「まあ、おまえにゃまだわかんねぇだろうなあ」

 警官たちの動きが慌ただしくなった。何人かが一方向に向けて走る。

「敵さんおいでになったな」

 ミラフがつぶやいた。


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