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第六章 ④

          ***


(……こういうときに限って五限目が体育)

 青島幸男こと識霊天青流は、伝説の最強種「赤目」をちらりと横目で見やった。

 体育は選択ではなく一年生必修である。男女別である。出席番号順によるクラス分けである。ふたり一組で球技のパス練習など行う場合、隣合った番号の者どうしが組む。

 青流のパートナーは、睦朗である……。

 天徳公申貴天は、現時点では睦朗を敵だと思わなくていいと言った。むしろ、敵にするなと言った。さらに、親密になったらより好ましいと言った。

 綾香に言われなくとも、青流は睦朗に接近する心づもりはあった。

 でも。

 睦朗はほとんど口をきいてくれない。

 それどころか、さっきよそ見をしていたら、サッカーボールを顔面にぶつけられてしまった。一言「悪い」と謝罪らしき言葉はあったが、絶対にわざとだ。

(ヘコむ……。おれがなにをしたっていうの。魔族はやっぱり先天的に天使がきらいなんじゃない?)

 でも、赤ノ倉さんはおおむね好意的だ……。つきあってくれないのは残念だが、人界には「オクテ」という種族がいるという。赤ノ倉さんはその血を引いているのだろうと、青流はひとりで納得した。

 彼氏ポジションというのは、守護をするためになにかと便利そうだから、機会を見てまた申し出てみよう。

 「友達」と「彼氏」のどこがどう違うのかいまひとつわからないが、どうやら社会的立場が違うようだ。法的な拘束はないようだが、「彼氏」というのは「友達」より契約的な、一対一の関係らしい。細かい違いは「彼氏」をやっているうちにわかってくるだろう……。

 おっと。また睦朗がこちらを見ている。天使が気になるんだろうとは思うが、異様に冷ややかな視線が怖い。若干の殺意すら感じる……。おーこわ。

 用具の片付けのとき、青流はおもいきって睦朗に話しかけてみた。

「あのさー、睦朗君、おれのこときらい?」

「別に」

 睦朗はサッカーボールをボール入れに放り込みながら言った。

「できれば、なかよくしたいんですけど」

「なんで」

「赤ノ倉さんを守る必要上、睦朗君との接点も多くなると思うし……」

「……わかった」

 睦朗の言葉に、青流はひとまずほっとした。第一関門突破だ。

「よろしくねー! 睦朗君」

「睦朗でいい」

「よろしく睦朗! おれあっちの名前は青流(せいりゅう)ね! でもこっちの名前で呼んでね!」

「ああ。綾香をよろしく頼む、青島。あいつ結構突っ走るところがあるから、無茶しないように気をつけてやってくれ。もしダンかフィルが出てきても、戦わせないで天使か伯爵が来るまで止めて…………なんだよ?」

 青流はぽかんと睦朗を見つめていた。

「君たちって、不思議」

「なにがだよ?」

「赤ノ倉さんはおれに睦朗のことを頼んで、睦朗はおれに赤ノ倉さんのことを頼むんだね。お互いがお互いのことを」

 睦朗は虚を突かれたように沈黙した。

 表情の冷たさが消えていた。

「おれはその両方の頼みをきくためにここにいるんだよ。おれの任務は、どんぴしゃで君らの願いと重なってる。働かせてもらいますよー」

 青流は得意げに自分を指差した。

「よろしくな」

 睦朗がやっと笑顔を見せてくれた。(おっ、かわいいじゃん)と青流は思ったが、「じゃあ守護しやすいように赤ノ倉さんの彼氏になるね」と言ったら、かわいい睦朗は瞬時にこわい悪魔に戻ってしまった。

 なんで!



「なーなー睦朗、おれなんか悪いこと言った?」

「別に」

「なんで怒ってんの?」

「怒ってない」

「怒ってるじゃん。あ、もしかしたら赤ノ倉さんの彼氏になるって言ったから?」

 睦朗は返事をしなかった。

 なぜだかわからないが、更衣室の中のほぼ全員が聞き耳を立てているのを感じたので、青流もそれ以上の追及をやめた。

(もしかしたら彼氏彼女ってのは、おれが思ってる以上に重要度が大きいの?)

「じゃあやっぱやめとく。彼氏になるの」

 言った途端に青流は睦朗に体操服の胸元をつかまれ、体をロッカーにがしゃんと押し付けられた。逃れようと思えばできる程度の力なのに、気迫に押されて抵抗できない。

「……おまえどういうつもりで言ってるんだ? ふざけてるのか?」

「真面目です……」

「後でみっちり話つけようじゃないか……」

 一瞬。

 ほんの一瞬だったが、青流は睦朗の瞳の奥がチカッと赤く瞬くのを見た。

(『赤目』……!)

 足が震えた。これ以上睦朗を怒らせたらまずいと感じた。

 下手をしたらなにか自分の身の上にとてつもなく恐ろしいことが起こりそうな予感がした。

 天徳公申貴天から、赤目の能力は詳しく知らされていない。「今はなにもない」とだけ聞かされていた。

 今は。

 睦朗は怯える識霊天を数秒間見据え続け、天使が恐怖のあまり目を伏せると、やっと手を離した。青流は足が震えて、ロッカーに寄りかかって立っているのが精一杯だった。

 更衣室の全員が固唾をのんで事のなりゆきを見ている中、壁のスピーカーからぴんぽんぱんぽーんと放送を知らせるおなじみの音が流れ出た。

〈一年生の赤ノ倉綾香さん。一年生の赤ノ倉綾香さん。至急校長室まで来てください。もう一度くりかえします。一年生の……〉


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