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第一章 ③

「もう一週間か……」

 デザイン事務所「KIKA」。

 母の長年の相棒であるデザイナーのキリコさんは、左耳にびっしり連なるピアスをいじくりながらため息をついた。インターンのカナちゃんは郵便物の整理をしている。

「あてにならないとは言われたけど、警察に捜索願、出してみたよ」

「綾ちゃんひとりで?」

「ううん。担任の先生がついてきてくれた。こういうとき親戚が全然いないって大変なんだなあ……。親が実家と縁が切れてるって、そんなにめずらしいことだと思わなかった」

 綾香の母はあれっきり、行方不明。あの晩父エドワードから電話があったけれど、まるっきり要領を得なくて、状況はいまださっぱりわからない。

 父からの電話の内容は、要約すればこうだ。

「私はこれからバカを叩きのめしに行く」

「紀香は守る」

「綾香にはボディーガードがついているから安心すべし。外出もよし」

 ――以上。

(バカって誰?)→敵でもいるのか?

(母さんは守るって、何から?)→危険を呼んだのはあんたでは?

(ボディーガード???)→そんな人には会っていません。誰だよ!

 疑問は疑問を呼び、不安は不安を呼ぶ。マンションにひとりでいるのはたまらなくなって、綾香はここ数日、母のデザイン事務所に通っている。

 邪魔かなと思ったけれど、掃除やおつかいや電話番などの雑用があってありがたがられたし、綾香も居場所ができてたすかった。

 キリコさんとカナちゃんはクライアントの対応に追われている。赤ノ倉紀香が中心になって進めていたプロジェクトは中断か変更を余儀なくされたわけだから、事務所としては今後の信用に関わる一大事だ。ふたりともクライアントにぺこぺこ頭を下げ話し合いをし、代替え案のために頭を絞り、夜遅くまで作業している。

 ロック系ファッションで年齢不詳のキリコさんも、ふわふわした乙女系のカナちゃんも、今は「オシャレ」のかけらもない。ノーメイクで髪を振り乱し、緊急事態に対処している。

 仕事に一生懸命なキリコさんとカナちゃんと一緒にいると、友人たちの悪口大会はどこか遠い世界の出来事みたいに感じられ、怒りは遠のいた。そう感じることがまた、上から目線に思われて、友達の神経を逆なでするのかもしれないけれど……。

(でも、友人関係だけにキュウキュウとする世界って、正直苦手なんだもん。女同士のフクザツな心理をわかれって美里は言うけどさ。わかんないもんはわかんないもん)

「その後伯爵から連絡ないの?」

 PC画面から顔を上げ、キリコさんは言った。

「父のこと伯爵って言うのやめてよ。あれはただのイギリス人。平民もいいとこなんだから!」

「いやなんかほら、銀髪と髭の雰囲気がね……」

「ただの一般市民であってほしいよ。伯爵どころか、とんでもない犯罪者だったらどうしよう。『貿易コーディネーター』って、麻薬の密輸とかですか? マフィアがらみだったらどうしよう……。ありえすぎてこわい。こわすぎる!」

「……」

「キリコさん、そこ沈黙で返さないで。おねがいだから」

「伯爵って悪い人には見えないけど、本物の悪党は善人に見えるっていうからなあ」

「ぎゃーっ! 沈黙のほうがましだった!」

「誰の子でも綾ちゃんは綾ちゃんだし、誰の妻でも紀ちゃんは紀ちゃんよ。ひとりが辛かったらここに寝泊まりすればいいよ。忙しくてわたしもほとんどうち帰ってないもん。不安なときは寄り添おうよ。わたしだって紀ちゃんが心配だもん。不安だもん。ここにいてよ」

「キリコさぁぁぁん!」

 綾香はキリコとひしっ!と抱き合った。カナが「あたしもあたしも!」とやってくる。

 女三人抱きしめ合って、デザイン事務所KIKAには妖しいオーラが……漂うわけはなく、クライアントからの電話が今日もけたたましく鳴り響く。


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