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第六章 ③

 睦朗の怪我は、本当にあっという間に治った。

 大天使の理事長が来い来いと言うので、数日後、綾香と睦朗は登校した。

(やっぱ目立つなあ……睦朗は)

 道でも電車でも学校の廊下でも、以前に増して注目の的だ。綾香も感じていたことだけれど、黒い翼を完全に発現してからの睦朗は、凄みが増した。赤目の『力』というのがどういうものなのかは、まだわからない。でも、気配からしてタダモノではない。

 睦朗とは授業が重ならないので、別々の教室だった。

 綾香は正直、ほっとした。人界で生きていく限りあんなふうに注目され続けなければいけないとしたら、確かにきつい。

(両翼オーラってあるのかな……)

 ミラフも二木先生も、姿かたちが美しい以上のキラキラ感がある。きっとあるのだ、翼を持つ者だけが漂わせる特有のオーラが……。

 と、思ったけれど。

(いや、そういうもんじゃないのかも)

 教室に入ると、綾香の知ってるもうひとりの両翼天使がいた。

(姿かたちはまあいいけど、オーラはどうよ? キラキラ感というよりヘラヘラ感?)

 識霊天第二十六階級両翼。青島幸男。天界での名は……知らない。

「おはよー……。やっと職場復帰だよ」

「いやあもう、びっくりさせてもらいましたよ。青島君がアレだなんて」

「アレだったんですよ」

「全然アレに見えませんけどね。オーラなし!」

「ひどい! 赤ノ倉さんはオーラ無限大みたいなアレの近くにいるからそう思うだけ!」

「ミ○フのことですか?」

「ああっ。呼び捨てなんかにしちゃって! おれの憧れのあの方を」

「憧れぇぇぇぇ~? あのアレが? あのアレが憧れ?」

 アレアレ言い合うのもあやしいので、隣に座って筆談混じりの会話に切り替える。

〈じんかいでいったら、ミラフさまはロックスターみたいなもんだよ。えらいてんしとはちがうかちかんがかっこいいんだ〉

「ああ、わかる気がする。ってゆうかさー……」

〈青島君、漢字書けないの?〉

 綾香も筆談に切り替えた。

「書けるよ! 習いたてだからめんどくさいだけだよ!」

 青島君が口で言い返し、続きを書く。

〈こう見えてもおれ、識天だもん。頭良いんだぞう〉

〈うわ! 漢字ヘタ!〉

〈莫迦にしてるでしょ。因みに莫迦→バカだからね〉

「なにもそう、ムキになって難しい漢字使わなくてもいいじゃない」

「だって赤ノ倉さんがー」

「そういうところがオーラないっつうのよ。あんたほんとにアレ?」

「アレだよ!」

〈青島君って今何歳? 両翼って成長遅いんでしょ?〉

〈十六さーい〉

〈なんだ、同い年じゃん。翼、出たばっかりってこと?〉

〈うん。去年出た〉

「そっか……」

 それなら青島君は、睦朗と同じ時間の歩みができるんだ。

〈青島君におねがい。睦朗となかよくしてください〉


 青島君は綾香の守護の任務があるため、時間割はほぼ綾香と一緒だ。午前の授業でずっと隣の席に座り、学食でも同じテーブルに席をとったら、同じ一年生の女子に尋ねられた。

「つきあってるの?」と。

「つきあってない! ありえない!」

 力いっぱい否定する綾香だったが、彼女は「ふ~ん。あやし~い」とにやにやしながら去って行った。

 テーブルに場所取り用の私物を残して、ランチを選ぶ列に並ぶ。

「ああもう、睦朗はやくこないかなっ! ふたりでいたら誤解が広まっちゃう! ちょっと青島君、一緒に並ばないで。少し離れててよ!」

 お腹は減っていたけれど、きのうも両翼ふたりにつられて食べ過ぎたので素うどんにする。席に戻って待っていると、青島君が手にしているのも綾香と同じ素うどんだった。

「うどんだけ? アレっていっぱい食べるんじゃないの?」

「いや、まだ僕、慣れてなくて。食べるの」

 そう言えば、ミラフがちらっと言っていたけれど、天使は普通、食事をしないらしい。「魂玉」とかいう万能エネルギー源が働きに応じて支給され、それを取り入れて生きているとか。じゃあなんでミラフは食べているのかと言うと、上層が命ずる仕事をやらないので、エネルギー源を支給してもらえないからだそうだ。

「ミ○フは宅配ピザなら、軽くLサイズ五枚は食べるよ」

「ピザ五枚! 健啖家っ! かっこいい~」

「でもあのアレ、お金払わないよ」

 父親が渡してくれた生活費は、どんどんミラフの胃袋に消えていく。

(しっかし、ミラフの食べっぷりもワイルドすぎてどうかと思うけど、こいつの食べっぷりもイライラするなあ……)

 青島君はものすごく嫌そうに一本ずつうどんをすすっている。箸の使い方もぎこちない。

 なるべく見ないようにして、合流するはずの睦朗の姿を探す。まだ来ていないようだ。

「ねーねー赤ノ倉さん、ちょっと提案なんですけど」

 うどんをちゅるんと吸い込んで、青島君が言った。

「なんですかー?」

 綾香は七味とうがらしの小袋を開こうとしていた。

「つきあっちゃおうよ、おれたち」

 七味の赤い粉末が、どんぶりの外に豪快にばらまかれてしまった。力加減が狂った……。

「はあ!? なに言ってんの!」

「そのほうが、一緒にいやすいなって、さっき思って」

「無理無理無理無理!」

「おれじゃ力不足かもしれないけど、赤ノ倉さんを守りたいんだ。おれは赤ノ倉さんを守るためにこの世界に遣わされたんだから」

「誤解を広げるようなロマンチックな言い回しやめて!」

「お願いだよ、おれとつきあって……」

 バン! 

 乱暴な物音とともに、隣の席に鞄が置かれた。

「なんの話をしてる……」

 睦朗だった。

 底から凄みが湧きあがってくるような冷ややかな表情で、青島君を見据えている。完全に蛇&カエル状態。睦朗がキングコブラなら、青島君はヒメアマガエル。

 呑まれる呑まれる……。

「あのそのええと、今後のために赤ノ倉さんとおつきあいさせていただこっかな、なんて」

 青島君の言葉に、綾香は手をぱたぱた振り首もぶんぶん振って、全身全霊で否定をかぶせた。

「綾香は嫌そうだぞ」

 睦朗は青島君をもうひと睨みすると、食券の券売機へ向かった。伝説の悪魔の後ろ姿を新米軟弱天使が呆然と見送る。

「こ、こわ! 無理、おれ無理! 睦朗君と仲良くすんの無理! こわすぎるって!」

「さっきはなんか怖かったけど、普段は別に怖くないよ。大丈夫だよー」

「赤ノ倉さん、絶対に麻痺してるよ! ひー、ぶるったー」

「そんなことないのにー。がんばってみてよ」

「ど、努力はしてみるよ」

 睦朗がお盆を両手に戻ってくる。青島君は睦朗の持つランチを目にして凍りついた。お盆ふたつに載せられているのは、Aランチ・Bランチ・カツカレー。全て特盛り。+サンドイッチとコーヒー。

「……睦朗君、それ全部食べるの?」

「悪いかよ」

「いえ……」

 睦朗は育ちがいいので、ミラフと違って品よく口に運ぶ。ただ、動作はきれいだけれど早回しみたいなスピードだ。青島君はもともと乏しい食欲がさらに失せたようで、うどんをのびるに任せて睦朗の食事を唖然とした顔で見ていた。


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