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第六章 ①

 一緒にいたほうが良いということで、東京に戻ってから、睦朗は綾香の家に寝泊まりすることになった。

(あわわわわ! でもこの散らかり具合!)

 赤ノ倉本家が隅々まで几帳面に整えられていたので、そういうところでお育ちになったおぼっちゃまをお招きするには、どうにも気が引ける部屋の状態である。

「あんまりあちこち見ないで……」

「ごめん、ものめずらしくて」

「綾香ー、これ、ここらへん置いといていいか?」

 睦朗のみならず、天使もお泊りになるらしい。霊々天のほうだ。力々天のほうだったら、ダスキンおそうじサービスを呼んだ。絶対。

「うんまあ適当に……って、駄目ーっっ!」

 『これ』とは拳銃と銃弾のことだった……。

「じゃあどこならいい?」

「持ち込まないでほしいんですけど……」

「これがないと私の攻撃力は限りなくゼロに近くなるぜ。いいんか?」

「……キャビネットの引き出しに」

「OK」

「ちょっと気になってたんだけど、それ普通の拳銃? 威力すごくない?」

「気付いたか。さすがだな」

 にやりと笑うミラフ。

「私にしか撃てねぇ魔弾なんだぜ。瞬間移動で跳ぶと、着地のとき体が前のめりになるだろ? あれを応用した。発射と同時に弾丸を瞬間移動させて別空間を通過させてから現空間に戻すと、加速がついて威力が増す。どれだけの空間を通過させるかで威力の調節もできる。霊力の微細な調整と遠隔操作が難しい。霊属性なら誰でもできるってわけじゃねーんだ。私だって実用まで十年かかった」

「うーん、魔弾の射手。天使のくせに」

「ヴァラックスと一緒に戦ってるときに偶然発見した方法なんだけどな。まあそれ以前に、魔界で銃を撃つこと自体が素人には無理なんだけどよ」

「魔界じゃ拳銃撃てないの? なんで?」

「ごく簡単に言うと、物理法則が人界と違うから、人界の機械はまともに作動しない。この銃なんか旧式だから少しの工夫でなんとかなるんだけどな、オートの場合はかなり難しい」

「へえ~」

「物理法則が違うのに、ヴァラックスの城は電気で城中照らしてるんだからな。おまえはなんとも思わなかっただろうが、あそこは『電気城』って呼ばれて、漏れ出る明かりが魔界じゃ恐れられてるんだぜえ」

「悪魔って電気が怖いの?」

「ばーか。人界の近代技術が怖いんだよ。……お、ピザ屋じゃね?」

 ぴんぽーんとインターホンの音が鳴る。

 はい、と対応に出て、モニターを確認した綾香は思わず固まった。

 こ、この人は……!



 やっぱりケチらずにおそうじサービスを頼むんだったと、綾香は後悔していた。

 ほこりとマンガと出しっぱなしの生活用品がインテリアをぶち壊しにしているリビングに、こともあろうか郷田川理事長がいらっしゃる。

 郷田川博信氏、またの名を天徳公申貴天。

 エリート天使が集う天界上層所属の、大天使と呼ばれる最上級の第一階級。属性は識々天。二木先生の直属上司。ディオール・オムの極細スーツ。

 彼はリビングに通されると自分の家であるかのようにさっさとソファーに腰を下ろし、足を組んで肩の力が抜けたポーズになった。

「学校慣れた?」

 サングラスをかけたまま、立ち尽くす綾香と睦朗に言う。

「「いえまだ」」。

 返事がハモった。

「そう。ちゃんと来るように」

 力なく「「はい……」」と答える人魔ふたりはもうどうでもいいのか、大天使は霊々天を手招きした。

 苦虫を噛み潰した表情のミラフが、いやいやな足取りで彼の前に立つ。彼はなにやら小さな巻物をスーツのポケットから取り出し、するするほどいてミラフの前に掲げた。

 異国の文字が書かれた巻物を一読したミラフの顔が、凶悪に歪む。

「……ざけんじゃねーぞ」

「命令」

 大天使は立ち上がった。用はもう済んだのだろうか?

 ぴんぽーんとインターホンがまた鳴る。今度こそピザ屋だった。睦朗と分けあってLサイズ十枚分の箱をリビングに運ぼうとすると、理事長とミラフが廊下に出てきた。

「……ご一緒にピザ、いかがですか」

 礼儀として一応、綾香は理事長を誘ってみた。

「ありがとう。しかし私は固形物の摂取に慣れていない。遠慮する」

 彼はミラフを振り返った。

「君のせいで若い天使に食事が流行ってる」

「流行らせようと思って食ってるわけじゃねーよ」

(こん)(ぎょく)の支給を開始する。食事は控えろ」

「命令はきかねー」

「ならば君に支給される魂玉は、君が受給してることにしてこちらで処分する」

「……勝手にしろ」

 大天使の理事長はゆっくり靴を履くと、もう一度人魔ふたりに向き直った。

「学校、ちゃんと来るように」

「こいつら学校どころじゃねーんだぞ! つか、こいつらに関しては訊きたいことがいろいろある。あんた、赤目をどうしたいんだ?」

「いっぱい作って、味方にしたい」

「はあ?」

「赤目はほかの最強種魔族と違って、無駄な凶暴性がない」

 理事長は睦朗の肩をぽんぽん叩いた。そして言った。

「君には期待している」

 理事長は綾香の肩もぽんぽん叩いた。そして言った。

「睦朗君と仲良くするなら、グラシャラボラスから守ってやる」

「……なんでですか?」

「睦朗君の子供を産め」

 どさーっ。

 綾香の手からピザの箱が落ちた。持ってた分の五箱、ぜんぶ。

「なななななななななな…………」

「二代目『赤目』と『赤ノ倉』の子供は、三代目『赤目』になるのか、それともまた双子に戻るのか。興味深い。非常に興味深い」

「公申、もう帰れよ……」

「産休は欠席扱いにはしないので」

「帰れってば」

「産休は欠席扱いにしないが、怪我は欠席扱いにする。睦朗君の怪我はすぐ治るはずであるから。では失礼」

 天徳公申貴天は、一礼のつもりか小さく首を傾けて、去った。



「ななななにあれ! 一体なんだったのっ?」

「プータローの元部下と不登校になりかけの生徒を復帰させに来たじじい。……無理矢理好意的に解釈すれば」

 ミラフは、綾香が落としたピザの箱を拾い上げながら言った。

「ななななんでわたしが睦朗の子供産まなきゃなんないのっ?」

「やれやれ……。赤目を生み出すのに、ダンに無理矢理孕ませられたりフィルに卵子強奪されたりするよか、手堅いと思ったんじゃねぇの?」

「わかんない。わけわかんない。話とびすぎ!」

「公申の話にしちゃわかりやすいほうだったぜ。『いっぱい作って味方にしたい』か。なるほどな」

「なにが『なるほどな』だ……!」

 睦朗もわなないている。

「赤ノ倉の女の守りが手薄だった理由……グラシャラボラスにヤられちまって孕んでもらうのが望ましいと。生まれた赤目にゃ力々天だの破力天だのつけて、守りが厚かった理由……赤目を持ってかれたら惜しいと」

「なんか血も涙もないかんじがする……」

「ないない。基本的に天使にそういうこと期待すんな」

「二木先生はやさしいのに!」

「あいつは異端だよ。公申だって大天使の中じゃ相当変りもんだ。普通、大天使様ともあろうお方が、魔族を味方にしたいなんて言わねーぞ? 天界は排他的なんだ。公申は変わりもんだから、部下にも変わりもんが集まる。……ったく、くそ忌々しいじじいだ」

「あの巻物はなんだったんだ?」

「上層が出す辞令だ。くっそ、いつの間にかまた公申の部下にされた!」

 ミラフはピザの箱をダイニングテーブルに置くと、びりびりと乱暴に開けた。

「なんのために?」

「おまえらの監視だとよ。大天使に飼われるのはムカつくから、おまえらのボディーガードは降りる!」

「ええっ! そんなあ! ミラフ行かないで!」

「冗談だ」

 ミラフは「ビール!」と綾香に命じ、形のいい唇を豪快に開いてピザを押し込んだ。

「ほかにも気になることを言ってたな。魂玉の支給がどうとか、赤目は凶暴性がないとか、僕の怪我はすぐに治るはずだとか」

「こっちも気になることがあるぜ。睦朗、おまえ精通はもうあったんか?」

 睦朗は一瞬にして固まった。綾香は「せいつう」の漢字が頭に浮かばなかったので、なんのことだろうと思いながら天使のために冷蔵庫から缶ビールを出していた。

 睦朗がミラフの襟首をつかみ、すごい勢いでリビングから廊下へ引きずっていく。

「いでででで! なにすんだよ睦朗!」

「そういう話は外だ!」

 睦朗の態度で、綾香にも「せいつう」の意味がわかってしまった。

 天使ってホント、血も涙もなけりゃデリカシーもないなと綾香が頬を赤らめていると、リビングのドアが開いた。ミラフが「両翼は新陳代謝が活発だから、怪我もすぐ治るんだぜ」と話しながら入って来たので、恥ずかしい話は一段落したのだろう。

 綾香が缶ビールを手渡すと、プシュッと開けながら思い出したようにミラフが言った。

「そういや、綾香」

「なに?」

「おまえ、雑魔につけられた頬の傷、結構深かっただろ。いつの間に治ったんだ?」


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