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第四章 ⑦

 フィルが近くにいるのが危険だということで、その晩ミラフは、綾香の家へ泊まってくれることになった。

「天使の属性はきれいに四種類。霊属性・識属性・力属性・破属性。『両翼』って呼ばれる翼のある種族は、父母からひとつずつこの属性を受け継ぐと思え。例えば、父親から識属性を、母親から力属性を受け継いだら『識力天』、もしくは『力識天』になる。強く出た属性を『表』っつって、先に言う。ニケは両方力属性だから『力々天』、青島は識属性と霊属性だから『識霊天』」

「ふんふん」

「注意が必要なのは、霊属性だけは他の属性と一緒になった場合、絶対『表』にならないってことだ。霊属性が表に出るのは霊々天だけ」

「なるほど。血液型O型みたいだね」

 リビングで、綾香はミラフから天界に関する講義を受けていた。

 ダイニングテーグルには宅配ピザの箱が「積んである」。Lサイズ何枚食うんだ!と驚くくらい、ミラフの胃袋は底なしだった。

「それぞれの属性の特徴は……まあ、ざっとわかりやすく言えば、識属性=頭いい、力属性=力持ち、破属性=破壊力、霊属性=便利。そんなかんじだな」

「便利?」

「瞬間移動は基本的に霊属性持ちにしかできねー。あと、結界張ったり、気配読んだり」

「なるほどー。力持ちと破壊力の違いはなに?」

「力天は単純に筋力だと思え。破天はちょっと複雑で、魔法使いみたいなもんだ。おまえの力の性質も天使で言ったら、破天に近いな」

「へ? マホー無理ですけど」

「魔法って言い方が限定的なんだよな……。そうだな、破属性ってのは魔法使いって言うより、本能的に壊し方がわかるやつだと思え。破壊の方法はそれぞれなんだ。炎メラメラ出すみたいな魔法らしいことやるやつもいれば、脆弱な武器でもどうすれば大きいダメージを与えられるか、体が知ってるやつもいる。……おまえみたいに」

「……」

「わかるんだろ?『壊し方』」

 綾香はうなずいた。わかる。誰に教えられたわけでもないのに。

「魔族の場合は、天使みてぇに属性がきれいに分けらんねーんだ。天使が持てるのは二属性まで。悪魔は弱肉強食が進化を複雑にしたのか、属性をごちゃ混ぜに持ってるのが普通だ。異形・異能も多い。おまえなんか単純なんだが……。睦朗は、なにが出てくるかわかりゃしねーぞ」

「そっか。睦朗の能力って、まだわかってないんだっけ……」

「妙に肉体に制限がかかってる気配もあるしな……。異形化するかもしんねぇな。覚悟しとけよ」

「異形化っ!? バケモノになっちゃうの!?」

「異形化くらいならまだいいぜ。現出する能力が危険と判断されたら、ニケに始末される可能性がある」

 綾香ははじかれたように立ち上がった。

「……なにそれ」

「ニケはそのための『睦朗番』だって考えるのが自然なんだ。あいつは以前、危険な人魔の始末屋をやってたから。人界育ちは能力をコントロールする力が弱いから、危なっかしい面が多々あってな」

「二木先生が睦朗を殺すの……?」

「事の次第によっては。力々天と破々天は、本来戦いと殺しが専門だ」

「そんな……」

「……でもわかんね。それが普通なんだけどな、今、ニケの上にいる大天使……理事長のジジイ……あいつは人魔の殺しを命じない。野放しか見張るか、もしくは魔界追放で済ます。ニケは任務で始末屋をやるのが嫌で嫌でしょうがなかったやつだから、あのジジイの主義に賛同して傘下についた」

「そうなの……。よかった」

「でもな、あのジジイ自身は、天界に敵が多い。特殊な人魔を殺さず魔界追放……魔界で悪魔どもに殺されてくれりゃ問題ないだろうが、魔界で名を上げるやつが少なくない。魔界の総力を上げるために人魔を送りこんでるんじゃねーかとか、実は悪魔で天界転覆を企んでんじゃねーかとか、まあいろいろ言われてらぁな。私の目から見ても、天徳公申は危険な人魔を見張ってるというより、天界から守ってるように見える……。もっと言えば、特殊な人魔を増やそうとしてるようにも見える……」

「増やそうと……?」

「人界・魔界の偏った血統は、天使が手分けして見張ってる。『赤ノ倉』の担当は七十年前に天徳公申が買って出た。『赤ノ倉』は危険な血統だ。危険な家系に対して天界の取る選択肢は三つある。ひとつ目は、皆殺し。これは一番楽なんで、これをやる天使も多い」

「ひどい! 天使なのに」

「天使のやることかと思うか? でも、それが天界の実状なんだぜ。二つ目は、危険が起こらないように見張る。これが一番面倒臭い。でも、天徳公申の前任者は、赤ノ倉に対してこれで通した」

「そっか、いい天使もいるんだね」

「良心からじゃねぇよ。魔界の実力者とつながりのある家を下手に潰したら、悪魔側が暴れる場合があるからだ。三つ目は放置だ。なにもやらないでおいて、出て来た結果を引き受ける。天徳公申が選んだのはこれに近い。完全放置はさすがに咎められるんで、お飾り程度に見張りをつける。戦えない天使。戦闘属性を持たない天使。戦闘力の高い悪魔が出てきたら、手も足も出ず逃げるしかない天使。霊天、識天。……私、青島」

「ミラフ、戦えるじゃない」

「今はな。昔は弱かった」

「昔、母さんをグラボスから守ったんでしょう?」

「舌先三寸でな。紀香は今生理中だから妊娠しねえぞ!っつってな」

「……」

「私じゃ力不足だから、ヴァラックスに頼んだんだよ。紀香のボディーガードを。で、ふたりの間にいろいろあって、おまえが生まれるに至ったと。おまえがこの世に存在するのは、ダン・グラボスのおかげだ。おかしな縁だよなあ」

「フクザツ……」

 そんな出会いだったとは。

 でも悪魔から守るために悪魔に頼むって、天界的にまずいんじゃないの?

 ちょっと疑問に思ったので、綾香は尋ねた。

「なんで母さんを守ったの? 悪魔の手を借りてまで」

「紀香とは友達だからな」

 友達。

「天使だって人間に情が湧くことくらいあらぁな」

 綾香が不思議そうな顔をしていると、照れたようにミラフは言った。

「天使だってって……。天使は普通、愛情で満ち溢れてるんじゃないの?」

「一般的に、天使が好きなのは愛より秩序。秩序・構造・システム」

「愛より秩序が大事なの?」

「秩序を保つのが天使の本能だ」

「……ミラフもそうなの? ミラフはちがうよね?」

「自分じゃわかんねーよ。自分の意思で動いたつもりでも、自分じゃ気付かない『秩序』に従ってんのかもしんねーし」

「……なんかやだな。『秩序』だなんて」

「やだやだゆってろ……ニケだ」

 チープな音質の、スターウォーズのテーマ曲が聞こえた。

(なんで天使がスマホ……。なんで着信音がスターウォーズ……)

「新幹線? バカじゃねぇの。私と綾香も連れてくなら、最短距離で連れてってやる」

(わたしを連れてく?)

 ミラフは電話の向こうの二木先生に住所と店名を告げ、その店に来るように言った。

 店の名前は「Sumera」。

 あの古着屋だ。


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