第四章 ④
週が明けて月曜。綾香は学校へ向かった。
道すがら、ときどき後ろを振り返ったり、電柱の上を見上げたりした。天使のボディーガードがどこかに潜んでるんじゃないかと思って。
ミラフは天界人なのに、どうして自分のボディーガードなんかやってくれるんだろう? 両親と長いつきあいだから頼まれてって話だけど、天使としての仕事ってないんだろうか? 天界じゃ結構えらいらしいのに……。
周囲に通行人がいなくなるのを見計らって、「ミラフ~」と声に出して呼んでみる。
返答はない。
――と思ったら。
「呼んだか?」
「うわっ!」
次の角を曲がると、ミラフが腕を組んで突っ立っていた。
「ど、どこに潜んでたの?」
「代々木公園」
「代々木公園~? 遠いですけど……」
「呼びかけくらいわかる。おまえがやばそうなときもわかる。跳べば一秒で来れる」
「すごいなあ、天使って」
「天使全員ができるわけじゃないぜ。言っただろ? 私は凄ぇんだよ」
(そう言えば母さんも言ってたっけ……。ミラフは特別凄いんだって。霊々天とかいう、最も天使らしい貴重種だって……)
天使らしいなんて聞いてあきれるとも言っていた。同感だ。
ミラフは草の上に寝っ転がっていたのか、長い金髪は乱れて葉っぱが絡まっている。それはまあいいとしても。
カーキのハーフパンツ、蹴られたら痛そうなごついブーツ、ロケットにヤモリが張り付いた絵柄の、パンク魂を感じる真っ赤なTシャツ。Tシャツで隠れた腰のあたりに、膨らみがある。……拳銃のような気がする。
ミラフはTシャツをめくった。拳銃はホルスターに収まっていた。ボトムに直接差さっているのは、デパートの包装紙に包まれた小箱だった。
「ほれ」
ミラフは小箱を綾香に差し出した。
「なにこれ?」
「おまえの母ちゃんに買いに行かされた時計。誕生日プレゼントだとよ」
「わあ!」
そうそう、母さんには前々から目をつけていた腕時計をねだってたんだった。
「こっちはめてっちゃお」
いそいそ箱を開け、綾香は腕時計を付け替えた。
「なんか用だったんじゃねぇの?」
「ううん。呼んだだけ」
「……てめーいい度胸だな」
「あ! もたもたしてたら遅刻しちゃう! ありがとねーミラフ。またねー!」
綾香は駈け出した。
なぜかミラフもついてくる。
「なに? わたし学校行くんですけど」
「私も行く」
「なんで?」
「ちょっと様子見」
ミラフはにやっと笑った。




