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第三章 ②

 「司令塔」の口腔深くにナイフを突き入れ、腕が食いちぎられないように尖った歯の並んだ上顎を押さえ、敵体内の傷に空気をねじ込むようにひねりを加えたそのとき。

 まずった、と綾香は思った。

 ナイフの悲鳴が聞こえたような気がした。

 獣の口から腕を引きぬくと、グリップに(ブレード)がついていなかった。川原やキャンプ場で家族揃ってバーベキューをするとき、かぼちゃやたまねぎを刻むために赤ノ倉家へやってきたアウトドアナイフは、化け物の体内でナイフの役割を終えた。

 綾香は刃のないグリップで飛びかかってきた敵の片目を打ちすえた。張りのある表面がぐちゅりと潰れた。こいつらは硬い毛皮の上からでは攻撃が効きづらい。でも目だけ狙ってたらきりがない。

 あせりが生まれる。

 武器が欲しい……。

 そのとき足元の地面に、ザクッとなにかが突き刺さる音がした。

 黒い――。

 黒いナイフ?

 確認と同時に、新しい武器を土から引き抜く。

 三十センチ程の刀身、黒く分厚いブレード。グリップに防御のための鍔がある。かぼちゃを切るためのナイフとは格が違った。

 誰がこれを……と考える間もなく、ナンバー2に刃先を向けたその瞬間。

 紫の薄闇に、頭上から大きく一条の光が走り落ちた。

 光が……まぶしい光の束が、空から降ってくる。

 「降臨」という言葉が浮かんだけれど、同時にその神々しいイメージからかけ離れた爆音が、冷たい空気に轟いた。

 ナンバー2が綾香の目の前で、弾かれたように倒れる。縞のないナンバー3も。目を潰された雑魚も。狂ったように睦朗に飛びかかろうとする個体がいたので、綾香が回り込んで黒い武器で始末する。その間も周囲は光に満ち、轟音は鳴り続ける。

 綾香は轟音の出どころへ視線を向けた。すぐそばに落ちてきた、光の塊の方向へ。光の塊は人型に見えた。

 光の放射は人型から発しているような気がした。

 暴力的な轟音も人型から発しているような気がした。

 綾香は構えを解いた。獣の殺意は消えていた。

 「終了」だ。

 生き残りの紫虎が、森の奥へ退散する。

 銃声も、止んだ。

 銃声――そう、あの轟音はおそらく銃声だ。

 光の放射は収まりつつあった。少しずつ、薄闇の支配が戻る。

 人型の光の代わりに、さっきまでいなかった人物が立っていた。

「あ……!」

 綾香はこの人物を知っていた。

 腰まである長いストレートの明るい金色の髪。勝気そうなすみれ色の瞳。

 力のある目の表情。端正なのにいたずらっぽい、少年の顔。

 少年……いや、少女に見えなくもない。少年に見えるのは、表情と服装のせいだ。迷彩柄のハーフパンツ、ごつい編み上げブーツ。黒いTシャツ、ミリタリー風のジャケット。

 けれど何より目を惹くのは、服装の印象を裏切るまっ白い大きな翼だった。純白の翼は薄闇の中で、ほのかに光を放っている。見覚えのある美しい翼。……美しい天使。

 天使。

「ひさしぶりだな」

 天使は言った。男とも女ともつかない不思議な声。睦朗のアルトが成長を秘めて不安定なのに対して、中性的なまま完成された美しい声。

 天使は拳銃を右手でくるくると回した。どうみてもピストル。映画やドラマでよく見るリボルバー式の。綾香は銃なんて撃ったことはないけれど、天使がもてあそんでいるこの拳銃に、あの化け物を一発で仕留められる威力があるとは思えなかった。

 天使が、拳銃を見つめる綾香の視線に気付いた。

「こっちがいいのか? おまえは短剣のほうが相性よさそうだけどな」

 綾香は手にした黒いナイフに目をやった。この光沢のない無愛想な黒いナイフには、リアルな「現代技術」を感じる。質感といい、形といい……。

「なんで刃まで黒いのこれ……」

「チタン・コーティングだ。視認性を低下させるために黒い。軍事用だからな。高かったんだから大事に使えよ」

「……父さんが言ってたボディーガードって」

「私だ」

「おい!」

 黙って様子を見ていた睦朗が大声を出した。

「ボディーガードがなんで綾香を危険にさらす……! ここに蹴り入れたのおまえだろ!」

「しらねぇな。勝手に落っこったんだ、おまえらは」

「貴様!」

 殴りかかる睦朗の拳を天使はひょいっとよけようとした……が、右の一撃目はフェイントで、その美しい顔に睦朗の左フックがヒットした。

 天使がよろけて拳銃を取り落とす。

 その銃を睦朗は綾香の方向へ蹴り上げた。なりゆきで銃をキャッチする綾香。

「あ――――!」

 あわてる天使。唇の片端で「ふん」とでも言いたげに冷笑する睦朗。天使は睦朗を睨んだ。マジ怒り。

 背の高い天使が小柄な睦朗の胸倉をつかむ。

「てめ! この!」

「殴られて当然だろ!」

「理由があんだよ!」

「理由!? 僕らを殺そうとしたくせに!」

「してねぇよ! 助けたじゃねぇか!」

「助ける気があるなら最初から来い! っつか、こんなところに蹴り込むな!」

「話聞けよ!」

「おまえ敵だろ!」

「天使様を敵呼ばわりか!」

「知るか! こっちは鬼だ!」

「やめ――――――――――――――い!」

 綾香が拳銃とコンバットナイフを振りかざして、ふたりを制止した。

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