第三章 ①
「さっきのがイヌ科なら、今度のはネコ科」
「……トラってネコ科だもんね」
さっきの三倍は大きな化け物だった。羽はないけれど足の本数が普通のトラより一組多い。縞柄の硬そうな毛皮の色合いは、例えるなら紫キャベツの断面だ。しかしそんなことは問題じゃない。
問題は個体数だ。二十二体。
綾香はナイフを構え、じりじりと距離を詰めてくる化け物群と睦朗の間に割り入った。
紫虎は赤く濁った目を向け、厚みのない尖った耳を向け……なぜか全頭が睦朗に注意を向けていた。
こいつら怖がってる――。綾香はそう感じた。
化け犬を切り裂いた自分にではない。睦朗に対して、恐怖を感じてる。
殺られる前にやれ――今のうちに――異物は排除――。化け虎たちから伝わるのは、そういう種類の殺意。
守りきれるだろうか。
レッドアウトは去ってしまった。情けなくも手が震える。
『命を大切に』。美しいはずの言葉が、呪いの呪文のように頭に響く。
綾香は頭を振って、その言葉を頭から追い出した。
意識的に、呪いを書き換える。『自分と仲間の命だけを大切に』。
すとんと、腑に落ちた。
『命を大切に』の裏の意味に気付いた気がした。『自分と仲間の命だけを大切に。自分と仲間の命を脅かす者は、消してよし』。
偽善者! きのうまでの自分に向かって心の中で叫ぶ。きりきりと悲しい。でも。
ナイフを構え直す。道徳に反しても、心に素直ならこうするしかない。
(守る……睦朗と自分自身を)
「右から三頭目の首の白縞が太いやつを狙え、綾香。あれが司令塔だ」
目を細めて化け虎の群れを見据えながら、睦朗が言った。
「……司令塔?」
「ナンバー2が左端、ナンバー3が司令塔の後ろの縞がないやつ。上から順番で行け。二十二の個体だと思うな。8・7・7の三つの塊だ。三体だと思えばいい」
「さっきと同じ?」
「さっきのは三頭で一体。君が半分にしたやつが『頭』」
睦朗はなぜそんなことがわかるのだろうと、考える必要はなかった。
本能的に綾香にもわかること……こっちユニットの『頭』は睦朗。自分は『手足』。
レッドアウトは去ったままだったが、手の震えがすっと引いた。
睦朗の存在が心強い。
GO!
声はしなかったが睦朗がそう言ったような気がした。