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第二章 ⑥

          ***


 道行く人が振り返るくらい、かわいくなれたらいいな。

 女の子に生まれたら、誰だって一度くらいそう望むことはあると思う。しかし綾香は本日を持って、二度とその願いを持つことはないだろうと思った。

「ねえ君、連絡先だけでも教えて……」

 芸能プロダクションのスカウトマンらしき人物は、未練たらしく睦朗の腕をつかもうとした。

「やだって言ってるのが聞こえないのかっっ!」

 睦朗に代わって、綾香がその腕をバシッと払う。スカウトマンがこうまでしつこくなったのは、綾香の不用意な一言が原因らしいので、責任を持って撃退することにした。

 スカウトマンが「ちょっと、白いニットでショートカットの彼女」と睦朗に声をかけてきたとき、綾香はつい「男ですよ」と言ってしまったのだ。ナンパだと思ったから。

 男だと知り、スカウトマンは目を輝かせた。睦朗が「バカ……男のほうが商品価値は上がるんだぞ」とつぶやくのが聞こえた。そうか。睦朗くらいの美少女より、睦朗くらいの美少年のほうが、希少価値が高いんだ。

 やっとのことでスカウトマンを振り切る。目的地はすぐそこなのに、とんだ邪魔だった。

「……ごめんね」

「いいよ。慣れてる」

(もしスカウトなんてされたらうれしくなると思ってたけど……。結構、嫌なもんだな)

 スカウトマンの目は「モノ」を見る目だった。「商品価値」と睦朗自身も言った。

「ここか?」

 雑居ビルを見上げ、睦朗が訊く。

「うん。ここ」

「国際的犯罪組織の隠れ事務所から行く? カレー屋から行く?」

「カレー屋でおねがいします……」

 インド料理店は空振りだった。きのうは定休日だったらしい。

「じゃ、国際的犯罪組織の隠れ事務所に行くか」

「なんでいちいち国際的犯罪組織の……って言うの。おもしろがってるでしょ? こっちの気もしらないでー」

 国際的犯罪組織の隠れ事務所ならぬ三階の日本語教室目指して、階段を上がる。エレベーターを使わないのは、階段のほうがもしものとき逃げやすいからである。

「うわっ。なんだこの服」

 二階まで上がったとき、睦朗が驚きの声をあげた。二階は古着屋だ。

「Sumera」と看板が掲げられた店のドアの前には二体のボディがあって、この店のテイストを示す服が着せられていた。一体はマキシ丈のぞろっとした黒いマントで、毛皮の縁取りと蜘蛛の巣模様の刺繍が施されていた。もう一体は紫の大振袖で、柄はなんと般若柄である。角の生えた般若の真っ赤な口がこわい。

「誰が着るんだ、こんな服……」

 睦朗がつぶやく。

 キリコさんは結構好きかもしれないと、綾香は思った。あとで教えてあげようと思い、アンティーク加工の木製ドアについた、ダイヤ型の窓から店内を覗きこむ。

 店内もびっちり妖しい服だらけだった。着物の数も多そうだ。店にいるのは店員の女の子ひとりで、彼女は店のディスプレイをいじっていた。けばけばしい色合いの着物を着ていて、帯の上まで長いストレートの黒髪が垂れている。

(個性的……)

 あやしい古着屋にちょっぴり気持ちを残しつつ、三階に上る。

 綾香と睦朗が古着屋のドアを開けたのは、その五分後だった。

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