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第二章 ⑤

          ***


 綾香を待つ間、睦朗は中庭のベンチに座り、本を読んでいた。全学年が授業選択説明会で、中庭には睦朗のほかに誰もいない。

 そよ風が吹き、開いたページに桜の花びらがはらはら落ちる。それを払うために文章を追うのを中断した際、睦朗はついに堪え切れなくなって、顔を上げた。

 さっきから視線を感じ続けていたのだ。

 職員室の廊下の窓。

 睦朗が顔を上げるのと同時に、窓から離れる人影があった。

(二木先生……)

 人に見られるのは慣れている。こちらを見る視線の中には、執拗なものもある。こんな目立つ容姿に生まれてきたのだから、仕方がないとは思っている。

 けれどそんな視線を注ぐのが、担任教師とあっては話が別だ。

 睦朗は小さく舌打ちした。苛立ちをぶつけるように、音を立てて乱暴に本を閉じる。

 彼の視線は入学式からずっと感じ続けていた。気味が悪かったので、二木一郎のことを少し調べさせてもらった。

(新規採用のくせに学年主任。教職は一年目……)

 いくら郷田川が変わった高校だからといって、そんな人事は普通じゃない。コネかなにかあるのなら、もし彼が自分になにかしたとしても、適切な処分が下るかどうか。

 アメリカでの悲しい経験を思い出す。

 睦朗は無意識に、本を手にしていないほうの腕で、守るように自分を抱きしめていた。



「五百万?」

「わたしの中には父さん犯罪者説ってのがずっとあったわけよ……。確定しちゃったような気がしてこわいよー」

「五百万くらいなら、ある程度資産のある大人なら出てくる額じゃない? それを子供にポンと渡す非常識はおいておくとしても」

「五百万『くらい』っていう感覚、わたしにはわかんない……。このおぼっちゃんめ」

 昼どきの学食。まだ午後の授業はないので、生徒はあまり入っていない。

 綾香の前にはカツカレー。睦朗は先に食事を済ませ、自販機のコーヒーをすすっていた。

「それより、お父さんらしき人を見たってほうが気になるな。確認しないでデザイン事務所に行ったのはなんで?」

「……だってそのときエレベーターで降りてきたのが、スキンヘッドで鼻ピアスの白人のひとと2メートルくらいありそうなマッチョな黒人のひとだったんだもん。日本語教室が国際的犯罪組織の隠れ事務所だったりしたらどーすんの?」

「国際的犯罪組織ねえ……」

「でもやっぱり調べるべきだったとは思うの。今日このあと、また行ってみるつもりなんだ。もしかしたら父さん、一階のインド料理屋にカレー食べに入っただけかもしんないけどね」

 綾香はそう言ってカレーを口に運んだ。

 睦朗はしばらく無言で、はふはふ言いながら熱いカレーを食べる姪を見つめていた。

「僕も行こうか?」

 綾香は驚いたように顔を上げた。なにか言いたげだったが、口いっぱいのカレーが発声を邪魔している。「んんへ?」という音声が「なんで?」と言ったものと理解できたが、睦朗はわからないふりをして、答えなかった。

 君みたいに僕に普通に接してくれる友人は、ほかにいないから。

 いたことはあったけど、失ってしまったから。

 力になれることがあったら手伝いたいんだ。

 心の中でだけ、睦朗は答えた。

 綾香に伝えて、変に意識されてしまったら嫌だったから。

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