第二章 ④
翌日。
綾香がぼけーっとしたまま学校へやってきて、ぼけーっとしながら昇降口を入り、あれ?あれ?下駄箱は?とおろおろしていたら、睦朗が来た。
「おはよう。……なにやってんの」
「あ、おはよ。下駄箱どこだっけ?」
「靴のままじゃなかったっけ? この学校は」
「あ、そっか」
「ついでに言っとくけど、自分の教室もないからね。きのうの席に鞄置いちゃだめだよ。置きたいならロッカーだよ」
「はーい。あれ? ロッカーってどこだ?」
「……こっち。僕の隣だよ」
睦朗に導かれて長い廊下の奥へ進んだ。すれちがう生徒が何人も振り返る。「今の子見た?」「かわいい」「一年生?」……こんな会話が何度か聞こえた。
(まず間違いなくわたしのことじゃないってわかるからなあ。……複雑)
今日の睦朗はオフホワイトのコットンセーターに濃いインディゴブルーのデニム、正統派の黒いローファー。流行に左右されない、上質シンプルカジュアル。制服でない限り、睦朗は確実に女の子に見える。誤解は広がっていくことだろう……。
廊下に並んだロッカー群の前に、睦朗は立ち止った。
「僕は1‐5。君は1‐4。鍵は用意した?」
「鍵?」
「ロッカーの鍵。数字錠でも南京錠でもいいから、盗難防止に用意しとけって書類に書いてあったけど。その様子じゃ読んでないな?」
「うー……」
「まったく世話が焼ける。貴重品があるなら、今日は僕のところに入れていいよ。鍵の番号は2987だよ。肉ばなれ、って覚えて」
「ははははは」
「のんき者め」
のんき? それは心外だなあ。いろいろ気を揉んでますよー。
「授業選択説明会が終わったら、ちょっとどっかで話できない?」
きのうの話を聞いてもらおうと思い、綾香は切り出した。
「授業選択説明会? ああ、僕は出る必要ないから、今日はテキストもらったら帰るよ」
「必要ないって、なんで?」
「もう時間割、提出させられたから。僕は理数系と英語、スキップだから。上の学年の授業に出るんだ」
「……左様でございますか。うーん、ちょっと話したいことがあったんだけど」
「じゃあ学食で待ってるよ。朝飯食ってないから腹減った」
はらへったってセリフの似合わないやつだ。
「わかった。でも睦朗、学食は十時半からだよ?」
「……そういうことだけは知ってるんだな」