焦ると冷静な思考は失われる
ここまでの状況を確認しよう。
俺のペットのポチは美少女になった。
そして外でデート()してきた.
――以上。
もう少し付け加えるとすれば、彼女の好奇心は旺盛であり、真面な散歩は出来ず諦めて帰ってきたと言ったところだ。
外は薄暗く茜色の空が一面に広がっていた。
なんというか3時間ちょい居る予定がガッツリ4時間近く外にいたことになる。
ちなみに今は5時30くらいだ。
出たのは大体1時ちょっと過ぎ位だったと思う。
もしかすると家には兄か母親が既に帰宅している可能性がある。
マズイ……。
万が一見つかったとしたら、俺は変態のレッテルをきっと張られるに決まってる。
そしたら今度こそ俺の社会的地位はどん底で固定されてしまうだろう。
そんなの嫌だッ!
「どうしたの、おうち帰るんでしょ?」
俺が帰宅するべきか否かを考えている時、後ろから元気溌剌と言った様子の少女の声が聞こえてくる。
お前のせいだよッ!
心の中で後ろの美少女(俺のペット)にツッコミを入れた。
もちろん口には出さない、嫌われたくないもんね。
「あ、あぁえっと、ホラッ! 家に帰ってもしも誰かに見つかったらお前が追い出されちゃうかもしれないだろ!」
「え、なんで?」
まるで分らないと言った感じで口をポカンと開ける我が愛犬(美少女)。
ああもうッ、可愛いなあッ!
呆れる前に癒される。
これぞ美少女クオリティ――
「いいか、お前が人になったのことを知ってるのは、今のところ俺だけなんだ。だからもし母さんとかがお前を見ても、ポチだって分からないかもしれない、そうなるとただでさえ自堕落な俺がさらに厄介ごとを持ってきたと思って俺ごと家を追い出されるかもしれないってことだ」
「それ半分くらい柚子瑠のせいじゃん……」
あれ、可笑しいな。分かってもらうどころかむしろ「じゃあ私は関係ないじゃん」みたいな顔された。
もしかしてこれ俺のせい?
俺が居なきゃすべて丸く収まるの?
地球丸ごと皆ハッピーって――ねえよっ!
さて、落ち着け俺。
飼い主としての責任を果たすんだ。
「とりあえずだな、ばれると色々まずいんだよ」
親への説明とか、戸籍はどうすんのとか他にもetc……。
とりあえず俺がめんどくさい、働きたくないでござる。
「えぇじゃあどうするの?」
と聞くポチ。
それを今考えてるんですッ!
しかしどうした物か……流石に家に帰らないのは色々マズイ。
ご飯の時間(7時)には帰らないと親から罰が下る(主に家事関係)。
それは嫌だ。俺は働きたくない。部屋でごろごろしていたいのだ。
とりあえず帰っちゃおう、そうだ。よし、そうしよう。
「ばれないように帰るッ!」
『ばれなきゃ犯罪じゃないんですよ』とか何処かの邪神型宇宙人が言ってた気がする。
とりあえず見つからなければ、俺は動かなくていいはずだ。
何て画期的な発想だろうか、人はこれを雑と言ったりする気がするけど、それはたぶんきっと気のせい。
「うわぁ……」
目の前にいる亜人種少女(俺のペット)が物凄い冷めた目で俺を見つめていた。
そういえば、彼女の事を頭の中でいろいろ言い回し替えてみると割といっぱい出てくるなあ。
ここまでで3回くらい言い換えた気がする。
ついでにその熱く燃えたぎった男も忽ち凍りつきそうなその眼――怖いです。
ゴルゴンとかに見つめられたら石になるとかいうけど、もしかするとこういうことを比喩して生まれた怪物なんじゃないでしょうか。
いやいやっ―――落ち着け俺。
目の前に居るのはゴルゴンじゃないポチだ。
怖い目してるけど、よく見ればクリクリとした瞳が愛らしくてとてもキュートだ。
大丈夫、とって食われたりはしない。
「ポチ、俺を信じろ!」
もし今の俺が漫画やアニメなら、きっと俺の顔周辺には集中線がびっちり出ているだろう。
それくらいドヤ顔して胸を叩いてみる。
「あ~うん。とりあえず頑張ってね」
そう言うポチは、既に俺を通り過ぎ家の方向へと向かっていた。
これだと俺が家に入るのがいけないみたいな話だったみたいじゃん。
そんなふうに後ろでブツブツ呟いたのだが、彼女はそれを歯牙にもかけずにどんどん遠くへと歩いていく。
そろそろ彼女が俺の扱い方を心得てきている気がするのは気のせいだろうか、いや気のせいではない(反語表現)。
人として出会ったのは今日が初めてだが、犬としてならもう数年は一緒にすごしているのだから当たり前と言えば当たり前かもしれない。
とりあえず俺は彼女の後ろをストーカーの如くついて行った。
× × ×
家の玄関と言えば、その戸をあけ放った瞬間には「ただいまー」と言うのが坂之下家の常識である。
小さい時からずっとそう言われてきたのだから、扉を開ければ条件反射的に言ってしまうのは仕方がない。
そう仕方がないのだ。
どうしたって言っちゃう、ついでにリビングの方から明るい女性の声――もとい、母上の声が聞こえてきた。
しかも今日に限って珍しく外に出たもんだから心配して玄関までお出迎えに来てくれてしまったのである。
母上、タイミングいとわろし。
「柚子瑠ッ⁈ 一体どうしたの? いつもなら二階の部屋で一人寂しくパソコンを触ってる時間だっていうのに今日はいないなんて、お蔭で母さん、今日自分で家の鍵開けないといけなかったでしょ」
「母上、むしろそこは休日いつもなら引きもこもっている息子が外に出たことを褒めてほしいのですが」
「えっ? なんで褒めなきゃいけないのよ。むしろ犯罪をしでかさないか心配で心配で」
可愛らしい一杯フリルが付いたエプロンを着た母上がなぜかプリプリ怒ってる。
鍵くらい自分で開けろよ。俺はこの家のコンシェルジュかなんかなんですか。
そもそも今日一日中美少女といたせいか母上がすごくアレに見える。
それと息子の事もう少し信用してくれないだろうか、流石に泣くぞ。
「あの、これでもあなたの息子なんですが」
「私の息子だからよ!」
なぜ胸を張る母よ……それはどういうことだ。
もしかしてあれか、実は私も昔――
的な奴なのかッ? ママよマジですか!
「母さん……もしかして――」
「ええ、そうよ……母さん昔ね。露出狂に憧れてたの」
キラキラと――それはもう王子様に恋する乙女の様な語り口調で告げる母。
『ああ、白馬の王子様がきっと私を迎えに来るんだわ』のノリで凄い酷いカミングアウトをした母の姿。
それはもう――――物凄いシュールだった。
「ただの変態だぁ―――――――ッ‼ 」
「だから貴方が外で露出しようとしないか心配で心配で」
「しねぇよっ‼ そこまで落ちぶれてねェよッ! 一緒にすんじゃねぇ」
この時俺は足元、玄関の段差隙間に寝そべって隠れているポチの存在を完全に忘れ、ただただ母に怒鳴った。
何回か小さな悲鳴のようなものが足元から聞こえたが、俺に気にしている余裕はない。
「でも、ほら外でやるとね、なんか悪いことしてるなぁって感覚がもうたまらないのよ」
「知るかッ! 行き成り外で裸になる事の魅力について語るんじゃねェッ! というかやったことあんのかよっ!」
「いえッ! それは誤解よッ! ないわッ」
「やったこともないことの感想を語るんじゃねぇ――――――――‼」
俺は激しく動揺しながら額を抑え呻く。
まさか自分の母親が犯罪者予備軍だったなんて思いもしなかった。
ついでに母親が俺をそういう風に見ていて、その理由が、友達が少なかったり彼女が出来ないとかじゃなくて遺伝で心配されてることだったのが余計に心に突き刺さった。
「でも嬉しいわ」
「えっ……」
「貴方が外で露出したくなるなて、やっぱり私の息子だったのね!」
……ああ、どうしたらいいのだろうか。
この一人暴走する母親。
縁をきってはだめだろうか。
「したくなってないって言ってんだろッ! というかなんで其処につなげたがるんだよッ! 」
「何となくよッ!」
「何と無くで碌でもない会話を続けようとするんじゃねえよっ‼」
「だって柚子瑠と話すの久しぶりで、母さん嬉しくって……」
母上、会話成り立ってません。
なぜだか母親の悪い点だけを一方的に見せつけられているという何とも言えないこの状況。
たぶん俺じゃなかったら大半の子供たちは此処でグレててもおかしくはなかっただろう。
でも俺は今日、これ以上に酷い衝撃を受けた出来事があったおかげで何とか耐え抜くことが出来ていた。
というかさっきから時々足元で踏んでるのって――
そこで気づいた。足元にポチがいるということを。
ということはさっきの小さな悲鳴も……。
「ひいッ‼」
『主よ、助けてください』
『恐れることは無い。神の試練です』
『いいえ主よ、あれは悪魔です。天使の姿をした悪魔――――
『ヨハネの黙示録』より
下に居たのは愛犬ではなく悪魔だった。
凄い剣幕で俺を睨んでる。
やばい、超やばい。
出来れば今すぐ逃げ出したい。
だけど、それは許されない。
何をするにしても、まず目の前の障害をまず排除せねば。
「か、母さんこ、こ、焦げ臭くないかッ?」
「え、あら大変」
「――あっやっぱ、タンマッ!」
「えっ?」
「な、なんでもない――ッ!」
早く何処かに行ってほしいと追い払うために一芝居打ったのだが、いざ行かれると呼び止めそうになった。
決して俺がマザコンで、四六時中母親と居ないと死んでしまう病を抱えた人間だからではない。
下の悪魔が小さく微笑んだのが見えたからである。
やばい、殺される。
俺は母上がリビングに入って行くのを見送り自室へとダッシュする。
正面の階段を一段浮かしで駆け上がる。
すぐ手前、右隣の部屋――自室に逃げ込むと扉を閉めた。
ドガッ―――
閉めた瞬間、扉から大きな物音がしたかと思うと床に何かが倒れる音がした。
きっと後ろから追跡者よろしくすごい形相で追ってきたポチが扉にたたきつけられた音だろう。
討伐成功――
……じゃなくて大丈夫かな?
流石に俺だって自分が悪いと思ってるから心配はする。
ただ小心者なだけだ。
物音を立てず外の様子をうかがう。
ポチは完全に伸びていた。
それはもうびっくりするくらいに――
「だ、大丈夫か?」
加害者は俺だけど。
「う~ん……」
答えはNOでした。
とりあえず部屋の中まで運ぶか。
そっと脇の下に腕を通し、地面を引きずって運び入れた。
いい香りがする。
もうちょっとこうしていたいなあ。
ベッドに乗せると素早くポチから離れる俺。
襲ったりすると思った?
残念ながら俺にそんな度胸は無い。
あったら今頃、俺は俺の友達と遊んでるはずだ。
自分で言ってて悲しくなってきたぜ。
「おーい生きてるかぁ?」
「ううぅ……」
まだダメっぽい。
でもなんか悩ましげに唸ってる姿も可愛かった。
俺超下衆い。
そもそもこうなったのは俺が無理やり彼女を段差の下に隠したのが始まりの訳で。
挙句、その事を忘れて彼女を踏みつけていたのだから彼女が俺に怒る当然である。
彼女が怒るのは何も間違ってない、むしろ逃げた俺のが悪い。
ああ、なんという罪悪感。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
手を合わせて静かに唱える。
パ――――ッシーン!
俺の右頬は豪快な音を立てながら強烈な熱に襲われる。
そして俺はいつの間にか宙を舞っていた。
おっ?
ズッダーン!
地面、俺に激突!
余りの痛みに軽い絶叫。
呼吸できない、苦しい。
つまるところ脊髄を強く打ちつけた訳である。
迫る足音。
「お、お助けぇッ!」
痛みに悲鳴を上げる体を無理やり動かし、土下座の体制を整える。
足音が止まった。
「はぁ、柚子瑠。あんまり私をいじめると本当に嫌いになっちゃうかもよ?」
静かに肩を叩かれた。
顔を上げると少しムスッっとした表情をしたポチがいる。
しかしポチよ。
ここまでやられて嫌わないお前にはある種の尊敬の念すら覚えるぞ。
有り難い反面、少し心配になる。
「いや、ごめん素で忘れて――」
ッパーン!
痛ぇッ!
ッパーン!
ぎゃああ⁈
スッパーン―――ッ!
「あと5回くらいやらせてね? じゃないと気が収まらないの」
彼女は物凄い怒っていた。
笑顔が完全に犯罪者とかのアレだった。
そしてさらに数度俺は殴られそのまま意識を失った。
お互い様ってやつかな―――