表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

初仕事

 そして娼館に来て二日後、アダは初仕事を迎える。

 その間、アダは店主とハルから仕事の流れや接客、床の中での作法等について説明を受けたものの、やはり初日となると緊張する。普通の仕事ですらそうなのだから、身を売るとなったらその緊張感は計り知れない。

「貴女がアドリアナね??」

 他の娼婦達同様に店の中央にある広間ーー、客に顔見世する為の場で指名客を待っていたアダにレベッカが声を掛けてきた。急に声を掛けられたことと、声を掛けてきたのが店一番の人気者で美貌のレベッカだったことで、アダはすっかり萎縮してしまう。

「もう、そんなに怖がらないでよ。何も取って食う訳じゃないんだから」

「い、いえ、その……」

 レベッカ程の人気娼婦となれば、わざわざ広間に来なくても特定の馴染み客が何人もいるのに、何故こんなところに来るのだろう??

「あのハルが心底惚れ込んだ女がどんな子か、ちょっと見てみたかったのよ」

「は、はぁ……」

 レベッカの意図がいまいち掴めず、アダは気の抜けた返事を返す他なかったが、そんな彼女に構わず、レベッカは更に続けた。

「それと……。貴女の王子様から伝言。『俺をすっかり骨抜きにしたんだから、そこらの男の一人や二人くらい手玉に取っちまえ』だってさ」

「……なっ……」

 呆れて言葉を失うアダを見て、レベッカは満足そうに微笑むと「確かに伝えたから。ま、頑張って頂戴」と言い残して席を立ったのだった。

 その直後、「アダ、早速客だ」と言葉の主であるハルに声を掛けられる。アダはゆっくりと椅子から立ち上がり、ハルの隣に立つ一人の中年男、客に向かってニッコリと笑い掛ける。

「指名ありがとう。じゃあ、部屋に行きましょうか」

 背後でハルからの痛いほどの視線を背中に感じながらも、アダは客の腕を取り、二階の自室へ向かうべく階段を一歩、また一歩と昇っていったのだった。

 部屋の中に入るとすぐさま、客はアダを背後から抱き寄せ、彼女の乳房を両手で鷲掴んできた。途端にアダは背筋が凍り付くような気持ちの悪さを感じ、悲鳴を上げそうになるのを必死で堪える。そんなアダに構わず、客はぴちゃぴちゃと音を立てて、首筋を舐めてくる。

「チビで童顔の割に、良い身体してるねぇ」

 ハルに抱かれた時にも似たような言葉を言われたが(勿論、彼はチビなどとは言っていないが)、その時は気分が高揚したと言うのに、彼以外の男に言われると不快感を覚えるばかりだ。

 だが、今日からはこれが自分の仕事なのだ。

 アダは完璧なまでの作り笑顔を浮かべ、客の首に腕を回して唇を重ね合わせる。すると、客は勢い良くアダの唇を貪り始める。そして、そのままベッドの上にアダを押し倒した。

 客に抱かれている間中、アダはハルとの情事を思い出すことでどうにか気を持たせていたのだった。

 無事に初仕事を終えたアダは、部屋の中で一人声を殺して涙を流していた。

 仕事とはいえ、他の男に身を任せてしまったことが思っていた以上に辛く、ハルに申し訳ないと言う気持ちで押し潰されそうだ。

『どうしても辛いことがあったら、閉店後に俺の部屋に来い』と言われたが、逆に彼にだけは甘える訳には行かない。

コンコン。

扉を小さく叩く音がした。

店はもう閉店しているので客ではないことは確かだ。

「……誰??」

 恐る恐る扉を開けると、アダが今最も顔を合わせたくない人物、ハルが立っていた。アダは彼の顔を見るなり、反射的に扉を閉めようとしたが、間に手を挟まれあえなく阻止されてしまった。

「おい、心配して様子見に来たってのに、随分な反応だな。お前、そんなに俺の事が嫌いか??」

 あからさまに不機嫌そうに顔を歪めるハルに、「ち、違うの……」とアダは言葉を詰まらせる。その様子に、ハルはわざと大きく溜め息をつく。

「どうせ、生真面目なお前の事だ。俺に対して申し訳ないとか、つまらんこと考えていたんだろ」

「…………」

「図星か。ちょっと俺の部屋まで付いて来い」

 ハルはアダの細い手首を強く掴むと、有無を言わせぬ強引さで彼女を部屋から連れ出し、自室へ向かった。

「ちょっとここに座れよ」

 自室の長椅子に長い足を汲んで座ると、ハルは空いているスペースを手で叩き、アダに座るよう促す。言われるがまま、アダはハルの隣に座る。

「いいか、アダ。お前が何人の客に抱かれようが、お前は俺の女だ。だから、仕事の時以外は、甘えたきゃいつでも甘えりゃいい」

「……狡い……」

「あぁ??何がだよ??」

「そうやって、ハルはいつも私を甘やかすんだもの……」

「それは俺がそうしたいからだ。文句あるか??」

 そう言うと、ハルはアダの肩に手を回して抱き寄せる。

「……お前、泣いてたのか??」

 アダの泣き腫らした瞳を見て、ハルは悲しげに表情を曇らせる。

「……とりあえず、少し寝ろ。朝までまだ時間はあるから」

 ハルは上着を脱ぐとアダの頭を自身の肩に持たれ掛けさせ、上着を彼女の身体に被せる。

 ハルの優しさにホッとしたのか、張りつめていたものが一気に解けたアダはそのまま眠ってしまい、彼女の寝顔を見つめていたハルもやがて眠りに落ちていったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ