墓前にて
――事件からしばらく後――
「サリンジャーさん!」
街の教会内に設置された墓地にて、ハルがアダの墓の前に佇んでいると自分を呼び掛ける声が耳に届く。何処かで耳にした、聞き覚えのある声だと思いながら、ハルは振り返る。
「お前……、あの時の……」
制服を身に着けていなかったので、一瞬誰だか分からなかったものの、すぐに思い出した。
アダの遺体確認後に嘔吐したハルの介抱をしてくれていた、若い巡査だった。
「お店の方に顔を出したのですが……、店主から多分こちらにいるんじゃないかと言われまして……」
「警察の人間がポン引き風情に、一体何の用だってんだ??俺への疑いなら、この前の取り調べでシロだって分かって晴れただろうが」
ハルは鬱陶し気に巡査を睨みつける。柄の悪さに加えて顔立ちが端正な分、険しい表情をすると怖さが一層増す。その証拠に、巡査は少し怯えたように後ずさる。
(……二十歳前後といったところか。俺より年下なのは確実だろう。それにしても、如何にもお育ちが良さそうな、中流家庭のお坊ちゃん然とした面をしてやがる。身体つきも華奢だし、こんなんでよく警官になれたな……)
睨みつけながらも、ハルは巡査をしっかりと値踏みする。これは仕事柄の癖といっていい。
「……あ、あの……」
「あぁ??」
更に鋭く睨むハルに臆しながらも、巡査は大きな声ではっきりと告げる。
「……サ、サリンジャーさん!この度は、貴方にお悔やみを申し上げに来ただけです!!」
「…………はぁ??…………」
「貴方にしてみたら、そんなものお前に言われる筋合いなんかない、と思うでしょうが……。あの時の、憔悴しきった貴方の姿が、僕の頭からずっと離れないんです……」
何だ、こいつ。
今度はハルが、気味悪そうに巡査に視線を送りながら後ずさる。
「……悪いが、俺に男色の気は一切ないぞ??」
「……ち、違います!!そういう意味じゃなくて!!」
「じゃあ、どういう意味だよ……。同情や憐れみならいらねぇからな」
「…………」
返す言葉を失い、黙り込む巡査の姿に、やれやれ図星か、と、ハルは肩を竦めてみせる。
気まずそうに項垂れている様子から、純粋にお悔やみの言葉を伝えたかっただけだったのだろう。
変な奴。
「お前も物好きな。格好が私服だと言うあたり、大方今日は非番だったんだろ??貴重な休みを割いてまでして、単なる事件の被害者見舞うとか、随分とお節介な警官だ」
「……す、すみません」
「別に謝ることじゃねぇ」
フン、と鼻を鳴らし、ハルは再び墓石の方へと向き直る。
「サリンジャーさんにとって、大切な方だったのですね……」
「……まあな……」
「あの時、身体にあった黒子だけで分かったくらいですから……、もしかして恋人、それも相当深い中だったのでは、と……」
「おい、つまらん詮索はやめろよ。……って、警官の癖に俺が一睨みしたくらいでいちいち怯えるな。そんな気が小さくて、よく警察に勤まるもんだ」
ハルの一挙一動にビクビクする巡査に呆れ、ハルは苦笑いを浮かべた。
「お前の言った通り、こいつーー、アダは俺の恋人だった。世間から見りゃ、ポン引きと娼婦なんぞ情人同士としか見ないだろうが……、俺達は真剣だった。店主が来年辺り、俺に店を任せると言っていたから、そしたらアダを身請けして女房にするつもりだったし、二人で約束もしていた。まぁ、今となっちゃ、永久に果たされることのない約束になっちまったが……。って……、何でお前が泣くんだよ……」
巡査は薄いグレーの大きな瞳からボロボロと大粒の涙を流していて、それを見たハルは思わず呆気に取られて閉口する。
「……サリンジャーさん。僕はまだ下っ端の巡査でしかありませんが……、それでも……、アドリアナさんや貴方の無念を晴らす為に一日でも早く、犯人逮捕に尽力致します!!」
泣き顔のまま、ハルに向かってビシッと敬礼する巡査に、ハルは自分よりも随分と小柄な彼を冷めた目で見下ろしていたーー。