永遠の幸せ
ハルが目を覚ますと、そこはラカンターの店内だった。
どうやら床の上で眠っていたらしい。
(……確か、ランスとクリスタル・パレスから脱出した後、マリオンを待つために店に来た。マリオンも無事戻って来たところで、強盗目的でクロムウェル党が押し入って来て……)
あぁ、そうだ。俺は死んだんだっけ。
(……でも、なぜラカンターの中にいるんだ??)
すっかり混乱したハルは、長い前髪を掻き上げようとしてあることに気付く。
銃撃で失ったはずの右手の小指がくっついている。更に、同じく銃撃で失くした左耳の耳朶も元に戻っているし、身体のあちこちに出来ている筈の銃創すら跡形もなく消えている。
キィィ、パタン。
店の奥の扉が開く音が聞こえる。誰かいるのか。
ランスロットとマリオンは生き残ったので、彼等以外の人間――、一体誰だ??
コツコツと靴音を立てながら、ゆっくりと近付いてきた人物を見て、ハルは愕然とし、動揺する。
亜麻色の柔らかく長い髪、白磁器のように白い肌、エメラルドグリーンの大きな瞳をした、少し小柄な体躯の女――、アダだったのだ。
「……久しぶりね、ハル」
床に座り込んだまま、言葉を失っているハルの姿を見て、アダはニコッと優しく微笑んだ。しかし、すぐさま厳しい顔付きに変わり、ハルをきつい目で見下ろす。
やはり、アダは俺を憎んでいるのかもしれない。
あの夜、客引きに行けと言っただけでなく、アダの死は運が悪かっただけ、と勝手な解釈を用いて結論付けたのだから。
「ハル、何で死んだのよ。貴方がここに来るにはまだ早すぎるわ」
アダは淡々とした口調でハルを責め立てる。ハルも、アダには何を言われたとしても反論できる余地がない為、ただ黙って項垂れている。
「……貴方には、私の分まで生きて、幸せになって欲しかったのに……!」
「……は??……」
予想外の言葉に、ハルは思わずアダの顔を見上げる。アダはハルと目線を合わせようと、床に膝をついて座り込む。
「……貴方が可愛がっていた男の子達が悲しんでいるわ。特に、マリオンっていう女の子みたいに綺麗な子なんて、すっかり塞ぎ込んでしまっている。ほら、見て」
アダが揃えた指先で床を一撫ですると、その部分だけ別の世界――、おそらく現世と呼ばれる世界が映し出された。そこには自室のベッドに横たわり、頭を抱えながら自分を責め続けるマリオンの姿が見える。
「あの馬鹿……。俺が死んだのは、俺の運が悪かっただけの話しだってのに、何を一人で抱え込んでやがる……」
「でも、あの子の性格からして、目の前で大切な人が死んでいくのを目の当たりにしたら、ああなってしまうわよ。可哀想に……」
「……まぁ、そう言われりゃあ、確かにそうだが……って、アダ。何でお前があいつらのことを知ってるんだ」
「……だって、残してきてしまった貴方のことが心配で……、こうして時々様子を見ていたの……」
アダは再び床を一撫でする。床は元の茶色い木の板に戻った。
「……お前、俺を憎んでいないのか??」
ハルは思い切ってアダに尋ねてみる。
「何故、私がハルの事を憎むの??」
「何故って……。あの夜、俺が客引きに行けって言わなければ……!」
「だって、それが私達の仕事だもの。仕方ないわ」
「それに、お前が殺されたのは運が悪かったって言っていたんだぞ……??」
「それも本当のことだもの」
「…………」
アダは軽く溜め息をつくと、ハルの肩に両手を置き、彼の目を真っ直ぐ見つめる。
「確かにあの夜のことは……、思い出すだけでも恐ろしくて堪らないわ。何で私が、あんな酷い殺され方されなきゃならなかったの……って思うし、犯人には恨みや憎しみの感情しか持てない。だけど……、ハルには感謝こそすれ、憎んだり恨んだりなんかしていないわ」
「……感謝??」
怪訝な表情をするハルに、アダは少し泣きそうになりながらも笑ってみせる。
「ハルは私の事を心から愛してくれた。それだけでも感謝しているのに、あんな醜い姿になってしまっても、私だと気付いてくれた。あの時、貴方が『アダ、おかえり』って言ってくれたことが……、私は、凄く……、嬉しかったの……」
アダの大きな瞳から大粒の涙が溢れ出し、その姿に胸をつかれたハルは彼女を抱きしめる。ハルに抱きしめられたことで押し留めていたものが流れ出したのか、アダは小さな子供のように大声を上げて号泣する。
「アダ……、俺は……、お前にずっと会いたかった……。お前は怒るかもしれんが……。俺は今、お前に会うことが出来て……、凄く幸せだ……。だから、これからはずっと俺の傍にいてくれよ……」
もう二度と離さないと言わんばかりに、ハルはアダの小さな身体を抱く腕に、ギュッと力を込める。ハルに強く抱きしめられながら、アダは小さく頷いたのだった。
(終)