一〇一号室 「最後に笑う話」(前編)
僕が最初で最後のお客、ですか。……悪いことをしましたね。たまたまだったんですけどね……。大きな街の中にいるのに疲れたから、ちょっと静かなところに行きたいなって思っただけなんです。そこがまさか、今年いっぱいで閉鎖される施設だったなんて……、それも、今まで一度も『稼動』したことがなかっただなんて……。本当に、すみません。最後の最後に、嫌な思いをさせてしまいますね。
でも……、ええ、そうです。僕にはもう、時間がない。他の施設を当たる余裕なんてないんです。夕方のニュースで言っていましたよ、一週間くらい前に、駅で僕を見かけた人がいたって。明日にでも……、もしかしたら今夜中にでも、見つかってしまうかもしれないですね。……ああ、もちろん、知らなかったと言ってくだされば大丈夫だと思います。いろいろお世話になってしまって……、これ以上、ご迷惑をおかけするわけにはいきませんから。
……。どうして、だったか……。もう、よく、覚えていません。この仕事に就いたことも、正しかったのか、間違っていたのか……ずっと考えてきましたが、今でも答えを出せません。あなたは、どうですか? どうして、この仕事を? ……。そうですか……、いえ、そうですね……。僕も……、ずっと一人きりでした。それが理由、だったのかもしれません。
僕は……、大きな街の施設にいたんです。そこは、こちらとは逆でしたね。元々小さな街だったのに、空気汚染や水質汚濁が進んだ近隣の街からの流出で、急激に人口が増えたんです。それでも、あの街の施設は僕がいたところだけでしたから、常に満室と言っても過言ではない状態でした。それどころか、入りきらなくて、順番待ちをしているような状態だったんです。
かと言って、ほいほいと新しく施設を作るわけにもいきません。ご存知の通り、施設は巨額を投入しなければ作れません。維持にも管理にも、相応のお金が必要です。……上から言われたんです。そんなことに回す金などない、と。……どうせ死ぬ人間を七日も養ってやる必要などない、同じ金を使うなら、七日で七人入れるべきだろう、と。
……ええ……、ええ、そうです。施設に入れられた人は、その日から最低七夜はその部屋に住まわせる決まりになっています。もしかしたらその間に、保護者が見つかるとか、友人が連絡を入れてくるとか、『依頼』をした人の気が変わるとか、あるかもしれませんからね。
でも……、おわかりになるでしょうか。数というものは、増えれば増えるほど、一個としての価値は下がっていくものなんです。お恥ずかしい話ですが……、あの街は、急激に人口が増加して、人間一人の価値なんて、……その程度、でしかなくなっていたんです。
……ええ。何十人も、何百人も殺しました。仕事ですからね……。誰も、これから自分が死ぬことになるなんて、思っていなかったでしょう。施設のことは誰でも知っていますけど、それはたとえば刑務所のようなものだと――それらしくわかるように建っているものだと、思っていますから。街の中に、小さなアパートのような建物として存在しているなんて、教えられなければ誰もわからないでしょう。
ほとんどの人は、『依頼』によって連れてこられた人たちでした。……子供や老人、病人や、……邪魔になった人、目障りな存在、……そんな人たちでした。僕はいつも、こう言っていました。明日になれば、あなたの待っている人が来ますよ、と。でも、……あの人たちには、『明日』なんてなかったんです。
僕は……、そのことに、耐えられなくなりました。決まりを破っている自分こそが、自分の意志で彼らを殺しているような気がして仕方なかったんです。……部屋に送る空気の設定を変えて、ただキーを叩くだけ。そんなに簡単に……、他人の死に、麻痺してしまった自分が恐ろしくなったんです。このままでは、自分がもっと恐ろしいものに変貌してしまう……、そう思ったんです。だから、終わらせようと思ったんです。逃げ出したんです。これ以上、僕が堕ちてしまわないうちに……。
上の人間は、命令などしていない、僕が勝手にやったことだと言い張るでしょう。でも、それでもいいんです。もう同じことが繰り返されなければ……、それでいいんです。本当は、こんな施設自体、なければいいのかもしれませんけど……。でも、僕は……。あなたには申し訳ないと思いますが……、それでも僕は、