答え
「・・・ねえ、蒼雨くん」
手紙を一通り読み終えた緋里は、便箋から顔を上げないまま蒼雨に向かって声をかけた。
「わたしの眼、何色をしてる?」
蒼雨は怪訝そうな顔を向ける。
「確か朱くなかったか?」
そう言いつつも彼は漆黒の眼で緋里の眼を覗き込んだ。
「いや・・・よく見ると少し違うな。左眼だけ少し暗くて・・・ああ、紅い色をしてるよ」
「・・・そっか」
緋里はふっと微笑んだ。
緋里の右眼は朱く、そして左眼は紅い。つまり緋里は、
「・・・わたしは、アカネさんとアカルの・・・子供だったんだ」
失われた紅流の右眼の紅色を補うように朱音の眼を受け継いで、そうして緋里は生まれたのだ。
「・・・右眼になる必要は、なかったんだね」
その役割は朱音が既に果たしていた。だからこそ紅流は、必要ないと言ったのだろう。
緋里が部屋を出ると、紅流の墓の前に立っている朱音と目が合った。
「・・・読んだのかい」
頷くと朱音は墓へと視線を戻す。
「・・・アカルは最後まで知らなかったけど、あいつには人間の血が流れていたんだ。弱視だったのはその遺伝でね、全員がそれを知っていてあいつを受け入れていた。そんなあたしたちが、同じ異形であるあんたを受け入れないはずがないだろうに」
つまりは全て紅流の勘違いで、取り越し苦労だったというわけだ。
「頑固だったから引き返せなかったんだろうけれどね。あたしのために嘘を吐いて、それで娘を傷付けて・・・馬鹿な奴だよ」
朱音はそう言って笑い、緋里も彼のことを思い出して微笑んだ。
「でも誰よりも愛していたよ、あんたのことをさ」
唇を噛みしめる緋里を、朱音は抱き締める。
「あたしだって、愛してる」
「アカネさん・・・」
「あんたは、緋里はあたしの大事な家族だから。そして、あたしたちの――」
〝・・・・・・お前は・・・俺の・・・〟
朱音は緋里の頭に手を置いて、微笑んだ。
「――最高の、娘なんだから」
〝最っ高の娘だからな!〟
「――ッ!」
今、聞こえた。紅流の最期の言葉が。
「・・・認めてくれてたんだ、ちゃんと・・・・・・!」
「ああ。・・・認めないわけがないじゃないか。あんたは確かに、あたしとアカルの子だよ」
そう言うと朱音は、緋里の頭をぐりぐりと撫でた。朱音にこんな風に撫でられたことは初めてだったのではっとする。
「・・・きっとこんなだったんだろう、あいつは?」
涙が出そうになるのを堪えて、緋里は言った。
「でも髪がくしゃくしゃになるからやめて」
「・・・・・・はは、あいつも毎回こんな風にあしらわれてたんだねえ!」
朱音は緋里を離すと大笑いした。緋里もつられて笑う。
髪がくしゃくしゃになるのは嫌だけれど、たまにならそれもいいと思った。
□■□
部屋に戻ると、蒼雨がぽつりと呟いた。
「お前は、人でも妖でもあったんだな」
「・・・うん」
緋里は頷く。
蒼雨は漆黒の瞳を真っ直ぐこちらに向けて問うた。
「――お前は、人で在りたいのか?妖で在りたいのか?」
それこそが彼の本当の問いであり、十年間緋里が考え続けていたことだった。
「・・・わたしは」
「――わたしは、アカルとアカネさんの娘で在りたい」
蒼雨の目が見開かれた。
「・・・こんなの答えじゃないって思うかもしれないけれど、わたしにとってはこれが答え。人か妖かなんていうのはどうでもよくて、ただわたしはわたし自身で在りたい。ふたりが愛しているわたしで在れたら、それでいい」
そうして、蒼雨に愛してもらえるような存在になれたらいい。緋里は髪を結ぶ紅い額布に触れた。
「完全な人でも完全な妖でもないわたしは、きっと〝異形〟なんだろうけれど・・・わたしはたまたま、そこが皆と違っていたっていうだけで」
片言でしか話せず、それでいて勇敢な黒霊も。
何物にも執着しないで全て切り捨てる蒼雨も。
生物の理から外れて生き続けた銀鬼も。
妖でありながら人でもある紅流、そして緋里も。
誰しも持っている周りと違う部分がたまたまそこだったというだけで、それは何も特別なことではない。無理に周りと同じになる必要などないのだ。
だから人と妖、どちらかになろうとする必要はない。自分自身のままでいい。わたしはわたしだ。それが緋里の答だった。
「いい、かな。それでも?」
蒼雨は眼を閉じた。
「ああ。――いい、答だ。お前らしい」
蒼雨の顔に一瞬笑みが浮かんだのは、きっと気のせいではないはずだ。
〝お前らしい〟。その言葉は、蒼雨が緋里自身に執着し、彼女を理解しはじめた証に違いないのだから。
□■□
隠森にちらほら光が見え始め、銀森の結界が消えた頃、赫森の外れ、隠森に面したその家には一つの真新しい墓標が立った。
そこに名を刻む隻眼の男に、後悔はなかった。
「俺がこの右眼に邪魔される運命だっていうなら、それも構わねえさ。大事な娘に、この右眼を受け継がせずに済むんだからな」
痛みを分かち合った朱い眼の女は今も娘を見守り続け、異眼の娘は髪を結ぶ紅色を解く。
「――おかえり、アカル」
――早朝の清々しい空の下、墓標の先に結ばれた紅い額布が風にはためいていた。
私史上最長の話です。半年かけてじっくり書きました、というのは嘘で4ヶ月くらいさぼってました。はい。
思いついたのは中二の頃で、それを書き直しただけのものです。とはいえ、自分なりにキャラを深く掘り下げてみたので当時よりも深い話にはなっていると思います。
特にテーマはありませんが、おそらく『異形』が書きたかったんでしょうね。誰にだって他人と違う部分があって、それは当たり前のことなんです。人間は妖を『異形』だと考えるでしょうが、妖から見れば人間こそが『異形』、そういうことです。
自分が自分であること、つまりアイデンティティーというのは案外周りのイメージで決められてしまうことが多いものです。しかしそういうものに左右されない確固とした自分こそ、本当の『自分らしさ』と言えるものなのでしょう。・・・というのは現代文の教科書の受け売りですけども。
まあその教科書を読む前にこういう話を書いたということは、私自身もそう考える部分が少なからずあったということなんでしょうね。
何にせよ、ここまで読んでいただき本当にありがとうございました。m(_ _)m
次回作は間をおかずに出せたらいいと思います。




