帰還
戦は終わりを告げた。
両族とも既に戦意はほぼ失っており惰性だけで戦闘を続けている状態だったので、それを崩すことは簡単だった。
結局のところ、「戦を終わりにしよう」というその一言さえあればよかったのだ。きっかけさえあれば、疲れきっている彼らはそれに応じられるのだから。
「またね、クロレ。きっとすぐ会いに行くから」
『クロレ・待ツ・イル!』
ぐるぐると嬉しそうに回る黒霊に微笑んで、緋里は手を振った。
隠族はまた地上に戻ってくるらしい。黒霊の拙い説得は、一族の心にちゃんと届いたようだ。
「家に・・・帰ろう」
そう呟いて、だがその足は動かなかった。
「・・・どうした?」
「いや、力が抜けたらなんか・・・急に」
もし家に帰ったとき、朱音が居なくなっていたらどうしよう。そんな不安が頭の中を渦巻いていた。
死んでしまったかもしれない。たとえそうでなくとも、元の家へ戻ってしまっているかもしれない。戦は終わったのだから。
立ち尽くす緋里の肩に、蒼雨の手が重ねられた。
「約束、したんだろ。それともそれを破るようなやつなのか、そいつは?」
「・・・そんなわけ、ない」
「なら早く帰ってやれ。待ってるんだろう?」
「・・・うん・・・・・・!」
朱音に会える。やっと帰るべき場所に戻れるというのに、迷っていてどうする。
緋里は蒼雨の手を取った。
「行こう、蒼雨くん!」
蒼雨の手を握って、緋里は走り出した。
「帰って・・・来たんだね」
何も変わらない、数週間前と同じ姿の我が家に緋里は安堵した。
庭の一角には紅流が埋められている場所。墓標こそ立っていないが、緋里には一目でそれと分かる。
緋里はしゃがみ込んで手を合わせた。
「・・・ただいま、アカル」
「――・・・緋里?」
ぱっと振り向くと、戸口に立っていた彼女は朱い眼を見開いた。
「緋里!帰ってきたんだね・・・!」
「アカネさん!」
緋里は思い切りその胸に飛び込んだ。
「・・・お帰り、緋里」
「うん・・・ただいま」
しばらくお互いに言葉を発しなかった。ただその温もりを確かめ合い、朱い眼から涙を零していた。
それだけで想いは充分に伝わっていた。
「あんたに渡したいものがある」
蒼雨も交えてしばらくぶりの落ち着いた食事を終えたところで、朱音が口を開いた。
「渡したいもの?」
「ああ。・・・アカルから、手紙を預かっている」
緋里はぴくんと身体を強張らせた。
「アカル・・・からの?」
朱音は頷いた。
「戦が始まる前日、あたしに渡していったものだ。二十歳になったら渡すように言われていたけど・・・あんたならもう、大丈夫だろ」
懐から取り出したその封筒は、かなりの厚みがあった。
「内容は・・・アカルから聞いた。正直伝えていいものかかなり迷ったよ。だがこれを一番知る権利があるのは、緋里だ」
朱音はその朱い眼でじっと緋里を見据えた。
「・・・緋里の、両親のことが書いてある。読むかい?」
「――ッ!?」
鼓動が早くなるのを感じた。ずっと知りたかった、緋里の両親のこと。それがあの中に、ある。
「・・・読みたいです」
朱音は頷いて、封筒を緋里に手渡した。
「・・・ゆっくり読みな」
それだけ言って朱音は部屋を出たが、蒼雨は部屋の隅に腰を下ろした。
これを読めば、蒼雨の問いへの答が出せるかもしれない。
じっと見上げてくる蒼雨の眼に促されるように、緋里は震える指で便箋を開いた。




