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右眼の紅色  作者:
17/21

月の涙

「私は死ぬことも出来ずに無様に生き続けてきた。あの人間共をこの手で滅ぼすために。その成れの果てが、この姿だ」

人間を憎むが故に人間へと近付いた妖、それが銀鬼という存在だった。

「そんな・・・人間が、隠森を・・・・・・?」

『・・・ソレ、隠森・出ル・シタ・理由・・・・・・?』

緋里と黒霊はただ呆然として、その話を聞いていた。

銀鬼は虚空を見やる。

「だが、あの人間たちはもう居ないのだな・・・」

「ああ。悪いが復讐はさせてやれない」

「・・・ふっ、ははははははははは!!」

蒼雨の言葉に、唐突に彼は笑い出した。

「確かにそうだ、だが人間よ!お前たちの身体には確かに、あの人間共の腐った血が流れている!」

行き場を失くした怒りは、人間全てに向いた。銀鬼の細い腕が再び緋里へ迫る。

「どうして?わたしたちは、何も・・・!」

「どうして、だと?それはお前たちが人間だからだ、あの外道たちと同じ!」

「わたしたちは違う!」

「何が違うものか!」

銀鬼の手が緋里の喉を捉えた。首の皮に爪が食い込む感触に、声にならない声が漏れる。そのまま持ち上げられて呼吸さえ出来なくなり、緋里は必死でもがいたがやはり声は出なかった。

言いたいことがあるのに。彼に伝えなくてはならない言葉があるのに。もどかしい。

「ぐおッ?」

そう思った瞬間、銀鬼が揺らいだ。

投げ出された緋里は、霞む視界の中に黒髪の少年の大きな背中を見つけた。

銀鬼の横腹に体当たりを決めた蒼雨は、振り返って緋里に手を差し伸べる。

「今死なれたら・・・困る」

変わらないな、と思った。どこまでも貪欲で、誰よりも執着心の強い人。

緋里がその手を取ると、さっと引き上げられた。

こんなにも安心できるのはどうしてなのだろう。彼は緋里の身を案じているわけではないのに。

よろめいた銀鬼は、その瞳を蒼雨の方へ向けた。

「お前も私に逆らうか、人間。いいだろう、二人まとめて葬り去ってくれる!」

「・・・さっきから聞いてりゃあ〝人間〟、〝人間〟って」

緋里は銀鬼を睨みつけて叫んだ。

「オレは緋里だ!〝人間〟なんて名前じゃねえ!」

いつもそうだ。何でもひとくくりにして考えないと気が済まない奴らばかりで。

「〝人間〟だからって全部同じみたいなこと言いやがって!だったらお前ら妖は皆同じなのかよ、違うだろ?」

緋里は銀鬼へと詰め寄った。

「あんたが憎んでる奴らとオレたちは同じじゃねえ!あんたが見たのはほんの一部の〝異形〟に過ぎねえんだよ!」

「・・・ふっ、〝異形〟なのはお前の方だろう人間。人の子にして妖に混じって暮らすなど・・・」

銀鬼は冷笑したが、緋里はただ頷いた。

「そうだよ」

「・・・なんだと?」

「誰だって周りと違うところが、相容れない部分がある」

ふっと微笑む緋里に、銀鬼は少したじろいだ風に後退りする。

「程度だったり方向だったりの違いはあるけど、結局は皆どこかで〝異形〟なんだよ。いちいち否定してたらキリがない」

〝違う〟ことは恐ろしくて、隠族のように畏れたり、銀族のように蔑むこともある。それは間違いではないけれど、しかし何も生み出すことはない。

「許せない〝違い〟っていうものも多分ある。けどだからって全て否定するのは、違うと思う。自分と合わない部分を否定するだけじゃなくって、それを含めた全体を認めることだって、必要なんじゃないかな」

「あいつらを認めるだと?そんな・・・そんな馬鹿なことを」

「確かにその人たちは森に火を付けたかもしれない。でもきっとそれを嫌がって反対した人だっている。逆らうことが出来ずに仕方なく火を付けた人だっている。皆が同じ意見だなんてことは、ありえないんだから」

「だが火を付けようと決めた奴は確かにいる!」

緋里は再び銀鬼に近付いた。

「そう。何の恨みがあったかは知らない。でも妖を全否定して火を放ったその人と、人間を全否定して復讐しようとしてるシロキさんの何が違うっていうの?」

「私を・・・あの人間共と一緒にしようというのか」

「シロキさんとその人は違うよ。でもね、このままじゃきっと同じになっちゃう」

銀鬼は乱暴に緋里の肩を掴んで揺さぶった。

「同じことをして何が悪い!?それだけの報いを受けるべきだろう!」

確かに銀鬼の言い分はもっともで、けれど緋里はどうしてもそれを止めたかった。自分や蒼雨に危害が及ぶからではない。

「その人と同じになるってことは、もとのシロキさんを捨てるということだから」

銀鬼、いや銀麒と、彼が愛した(ひと)の為に。

「そうなったら、クロイさんを好きだったシロキさんが消えてしまうから・・・」

その瞬間彼は動きを止めた。

「クロイ・・・」


――月光の下で、彼は一つしかない青い瞳から涙を零した。


「・・・愛していたんだ!・・・愛していたんだ、クロイを!」

空を仰ぎ、喉から声を絞り出すようにして銀鬼は言った。

「この気持ちを、忘れることなど出来るはずがないだろう・・・!」

緋里は両手で鋭い爪の生えた銀鬼の右手を包み込む。

「・・・きっとクロイさんも、そういうあなただから好きになったんだと思います」

これだけ温かい想いを持っているのに、不器用なこの(ひと)だから。

「だからどうか、クロイさんが愛したあなたを・・・消さないでください」

彼の手が緋里の両手から滑り落ちる。


崩れ落ちた姿勢のまま、獣の姿へと戻った銀麒は眠りについた。

――月明かりの中に、彼を迎える小さな光が、見えたような気がした。


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