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右眼の紅色  作者:
14/21

白銀の鬼

妖たちは三部族に分かれていたが、そのどれにも属さない妖もいた。

この森に元々住んでいたのは銀族と隠族で、赫族の先祖も銀族に当たる。その二つの種族とは全く異種の存在となる者がそれであった。つまりは、銀族特有の獣体(からだ)も隠族特有の魂光(からだ)も持たない種族というものが、この森には存在していたのだ。

その一つが、(サン)。銀門の(かんぬき)に憑いている妖であった。

特徴は隠族に非常によく似ていたが、周囲の物体を動かす隠族と違い、閂は物体そのものに宿りそれを肉体とする妖であった。一度宿ればそれを死ぬまで変えることはなく、それと共に一生を終える。つまりは、物体が死なない限り生き続ける妖なのだ。

銀門が出来てから現在に至るまで銀森を守っているのは閂であり、それ故に様々な特権を得ている。その一つが、銀森の結界の管理であった。


『――主は、何者か?』

きつく閉じられた門の向こうから、低い声が響いてきた。彼こそが閂、どの部族にも属さない特別な妖である。

しかしそれ故に、判断に迷うことがない。銀族も他部族も関係なく、通すべき者は通し、排除すべきものは排除する。

『隠族・属スル、クロレ。戦・止メル・シタイ』

「葵村の鳴海蒼雨だ。緋里の答を聞くために来た」

「・・・赫族の、緋里です。戦を止めるために来ました」

銀門、いや閂は沈黙した。

「・・・あの」

『――黒霊、鳴海蒼雨の両名、通れ』

「えっ、わたしは・・・?」

『――主は通さぬ』

ぴたりと閉じたままの門が緋里を冷たく突き放す。

「・・・どうしてですか?嘘は言っていません!」

緋里は木製の扉に拳を打ちつける。

『――確かに、嘘は言っておらん。だが、真実でもない』

「全部本当のことでしょう?何を根拠に・・・」

『――主は、自分の言葉に確信を持っているか?』

緋里は扉を打つ手を止めた。

「・・・どういう、意味ですか」

『――確かに主は赫族として、戦を止めに来た。しかしそのことに納得してはおらぬ』

「赫族でないなら何だって言うんです?戦を止めたいと思ったのだって・・・」

『――主は己が人間の身であるが故に、自らを赫族と認めきれずにいる。父親を失っても、血の繋がらない男をそこまで想うのはおかしいのではないかと考えている。故に本気で戦を止めたいと思えない。・・・違うか?』

『サン!』

「そこまで干渉される言われはない」

黒霊と蒼雨はそう言ったが、緋里は少しの沈黙の末答えた。

「・・・違い、ません」

『緋里!』

「・・・いいの、クロレ。全部その通り。私は迷いを捨てきれない」

緋里は扉から手を離した

『――主は、偽りは語らなかった。我が排除すべき者は、〝偽りを語る者〟。よって主を排除することはせぬ。が、この門を通すわけにもゆかぬ。このまま立ち去れ』

「・・・分かりました。――クロレ、蒼雨くん。・・・ごめんね。後のことは二人に任せるから・・・」

『・・・承知』

黒霊に続いて蒼雨が何かを言いかけたとき、

「――貴様を帰す訳にはいかん」

大きな音を立てて門が勢いよく開かれる。

「とうとうこの森までやって来たか、人間。私はずっとお前を探していた!」


月の光を受けて白銀に煌くその体躯は、まるで人間のようだった。

二本の足で門の前に立つ彼は、全身に毛はなく硬い外骨で覆われていた。頭に被った面の下からは角が伸び、またそこから覗くひとつしかない瞳は、何者も映さない青みがかった暗い色をしている。


「――ッ!?」

緋里は全身が総毛立つのを感じた。その場から一歩も動けなくなる。

・・・怖い、というその一言さえ出なかった。それほどに目の前のものが恐ろしいのだ。

「口も聞けんか、人間。所詮貴様らはその狡猾な脳を巡らせる術しか知らんのだろう」

そう言うと彼は、乱暴に緋里の頭を掴んだ。

暗い色の瞳で覗き込まれて、緋里は息をすることすらままならなくなる。

彼は――鬼だ。(しろ)い、鬼。

「私は銀鬼(シロキ)。ずっと、お前を殺すために生きてきた」

瞳の底にあったのは、憎しみの炎。人間への怨みと怒りが、入り混じった炎だった。

『緋里!』

黒霊が落ちていた木の枝を数本飛ばしてきたが、銀鬼はそれを片腕で薙ぎ払った。

「邪魔立てするな、隠族よ!・・・出来ればお前を殺したくはない」

銀鬼は頭を掴む力を強めた。

「人間のくせに、そのような姿で我らを誑かして・・・どういうつもりだ!よほど長く潜んでいたのだな、妖の臭いが染み付いている」

今にも頭蓋が悲鳴を上げそうなその感覚に気をやってしまいそうになるのをぐっと堪えて、緋里は喉の奥からやっとの思いで声を絞り出す。

「・・・なんでッ・・・・・・そんなに、人間を蔑むんですか・・・!」

彼のそれは度を越していた。たまに赫森へやってくる銀族はいたが、人間体の赫族を見て小馬鹿にしたような口調で喧嘩を売ることはあれどここまで激しい憎悪を向けている者は初めて見る。これは、緋里が本物の人間だからだろうか?それだけではないような気がした。

「何故だと?今更そんなことを・・・」

「・・・今更って言われても、俺たちはあんたとは初対面だ。怨まれる覚えもない」

蒼雨が横から入ってきて銀鬼の腕を掴んだ。銀鬼は彼を一瞥する。

「・・・貴様も人間か。まだこの森にこれだけの人間が居たとはな」

「俺は外から来た人間だ。元から居た訳じゃない」

「そんなことはどうでもいい!」

銀鬼は蒼雨の腕を振り払った。その勢いで掴まれていた緋里も投げ出され、地に叩きつけられる。

『緋里!怪我・ナシ?』

黒霊が飛んできて緋里の周りをぐるぐると回る。緋里はそんなことを言ってる場合じゃない、と首を振った。

「外から来たということは、人間たちが数を増やしてきているということだろう?再びこの地をその穢れた足で踏み荒らし、妖共を支配する算段なのだ、違うか!」

蒼雨は眉一つ動かさずにその言葉を聞き、淡々と答えた。

「俺たち人間の中で、あんたたちのような妖怪を信じているのはごく僅かだ。大抵の人間はその存在を否定し、生涯真実を知らないまま死んでいく。妖怪の棲む森があるから攻めに行こうなんて言ったら、まず間違いなく医者を勧められるだろうな」

「・・・どういうことだ。人間はかつて確かに私たちと関わりを持っていたのだぞ?」

「そうなのか。だがあんたの言っているのがどれくらい昔のことか知らないが、とにかく今の世代の人間はあんたたちの存在を知らないし、攻め込もうなんて意志があるはずもない。あんたが知っている人間たちは、多分もうとっくに死んでるよ」

「死んだ・・・だと?」

蒼雨は頷く。

「ああ。人間の寿命なんて6、70年がいいところだからな。あんたたちがどれだけか知らないが、それよりずっと短いんだろ」

緋里は愕然とした。

七十年?たったの?人間としての身体を持っている以上緋里の寿命もそれだけだということで。つまりは朱音よりずっと早くに、死んでしまう。

「そんな・・・そんな馬鹿な」

「それが事実だ。もっともこれは今の話だから、昔ならもっと短かっただろうが」

銀鬼は天を仰いだ。

「それでは・・・何のために、私は・・・」

「あの、シロキさん」

「・・・なんだ、人間」

「聞かせてくれませんか。・・・かつて人間たちが、あなたに何をしたのかを」

聞かなくてはならない。彼らにしたことに、きちんと蹴りをつけなくてはならないのだから。

「・・・いいだろう。精々己の過ちを悔やんで死ぬがいい」

銀鬼は薄く笑って言った。


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