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右眼の紅色  作者: 鮃
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12/21

危機

まさか。

緋里は朱い眼を大きく見開いた。

漆黒の髪と瞳。声は低くなっているけれど、顔を見れば分かる。

「・・・〝ソウ〟、くん・・・・・・・?」

彼は頷いた。

「本当に・・・あの・・・・・?」

「ああ」

「こんなところで会えるなんて・・・!」

戸惑いを隠せずにいながらも近寄り、彼の手を取る。

「ずっと・・・・・・会いたかった」

「あの後すぐに村を出たんだ。・・・俺も、ずっと会いたかった」

その瞬間、十年間ずっと心の片隅にあった問いが再び頭をもたげてきた。

「・・・あの」

緋里は手をそっと離した。

「あのときの答えはまだ見つかってないっていうか、どこかで目を背けてたっていうか・・・。だから、その」

その台詞に彼は漆黒の眼を見開いたが、すぐにぎこちなく微笑んだ。

「そうか・・・ちゃんと覚えていてくれたのか」

「うん・・・わたしも、なんだかずっと気になってたから」

「別に、構わない。俺はいつまでだって・・・待つから」

緋里はその瞳を見ていられなくなってさっと俯いた。笑うことに慣れていないんだな、ということはすぐに分かって、彼が今どんな生活をしているのかひどく気になった。

でもそんなことは今に始まったことではなくて。十年間ずっと、彼がどういう性格なのか、どういう暮らしをしているのか、今何を考えているのかを気がつくとすぐ考えてしまっていた。

不思議な人、と緋里は一人ごちた。

「何か言ったか?」

「ううん、なんでも。・・・あ、いけない今急いでるんだった!」

「どうかしたのか?」

「いや、ちょっと戦を止めなくちゃいけなくて、クロレの手伝いがあって、それでアカネさんに報告・・・あれ?」

彼がちょっと噴き出すので余計に慌ててしまう。

「あーええと」

「・・・いいよ、ゆっくりでいいから聞かせてくれ。俺も何か力になれるかもしれないし」

「あ、ありがとう・・・」

恥ずかしさのためか頬が熱くなるのを感じながら、緋里は数日振りの我が家へと歩き始めて。

『――緋里、危険!』

「え?」

頭の中で声が響いて足を止めると、突然ぐいっと背中を引っ張られて近くの茂みに入れられる。

「ソウくん?」

振り返ると彼は驚いた風に漆黒の眼を見開いて、首を振った。

「俺じゃない。何か、今・・・服が引っ張られて」

『緋里』

「クロレ!」

ばっと緋里の鼻先に現れたのは黒霊だった。と同時に唇に大きな葉を押し付けられる。どうやら喋るなということらしい。

『銀族、居ル。声・危険』

今日も彼らが攻めてきているらしい。必死にこくこく頷くと、黒霊は緋里の口から葉を離した。

視線を戻すと、彼が先程までの緋里と同じように口を塞がれていた。唇の前で人差し指を交差してみせると彼がすぐに頷いたので、黒霊に目配せをして解放させる。

そのまましばらく息を潜めていると、銀族の気配はなくなった。

「・・・クロレ、何でここに?」

『銀族・攻勢・増大中。因ッテ・クロレ、警戒』

「増大中って・・・全然気付かなかったけど」

『現在・微増。シカシ・イズレ、ナル・強大』

緋里は戦慄した。そうなれば森の外れであるあの家、朱音にまで危害が及ぶかもしれない。

「・・・どうしよう、時間がない・・・・・・!」

「――なあ、もしかしてその光と話しているのか?」

「へ?あ、ごめんソウくん!クロレ、ソウくんにクロレの言葉を聞かせることって・・・」

『可能。・・・シカシ、ソレ・適切?彼、人間』

部外者である彼にこの森の戦のことを伝えてよいものなのか、黒霊は判断しかねているようだった。緋里もそのことを考えていないわけではなかったが、しかしあまり重要ではないとも感じていた。

「・・・どうしてかな。ソウくんなら、大丈夫な気がするんだ」

『・・・・・・承知。――隠都・戻ル。一緒・来ル・セヨ』

「クロレか。・・・分かった、行こう」

彼がすぐに頷いたことに緋里は驚いたが、戸惑いはなかった。こういう人だとどこかで分かっていたから。

隠都への入口へと向かう二人の後ろで一度立ち止まり、家のある方へ振り返る。

「・・・ごめんなさい、アカネさん。もうしばらくかかりそう」

必ず無事に戻って来るから、待っていて。もう一度そう呟いて、緋里は二人の後を追いかけた。


蒼雨に簡単な状況説明をしつつ、隠都へと向かった。頬の紋(しるし)のおかげで見た目の上では妖である緋里と違い、蒼雨は完全なる人間だ。黒霊の母のように発狂しかける者もいたが、すぐに迎えに来た黒霊の父が黙認しているのを受けてそれも表面上は収まったようだった。どうやら一目置かれている存在であるらしい。

「あの、銀族の攻勢が強まってきているってどういうことですか」

早足で追いかけながら問うと、黒霊の父は一直線に前へと進みながらそれに答えた。

『ここ数日地上に出ていた歴史学者の知り合いがいるんだが、先程彼が妙なことを伝えてきてね』

「数が増えてきていることですか?」

『ああ。僅かだが少しずつ、銀族は数を増やしつつある。これがどういうことか、分かるかい?』

「――戦争を、終わらせたいんじゃないか?」

緋里は視線を移した。

「どういうこと、蒼雨くん?」

「数を増やして一気に攻め込めば、長い戦で疲弊している赫族に勝つのは簡単だからな」

『そういうことだ。両族共に消耗している。銀族は数に物を言わせて赫族を屈服させ、戦をさっさと終わらせるつもりなんだろう』

「でも、それじゃあ・・・!」

『ああ。確かに戦は止まるが、それは我々が望む形での幕引きではない。だから一刻も早く、君たちの手で戦を止めて欲しい』

黒霊の家へと辿り着き、黒霊の父が奥へと引っ込んだ。

『クロレ、受け取りなさい!』

しゅっ、と飛ばされてきたのは先程の地図だった。

『父、入口・何処?』

黒霊がそう尋ねると、

『――私が案内しましょう』

「お、お母さん!」

『母!』

そこへ現れたのは黒霊の母だった。

『私も入口の位置くらいなら知っています。ついて来なさい』

『母・・・・・・』

「・・・行こう、クロレ」

最期になるかもしれないから、せめて見送りだけは。そんな彼女の心情が見えるようで。

その場から動かない黒霊を促し、緋里はその後を追った。


『ここです』

地上に上がってからしばらく進み、隠森の朱雀極(みなみ)へと辿り着こうかというところで黒霊の母は止まった。

「ここに?」

「・・・何もないように見えるな」

蒼雨の言う通りそこには一本の樹しかなく、辺りにそれらしきものも見当たらない。

『今はもう使われていませんし、使う意味もないでしょうから、誰かが間違って迷い込まぬよう隠してあるのです』

そう言うと黒霊の母は、樹のすぐ下の茂みを動かした。

「うわ、なにこれ・・・・・・!」

「・・・樹に穴が開いているのか」

樹の根元から地面にかけて大きな穴が開いており、それが奥へと続いているようだった。

『中はもう少し広くなっているそうですから、あなたたちでも充分通れるでしょう』

「それは助かるな」

『・・・・・・』

「クロレ?」

先程から黙り込んでいる黒霊を覗き込む。

『・・・・・・母』

『・・・なんです』

『戦・止メル、許可?阻止・セズ?』

「・・・・・・クロレ」

『ここまで来て迷っているのですか。あなたが決めたことでしょう?』

『シカシ』

『一度決めたことは最後まで貫きなさい、クロレ。言ったでしょう』

その言葉に弱々しくなっていた黒霊の魂光(からだ)がもとの光を取り戻し、輝き始めた。

『・・・承知。行ク』

『・・・ええ。行ってらっしゃい、クロレ』

二つの光はしばらくその場で静止し、やがて一つが動き出した。


蒼雨、緋里、そして黒霊を飲み込んで、その穴は沈黙する。


『――銀森、結界・アル』

中を進み始めてすぐ、先導している黒霊がおもむろにそう言った。

「結界?」

『銀森・戦場・不可。何故ナラ、結界・アル。』

「・・・森全体が結界で覆われているから、攻め込むことが出来ないってことか?」

『ソウ』

「でもこのまま行けば、銀森の中に入れるんだよね?」

そう尋ねると、黒霊はその場に静止して地図を緋里の方へ飛ばした。

『不可。見ル・セヨ』

蒼雨と二人で覗き込む。

「ええと、この細長い道がここだよね?出口は・・・あれ、銀森の手前にある」

「なにか書いてあるが・・・クロレ、この印はもしかして門か何かか?」

蒼雨が指差すと、黒霊は頷くように縦に揺れる。

『コレ・近道。シカシ・銀門・マデ』

「ってことは、結局銀森には銀門から・・・正面から入るしかないってこと?」

この穴はあくまでも近道、楽に銀森へ向かうための手段であって、辿り着いてからの安全までは保障されないということだ。

「銀族の門を通れるのか、俺たち?」

「だよね・・・。わたしは一応敵勢力な訳だし、蒼雨くんは人間だし」

『銀門・守ル・者、公正。用件・アル・者・通ス』

その言葉に緋里はほっと胸を撫で下ろした。さすがに文字通りの門前払いをくらってはなす術もない。

『・・・シカシ』

「しかし、何?」

『偽ル・スレバ・・・死』

蒼雨と二人で顔を見合わせる。

「死って・・・まさかそこまで」

『事実。身分・及ビ・用件・偽ル・者、排除』

「別に問題ないだろ。要は嘘を吐かなければいい話だ」

すくむ緋里の肩に蒼雨が手を置いて言う。緋里はその手に自分の右手を重ねた。

「・・・そうだよね。それで通してくれるっていうなら、嘘を吐く必要なんかどこにもない」

蒼雨の手は特別温かくはなかったけれど、緋里には嬉しかった。しかし胸の奥の小さな不安は、結局消えることはなかった。


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