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右眼の紅色  作者:
1/21

異形の緋里

『あかりちゃんは、〝にんげん〟なんだよね』

〝うん〟

『でも、〝ようかい〟といっしょにすんでるんだよね』

〝うん〟

『じゃああかりちゃんは、にんげんになりたいの?ようかいになりたいの?』


・・・・・・オレは。


右眼の紅色


「――(マル)さん、アカルどこに行ったか知らない?」

「兄貴ならアカヒさんの所ですよ。何か御用ですか、緋里(あかり)さん?」

もじゃもじゃした赤髭の大男、紅丸(アカマル)がその体躯に似合わぬ小さな瞳をこちらに向ける。

「いや、家に居なかったからちょっと気になっただけ。・・・さて」

緋里は自分の二倍ほどもある紅丸の身体をするりとくぐりぬけると、

「よし、ちょっと見に行ってやろ」

そう言って片眼を閉じた。


緋里の家、というか紅流(アカル)の家は赫森(アカノモリ)――(あやかし)の部族の一つ、(アカ)族の棲む森――の外れ、隠森(クロノモリ)に面した位置にあり、族長の赫陽(アカヒ)の家まではかなり距離がある。

「乗りますか?」

「いい。木渡ってけばそんなにかからないし」

変化を解こうとする紅丸を制してするすると椎の樹の幹を登っていく。

「ほら、置いてくぞ(マル)さん!」

「ああ、ちょっと待ってくださいよー!」

困ったような声を背中に聞きながら、緋里は枝の上を駆け抜けていった。


赫族。妖の中でも比較的人間に近く、理解のある部族だ。

特に交流を持とうとはしていないがその文化には大いに興味があるようで、常に人の姿を真似て暮らしている。変化を解くことはめったにないが、特別力が必要なときは稀に本来の姿に戻ることもある。人間の身体の限界を超えた力はどう足掻いても出しようがないからだ。そこまで忠実に変化する必要がどこにあるのかと緋里は常々思っているが、妖に言わせるとその不自由さが人間らしくて〝乙〟なのだという。


「――アカルー!何してんのー?」

「あ?ってお前何でここに居んだよ!」

木の上から見下ろしてにしし、と笑う緋里に、紅流はぎょっとしたような顔で叫んだ。

「暇だから見に来たー。そっちこそオレに何も言わないで何してんのさ?」

「ア・カ・ヒ・の・て・つ・だ・い・だ!ちゃんと言っただろうが!」

紅流が赤みがかった短い茶髪をがしがしと掻いて睨みつけてくる。

「そうだっけ?」

「お前なあ・・・」

呆れたような声を出されても首を傾げることしか出来ない。

「俺は、慣れないアカヒの代わりに手紙を届けて回ってる。言ったよな?」

「うーん・・・」

そういえば言っていたような、いなかったような。

「言ったっつの。・・・まあいい、どうせ来たんならちょっと手伝え。――そこに隠れてるアカマルもだ」

ギクッとしたように枝が震えて、おそるおそるといった風に紅丸が顔を覗かせた。

「アカマル・・・俺言ったよなあ?緋里が家から出ないように見張っとけって」

「はあ、おっしゃる通りで・・・」

知らない間にそんなことを頼まれていたらしい。

「・・・オレが来たいって頼んだんだよ。(マル)さんは悪くない」

さすがに罪悪感を覚えたのでそう言うと、紅流は信じたのかそうでないのかひとつ溜息をついた。

「ったく・・・。――アカマル、もうこんなじゃじゃ馬娘の面倒見たくねえだろ?いいかげん俺ん所来んの止めとけよ。元々〝兄貴〟なんて柄じゃねえんだ、俺は」

「いいえッ!」

紅丸はとんでもない、と首を振った。

「どこまででも(リュウ)さんについて行きます!」

毛むくじゃらの奥のつぶらな瞳をきらきらと輝かせて叫ぶ紅丸に、紅流はもう一度深い溜息をついた。

□■□

それは、まだ緋里が幼かった頃のこと。

「――ったく、目ェ離すとすぐ居なくなりやがる・・・」

紅流は苛立ったように地面を踏み鳴らしながら、森の青龍極(ひがし)へと向かっていた。

ここ五日ほど、緋里が勝手に出歩くことが増えていた。といっても居る場所は分かりきっているわけで、だからこそ紅流は変化を解くこともせず徒歩で緋里を迎えに来ているのだが。


岩陰から薄赤い茶髪が覗いているのが見える。

「・・・やっぱりな」

昨日と全く同じ場所。もっと言えば一昨日も一昨昨日も同じ場所だった。

「おい、緋里」

声を掛けてやると、その茶色はぱっとこちらを振り返った。

「あ、おとーさん」

「・・・〝おとーさん〟じゃねーよ、俺は」

そう言って、悪いことをしたとは露ほども思っていない、あるいは忘れていそうな顔を見やりため息をつく。

緋里は不服そうに口を尖らせた。

「きょうもソウくん、こなかったんだよ」

子供らしい脈絡のない話題転換をして、緋里は寂しそうに眉を寄せる。

五日前緋里が会ったという、ソウという人間の少年。生まれて初めて出会った自分以外の人間に緋里は何か思うところでもあったのかもしれないが、少年はその日以来姿を現していなかった。

――〝灰巌(はいのいわお)〟。人間の世界と妖の世界との境界と言われるこの場所は、実際赫森、隠森と人間の住む村との狭間にある。故に人間と関わる可能性が最も高い場所でもあった。

「――ったく・・・もう勝手に居なくなるんじゃねえぞ」

「・・・ねえ、なんで〝おとーさん〟ってよんじゃいけないの?」

紅流は一瞬息を詰まらせる。またも脈絡のない話題転換。どうしてもこれには慣れることが出来ない。ひどく心臓に悪かった。

「俺はお前の親父じゃねえからだ」

「えー、アカルはおとーさんだよ。だってあかりをひろってくれたもん」

緋里は無邪気に笑う。だがそれを認めるわけにはいかなかった。それは、彼女が人の子だから。

「とりあえず〝おとーさん〟はやめろ。俺はアカルだ」

「・・・・・・・・・アカル」

緋里はしぶしぶと言った顔でそう呼んだ。

「おーし、よく出来たな。――おらおらおら!」

ぐりぐりと頭を撫でてやると、緋里はくすぐったそうに笑って身を捩る。その(あか)い瞳を見やり、紅流はもう一度固く心に誓う。そう、俺が親父になる訳にはいかないんだ。お前の本当の親のために――

紅流は頭の紅い額布にそっと触れて、緋里に笑いかけた。


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