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マルカル

「は~い!皆さんこにゃにゃちは~! 皆のアイドルで司会の~ぺティーで~す」

「こにゃにゃちは・・・・・・」

「わーベティーちゃーん!」

 翔の残高が可哀想な事になった、その日の夜。カナはこの街に来てから、見るように

なっていた、キャラの濃いベティーちゃんが出演する、通信番組を見ていた。

 この通販番組では、食べ物から洋服、日用雑貨まで、幅広い物を販売していて、カナ

は通販番組で、大量にの食料を買いこんだりしていた。カナの買った食料は、食料庫に

所狭しと置かれていた。

 なんでもカナが言うには、クラスの女子の間ではこの通販に出る賞品がの洋服が、可

愛いと人気らしい。秋斗はリビングで、その通販番組をカナと一緒に見ていた。

 司会のベティーちゃんが、今日もノリノリで番組を進行していく。

「さあ、今回紹介する商品はこちら! あの、超有名なファッションデザイナーの、レ

ディー・カカが当番組の為に、わざわざデザインしてくれた世界に一つだけのこのワン

ピース! 見て下さいこの可愛さ! なんと可愛らしいのでしょうか~! この洋服を

着れば、気になるあの人のハートもイチコロですね!」

 そう言ってベティーちゃんは、一着のワンピースを視聴者に見せた。そのワンピース

は、薄いピンク色をしていて、花柄のレースが付いた可愛らしい、それでいて、独特な

洋服だった。

「へ~、凄いな」

「わ~! 超可愛い~! 超欲しい~!」

 秋斗は、超有名なファッションデザイナーがこの番組の為だけに洋服を作ったという

事に驚いた。カナはその洋服を見てテンションが上がり、おおはしゃぎしている。

 チトセが着た所が見てみたいな・・・・・・。

 なんて事を秋斗が思いながら見ていた。

「さあ、気になるこのお洋服のお値段は~・・・・・・」

「えー! いくらいくら~?」

 カナは目を輝かせながら、テレビに釘付けになっていた。

 安かったら買いそうだな・・・・・・。

 10万円程のお金も、カナに使わせれば、あっという間だ。秋斗は、そんなテレビに

釘付けになるカナを見て心配になった。

「な、な、な、なんと! 驚きのこのお値段! 9999万円で~す! さあ、早い者

勝ちですよ~今すぐ、この番号にお電話を!」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 岩神兄弟の間に、久しぶりの沈黙が訪れた。

「・・・・・・寝るか」

「・・・・・・うん」

 確かに驚きの値段だ・・・・・・。

 でも驚きのお値段って、普通安い時に使うんじゃないのか?

 って言うか誰も買えねーよ。

「ん・・・・・・?」

 秋斗がそんな事を思っていると、隣に居たカナの口から「クチュッ」という音が聞こ

えた。カナは、翔のお金を使って注文した大量の料理を満足いくまで食べた後、歯をち

ゃんと磨いていた。

 これから寝るのに、またお菓子なんて食べてるのかよ・・・・・・。

 そんなカナの食欲に呆れながら、秋斗はカナに言った。

「歯、ちゃんと磨けよ~?」

「・・・・・・なにが?」

「・・・・・・お菓子、食べただろ?」

 秋斗にそう言われたカナは、秋斗から顔を背けて言った。

「・・・・・・なにも食べてないよ」

「嘘つけ! 食べただろ!」

「食べてないもん!」

「食べただろ!?」

「食べてない!」

「食べた!」

「食べてないー!」

 こいつ・・・・・・また歯磨くの、面倒くさがってるな!?

 カナは昔からこうだ。歯を磨くのを面倒くさがって、いっぱい虫歯が出来て大泣きし

た事だってある。秋斗は両手でカナの顔をグッと引き寄せて、自分に向けた。

「口、開けてみ?」

「・・・・・・・・・・・・」

 カナは秋斗に言われて、口を開けた。だけど、カナの口には何も無かった。

「・・・・・・あれ、おかしいな」

「・・・・・・・・・・・・」

 絶対何か食べてると思った秋斗は、少し考えて言った。

「舌、上に上げてみ?」

「・・・・・・・・・・・・」

 舌の下に食べていたお菓子を隠していると思ったが、そこにも何も無かった。

「おっかしいな~、絶対何か食べてたと思ったのに・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 ――――グイッ。

「んーっ!」

 秋斗はカナの顔を上に上げて、口の中の上を見た。そこには、お菓子のぷっちぇが張

り付いていた。

「・・・・・・やっぱ、食ってたんじゃんか」

「う~、バレたぁ~」

「歯、ちゃんと磨けよ?」

「さっきちゃんと歯磨きしたもん!」

「でも、またお菓子食べただろー?」

「えー! 面倒くさい~!」

 カナは秋斗にお菓子を食べていた事がバレて駄々をこねていたが、ブーブー言いなが

らも、渋々歯を磨いて寝た。

 秋斗達がそんな事をしていた時、白龍学園のある、この街で事件は起きた。




 秋斗の通う学校から大分離れたある場所で、警報が大きな音を上げて鳴り響く。

「何事だ!」

「はっ! 金村様! 実は・・・・・・スターベアが逃げました・・・・・・」

「何!? 警備の者は何をやっているんだ!」

「も、申し訳ありません! それが、餌を与える時にいつもは大人しいスターベアに油

断してしまって・・・・・・」

 金村は、大きなため息を吐くと、警備員を見て言った。

「・・・・・・もおいい。私から町長に連絡しておく。お前らは気を引き締めて、引き

続き警備に当たれ」

「はっ! 了解しました!」

 金村は白龍学園の校長を勤める傍ら、ある事の責任者という立場にもなっている。

 はあ・・・・・・また町長にどやされるんだろうな・・・・・・。

 そんな事を思いながら、重い足を動かし今いる場所から少し離れた、町長のいる屋敷

へ向けて車を走らせた。

 町長の屋敷に着くと、町長のいつもいる部屋に急いで向かった。町長の部屋の大きな

ドアをノックすると、中から「入れ」と言う渋い声が聞こえた。

 金村は一つ深呼吸をした後、「失礼します」と言って町長の部屋に入る。

「何事だ」

 年を感じさせる町長の言葉を聞いて、金村は今から伝えようとする言葉を言おうとし

て嫌気がさしたが、それを顔に出さない様に勤めて町長に伝えた。

「は、それが、スターベアが脱走しました」

「何!? 警備の者は何をやってる!?」

 それは私も言いました。そんな事を思いながらも、そうは言わない。

「それが、いつも大人しいからと油断していたようで・・・・・・」

 金村の言葉を聞いた町長は、眉間に深いしわを寄せて言う。

「まったく、せっかく高い金を出して集めた、金の卵かもしれない奴等に傷が付いてし

まったらどうするんじゃ!」

 そんな町長の言葉を聞いた金村が、すかさず言葉を続ける。

「申し訳ありません。私から厳しく言っておきました。今は更に注意を払って警備にあ

たらせています」

 警備員に特に強く言った訳でもないが、こうでも言わないと警備員が悲惨な目にあう

だろうと思った金村はそう言った。

 初老の老人はそれを聞くと、鋭い目つきを金村に向けて言った。

「学園の生徒に注意をするように伝え、早く捕まえろ」

「は、了解しました。失礼します」

 町長の部屋に長く居たくなかった金村は、そう言って、さっさと部屋を出た。

「まあ、あんな所にずっと閉じ込められたら出て行きたくなる気持ちもわからないでも

ないがな・・・・・・」

 そんな独り言を呟いて、金村は町長の屋敷を後にした。




 そんな秋斗達の知らない所で不穏な動きがあった次の日の朝、担任の緒方が来たので

1年4組の生徒は皆自分の席に着いた。緒方は教室に入るなり、皆を見回して席が埋ま

ってる事を確認すると、いつもの様に面倒くさそうに口を開いた。

「あ~よく聞け~お前ら。この学園付近にある動物園から2匹、熊が逃げたそうでな、

今捜索中らしい。帰りなどは注意して帰るように! 見つけたら、すぐ警察に連絡して

逃げろよ~」

 緒方の軽すぎる注意を聞いて、教室の皆はざわついた。

「熊だってよ!」

「怖~い!」

 そんな声が聞こえてくる。

 ・・・・・・危なすぎだろ・・・・・・。

 信じられない事をサラッと言う緒方にざわつく生徒に構わず、緒方は授業を始めた。

 そんな緒方からの恐ろしい警告を受けたその日の放課後、秋斗とチトセは緒方に「級

長と副級長は仕事がある」と言われて、居残りする事になった。

 居残りなんて面倒くさかったけど、チトセと一緒なら嬉しい。

 なんて秋斗が思ってると、秋斗とチトセが二人で居残りする事を知った良子が自分も

残ると言い出した。が、緒方に「二人以外は帰れ~」と言われ、良子は渋々帰って行っ

た。

 今朝、緒方の熊が逃げ出した。という忠告が気になったので、カナと良子を家まで送

ってもらうように翔に頼んだ。

 翔は、「任せとけ!」と言って、何故か上機嫌だった。

 誰も居ない教室でチトセと待っていると、緒方が紙を持ってやって来た。

「悪い悪い、待たせたな~。お前等にコレをやって貰う為に残したんだ」

 そう言って、緒方は「1年、調査表」という用紙と、1学年分と思われる量の大量の

アンケート用紙を持ってきた。

 その紙には、「4月20日までに必ず提出するように」と書かれた小さな紙が貼られ

ていた。今日は4月19日だ。

 まさかとは思うけど・・・・・・。

「コレって、本当は先生がやるべき物とかじゃないよね・・・・・・?」

 秋斗がそう聞くと、緒方はフッと口の端を少し上げて言った。

「・・・・・・違うよ」

 絶対、嘘だ! 何だ、今の間! 面倒くさいから俺達にやらせる気だ!

 そんな秋斗の思いが顔に出てたのか、緒方は「まあまあ」と言って、秋斗とチトセに

ジュースをくれた。

「コレで勘弁してよ」

 そう言って笑った。

「ちょっと~アタシを120円で買えると思ってるの~?」

 チトセはぶつぶつ言っていたが、緒方の「頼むよ」という一言を聞いて、「今日だけ

だからね」と言って了承した。

 チトセの言葉を聞いて、緒方は嬉しそうに笑うと、秋斗を見て片目を閉じた。

 ・・・・・・ウィンク?

「んじゃ、よろしくな~」

 そう言うと、緒方は教室を出て行った。

 ・・・・・・もしかして、緒方は俺がチトセを好きだという事を知っているんだろう

か? だから、良子を残さなかったのか?

 秋斗はそう思うと、急に緒方がいい人に思えた。

 実際、緒方がどう思ってるのかは知らなかったが・・・・・・。

 まぁ、俺はチトセと一緒だったら居残りしてもいいけど。

 そんな事を思いながら、秋斗は隣に居るチトセに目を向けて、重大な事に気づいた。

 今この教室には、俺とチトセの二人しかいない!

 クラスの皆が居る時とは打って変わった静かな教室には、秋斗とチトセの二人の姿し

かなかった。制服に身を包んだチトセを見て、やっぱり可愛いなと改めて思う。

 二人っきりという事に気づくと、心臓がドキドキしてきた。

 チトセはあの約束を覚えてくれているのだろうか?

 秋斗は皆が居たので、その事を聞けていなかった。

 あの事を聞くのは今しかない!

 それは、秋斗とチトセが幼稚園の時に別れ際に交わした、あの約束の事。

 秋斗がチトセより強くなったら・・・・・・。

 唾をゴクリと飲み、秋斗は隣に居るチトセを見た。

「チ、チトセ! あの、幼稚園の時の・・・・・・!」

「・・・・・・ん?」

 秋斗は聞こうとして、言葉を飲み込んだ。

 もし、チトセがあの約束の事を覚えていなかったら・・・・・・?

 そんな事、考えるだけで怖くなってしまった。

「どうしたの?」

「な、なんでもない・・・・・・」

 チトセはそんな秋斗を不思議そうに見ていたが、秋斗はひとまず考えるのを止めて、

作業を進める事にした。アンケート用紙には、人の名前が書かれている。

 チトセ、チトセ、チトセ、良子、チトセ、カナ、チトセ・・・・・・・・・・・・。

「これって・・・・・・」

 秋斗はこの用紙を見て、少し前に受けたアンケートを思い出した。

 そういえば、あなたの気になる子の名前調査~なんてのがあったな・・・・・・。

 勿論、秋斗はチトセの名前を書いた。

 アンケート用紙を見てみると、ほとんど皆チトセって書いていた・・・・・・。

 なんだか急にチトセが手の届かない存在の様に思えてきた。

「さっさとやって、帰っちゃお~」

「お、おぅ」

 そんなチトセの言葉に頷いて、秋斗達は作業を終わらせた。

 チトセは誰の名前を書いたんだろう。

 そんな事を思いながらも、作業が終わったので、秋斗達は帰る事にした。

 いつも皆で帰る時に別れる場所に来た時、チトセが言った。

「じゃあ、アタシはコッチだから、また明日学校でね」

「チトセ、俺、家まで送るよ! ほら、今日緒方が熊が逃げたって言ってたし・・・」

 秋斗は今朝、緒方が言っていた熊の脱走の事が気になっていた。

 そんな秋斗の言葉を聞いて、チトセは笑いながら言う。

「アタシは大丈夫だよ~」

「危ないから!」

「・・・・・・そう? じゃあ、お願いしようかな」

 秋斗が引かずにそう言うと、チトセは少し考えて秋斗の提案を受け入れた。

 本当は少しでも一緒に居たいからって言うのもあったんだけど・・・・・・。

 なんて心の中で思いながら、秋斗はチトセが承諾してくれた事に安心した。

 少したわいもない話をして、チトセの家に向かう。二カッと笑いながら話す、チトセ

の笑顔を見て思う。

 凄い、綺麗になった。

 笑顔には昔の面影が残っていて、秋斗は本当に長年待ち望んだチトセに会えた喜びを

かみ締めていた。

 やっぱり、気になる・・・・・・!

 チトセが秋斗との約束を、覚えていてくれているのかどうか。秋斗はどうしても知り

たくなった。秋斗は少ない勇気を振り絞って聞くことに決めた。

「チトセ!」

「ん?」

 チトセが意気込む秋斗を見て首を傾げる。

「幼稚園の・・・・・・」

 約束覚えてる? そう聞こうとして、秋斗は言葉に詰まった。

 また怖くなったから、という訳じゃない。チトセの後ろに、大きな熊が居たからだっ

た。人の大きさはあるその熊は、全然気づいていないチトセに向かって突進してきた。

「チトセ! 危ない!」

「キャッ!」

 そう言って、襲われそうになるチトセを守る為、秋斗はチトセを抱き寄せた。

 その瞬間、チトセの大きく成長した膨らみが秋斗に当たる。

 ・・・・・・柔らかい。

「秋斗! 何ボォっとしてるの!」

「う、うわっ!」

 チトセの胸に気をとられていた秋斗は、目の前に居た熊に切り裂かれそうになったが

間一髪の所で交わした。

「何なんだ、コイツ・・・・・・!?」

 よく見ると、熊の体には色んな所に星の模様があった。

 ツキノワグマなんて言うのは聞いたことがあったが、ホシノワグマなんて聞いた事な

いぞ!

 秋斗がそんな事を思ってると、チトセが少し楽しそうに言った。

「アタシが相手よ!」

「チトセ・・・・・・!?」

 そう言ってチトセは自分より遥かにデカイ熊に向かって行く。

 危ない!

 そう言おうと思った秋斗だったが、それは口に出る事はなかった。

 熊の鋭い爪の攻撃を華麗にかわして、チトセは熊の懐に入り込むと、強烈な蹴りを繰

り出した。チトセの蹴りを喰らってよろめいた熊だったが、すぐにチトセに反撃を加え

る。だが、そんな熊の攻撃はチトセにかすりもしなかった。

 ・・・・・・速い!

 熊の攻撃を軽やかに避けるチトセの姿は、まるで踊っている様だった。

 熊なんかより、チトセの動きは遥かに速い。熊の攻撃をかわして、チトセは道端に落

ちていた木の棒を拾った。だがチトセの拾った棒は、太さこそあったものの短かった。

 長さがないと、あんまり意味がないんじゃないか?

 秋斗はそう思ったが、チトセは棒を持って構えた。その構えは、今まで見た事もない

構えだった。チトセは短い棒を前にそのまま突き出して、熊に対して半身になった。

 そんなチトセに熊が突進して行く。

「チトセ!」

 熊が近くに来ても動かないチトセに秋斗は叫んだ。

「グオ――――!」

 熊がチトセに爪を突き刺したと思った瞬間、チトセは熊の爪をギリギリの所でかわし

て、おもいきり引き付けた所で、熊に木の棒でカウンターを与えた。

 熊はチトセのカウンターを受けて、大きな体が前のめりになって、グラリと倒れた。

 チトセは自分より大きい熊を物ともせず、倒した。

「・・・・・・強い!」

 それが秋斗の素直な感想だった。

 小さい時から強かったチトセは、あの頃より更に、強く、カッコ良くなっていた。

 ・・・・・・俺はまだチトセより強くないのか?

 チトセのあまりの強さに、秋斗は呆然とした。

 そんな秋斗を見て、チトセは持っていた木の棒を秋斗に向けて言った。

「どう秋斗? アタシ、まだ秋斗よりも強いよ!」

「!!」

 秋斗はドキッとした。

 チトセ、今の言葉って・・・・・・

 俺との約束、覚えててくれてるって意味なのか・・・・・・!?

 チトセより強くなったら、結婚してくれるって言う、あの約束を・・・・・・!

 秋斗がそんな事を思った瞬間、熊が起き上がって、逃げ出した。

「チェッ、まだ起き上がれる力があったか~・・・・・・秋斗! 追うよ!」

「お、おぅ!」

 そう言って秋斗達は熊を追いかけた。

 フラフラしながら逃げる熊を追いかけて、捕まえられると思う程近づいた時だった。

 熊は秋斗達につかまりそうになると、近くにあった家の窓を突き破り、家の中に逃げ

込んだ。それを見たチトセが足を緩めて言った。

「あ・・・・・・あそこ、アタシん家だ」

「え!? 確か良子が帰ってるんじゃないのか!?」

 落ち着くチトセとは反対に秋斗は焦って聞いた。

 良子が家に居るのなら危ないだろ!

「うん、良子家にいるけど、でも・・・・・・」

「じゃあ、急いで行かなきゃ!」

「あ、ちょっとー!」

 チトセが言い終わる前に秋斗はチトセと良子の家に飛び込んだ。

「良子! 大丈夫・・・・・・なっ!!」

 家の中を見て秋斗は息を呑んだ。

 倒れている熊と、そしてその横には・・・・・・!

「白い豹・・・・・・!?」

 秋斗がチトセ達の家を開けると、そこには白豹がいた。

 2メートルはゆうに超えているんじゃないかと思う程の大きい白豹は、何故か見る者

を引き込む様な美しさがあった。

 太い手足に、綺麗な白い毛。ダークブルーの美しい瞳は、目の前で倒れる熊を睨みつ

けて、鋭い牙を剥き出しにしながら今にも襲い掛かからん勢いだ。

「あら、秋斗君」

 熊を見て興奮する白豹の隣には、白豹を宥める良子が居た。

「ほら、だから大丈夫って言おうとしたのに~」

 ゆっくり入ってきたチトセがそう言った。

 秋斗は興奮している白豹を見て言った。

「なんだよ・・・・・・コレ」

「レオ? レオは良子のペットだよ」

 チトセが白豹を指差して、ケロッと言う。

 ペット!? 豹がペットなのか?

 良子のペットに驚きながらも、ひとまず秋斗は緒方に言われた様に警察に連絡する事

にした。

「オーケー、レオ~いい子ね」

「ニャー」

 ようやく落ち着いたらしい、良子のペットのレオを見ると、レオは良子にグルグルと

喉を鳴らして甘えた。

「・・・・・・豹って、鳴き声、ニャーだったっけ?」

「あら、豹はネコ科の動物よ~」

 秋斗の質問に、答えにならない事を良子は言ってきた。

 いや、そうだけど・・・・・・。

 熊が、また起き上がっても大丈夫な様に、熊をロープでグルグル巻きにして秋斗は警

察が来るのを待った。

「折角だから良子の部屋で待ってようよ~」

「なんで私の部屋なのかしら?」

 自分の部屋ではなく、良子の部屋で待とうとチトセは言った。

「ほ、ほら、アタシの部屋汚れてるから~・・・・・・」

「だからつぐみちゃんに掃除して貰ったらいいのに」

「それは絶対、嫌!」

 チトセは良子の「つぐみちゃん」という言葉を聞くと、嫌悪感たっぷりに良子に反論

していた。

 つぐみちゃん・・・・・・?

 聞きなれない名前を聞いて気になった秋斗だったが、チトセの元気のなくなった顔を

見て、聞くことをやめといた。

 秋斗がチトセ達の家に入った時だった。

「ガゥ―――――!」

「うわっ!」

 家に入って来た秋斗に向かって、レオが襲い掛かって来た。

 ―――――ピュ~イッ!

「レオ! ストップ!!」

 良子が指笛を鳴らしてそう言うと、レオは急に動きを止めて、間一髪の所で秋斗は噛

み付かれなかった。秋斗に背を向けて、レオは良子の所へ行く。

「いい子ね~、レオ~」

「ニャー」

「・・・・・・・・・・・・」

 良子に近づいたレオは、喉を鳴らして落ち着きを取り戻した。

 レオが秋斗の近くに行くと興奮するので、良子は渋々レオと二人でリビングに残る事

にして、秋斗とチトセは良子の部屋に行った。良子の部屋に行くと、やる事がなかった

チトセは良子の本棚を見て、一冊の本を取った。

「うわ!懐かしい~!」

 チトセがそう言いながら見ていたのは、フォトアルバムだった。秋斗も一緒になって

見ると、そこには、小学生低学年のチトセの写真が合った。

 か、可愛い・・・・・・!

 秋斗は心の中でそう思いながら、チトセと一緒にアルバムに目を通した。

 ページを捲っていくと、そこには沢山のチトセの写真が合った。

 11歳のチトセ。12歳のチトセ。13歳のチトセ。

 そのアルバムにはチトセしか写っていなかった。その写真一枚一枚の下には、丁寧に

言葉が書かれていた。

 ~泣いた顔もカワイイ~

 ~困った顔がカワイイ~

 ~食べてる時もカワイイ~

 ~笑顔が一番ステキ~

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 チトセは何も言わずに、スッと立ち上がりアルバムを元の場所に片付けた。

 秋斗はその事は触れないでおこうと思い、ふと、良子の部屋を見回した。部屋には、

沢山の賞状やトロフィーが飾られていた。

 これって・・・・・・。

 秋斗が部屋にある沢山の賞状をみて驚いていると、そんな秋斗を見たチトセが秋斗を

見て言った。

「実はね~良子、小さい頃から天才少女って言われてて、色んな賞取ってるんだよ」

「マジかよ!?」

 チトセの言葉を聞いて驚いた秋斗は、良子の賞状に書かれた名前を見て、ある事を思

い出して更に驚いた。

 夢野良子。確か彼女は、わずか10才という若さで大学を卒業し、色々な賞を受賞し

、天才少女と呼ばれた。というニュースを、昔テレビで見た事があった。

 まさかそれが良子の事だったなんて・・・・・・。

 その天才少女の父親の社長は、不慮の事故で亡くなってしまったというのも、ニュー

スで報道されていた。

 チトセと一緒に住んでるのも、その事に何か関係があるのかな・・・・・・?

 そんな事を思いながら、リビングでくつろぐ良子を見て、秋斗は、熊よりも、豹より

も、もっと驚く物を見た。

 良子の後ろには、可愛らしいフリフリのエプロンを着た、ニューハーフが居た。

 なんかどこかで見た事がある気が・・・・・。

「アイツは・・・・・・」

「アイツの事には触れないで・・・・・・」

 ニューハーフの事を聞いた秋斗に、珍しく暗い顔をするチトセを見て、チトセも大変

なんだなと秋斗は思った。

 そうこうしてると警察が到着したので、今日の出来事を説明した後、無事に熊を捕獲

するのを見て秋斗は家に帰った。

 それにしても、あの熊・・・・・・

 なんであんな変な模様をしてたんだ・・・・・・?

 そんな事を考えながら秋斗は家に帰る。

「秋斗遅いよ~!」

「秋斗様、心配しました!」

 家に着くなりカナと優が秋斗を見て、言った。

「遅くなってゴメンな」

 優は、秋斗が帰って来るのを見ると、テーブルにご飯を並べてくれた。秋斗は、夕飯

を皆で食べながら、ちょっと前のチトセの言葉を思い出す。

「どう秋斗? アタシはまだ秋斗より強いよ!」

 チトセ、君はあの時の約束を覚えててくれてる。

 そして俺が君より強くなったその時は・・・・・・。

 ・・・・・・そう思っていいんだよね?

 そんな事を考えている秋斗の顔を見て二人が言った。

「秋斗・・・・・・鼻の下伸びてる・・・・・・キモイ・・・・・・」

「秋斗様・・・・・・キモイです・・・・・・」

 チトセの言葉に機嫌を良くしていた秋斗は、二人のそんな言葉も全然気にならなかっ

た。そうこうして秋斗達はご飯を食べて眠りに付いた。




「町長、スターベアを1匹捕獲しました」

 金村は今日の報告をしに、町長室に来ていた。

「うむ、一部始終は見ておった。生徒が捕まえておるではないか。まったくお前らは役

に立たない。未来の金の卵に傷が付かなかったから良かったものの・・・・・・」

 町長の小言を、いつもの様に右から左に聞き流して金村は頭を下げる。

「は、申し訳ありません」

「いいか、なんとしても、生徒に被害が出る前に捕まえるのじゃ」

「はい。了解しました。失礼します」

 町長室を出ると金村は、残りの一匹のスターベアの事を考えてため息をつく。

 あいつは今日捕まえたスターベアよりも、力もスピードもある・・・・・・。

 早いとこ見つけないと、本当に学園の生徒が危ないな。一歩間違えたら生徒の身に取

り返しの付かない事態を招いても可笑しくない。元はといえば、警備に気を抜いていた

やつらが悪いのに、なんで私があの爺に気を使わないといけないのだ。面白くない。

 そんな事を考えながら、車に乗り込み、タバコに火をつけ一息つく。

 煙を吹かしながら、今日活躍した1年生の事を思い出す。

 今日のスターベアを捕獲する事が出来た生徒、西園寺チトセ。

 あの凶暴なスターベアを倒すとは・・・・・・今年は面白い人材がいるではないか。

 そういえば、1年の担任の緒方に、明日までにあの書類を作るように言っていたな。

 私のこのストレスを、奴で解消させて貰うとするか。

 そんな事を考える金村の怪しい高笑いが、街にこだました。




 次の日、秋斗達はいつもの様に朝食を三人で食べると、優に笑顔で見送られながら学

校に行った。学校に着くと教室は、昨日捕まった熊の話で持ちきりだった。

「おい秋斗、聞いたか? 緒方が言ってた例の熊、スターベアが捕まったらしいぜ!」

 教室に入るなり、翔が興奮しながら言ってきた。

「スターベア・・・・・・?」

 なにやら聞きなれない単語が出てきて秋斗は聞いた。そんな秋斗に翔は人差し指を立

てながら、自慢げに説明する。

「何でもその熊を目撃した子の証言によると、熊の体に星の模様があるらしくて、皆に

「スターベア(星熊)」なんて言われてるみてーだぜ」

「へ~」

 翔は情報通で、話を耳に入れるのが早い。

「お、秋斗にカナに翔、おっはよ~!」

 秋斗と翔がそんな話をしていると、チトセと良子が登校してきた。

「なーなー聞いてよー!」

 翔が早速仕入れた新しく情報を、チトセと良子に話す。

「それ昨日捕まえたのアタシ達だよ」

「えっ!?」

 教室の皆が驚いた。

「マジかよ!?」

「凄いでしょ~!」

 翔の驚く顔を見て、チトセは嬉しそうだった。

 そんな事を言いながら、いつもの様に、同級生からプレゼントを貰ったチトセのお菓

子を貰おうと、カナが子犬の様に目を輝かせていた。そうこうしている内に担任の緒方

が来たので皆席に着く。

「お前ら~今日は急遽、校長先生が1学年の全体朝礼を開く事になった。1年の皆は今

から体育館にいくぞ~」

 緒方がそう言うと、教室がガヤガヤした。カナが秋斗を見ながら言ってきた。

「校長先生が朝礼だって、何かあるのかな~?」

「さあ、あの変態校長の事だ。ど~せロクでもね~事だろ」

 カナにそう返して、秋斗達は体育館に向かった。

 秋斗のクラスが体育館に着くと、他のクラスの生徒は既に皆集まっていて1学年全員

が集合した。体育館の壇上には、校長と、胸の大きな女性が居た。

 秋斗のクラスが列に並ぶと、壇上で今か今かと待っていた校長が口を開いた。

「よし、4組が来たので、皆そろったな! 今日は、お前等の為に、新入生歓迎パー

ティー! 新歓しんかんを今から開催する!」

 校長の一言で体育館中がざわついた。

「新歓って言ったって何もないじゃん」

「そーだそーだ!」

 校長の言葉を聞いて、生徒からそんな声が上がった。

 体育館には、普通の新入生歓迎会だったらありそうな、出し物や屋台などが何も無か

った。体育館には、1学年の生徒と担任の教師、壇上の上に、校長と女性の二人しか居

なかった。

 一体、何する気だ?

 秋斗がそんな事を思っていると、校長は口を開いた。

「お前ら、1年4組の西園寺チトセは知っているな?」

 皆がチトセを見る。チトセはアタシ? と言う顔をしていた。

 そんなチトセに構わず、校長は喋り続ける。

「この学年のほとんどの生徒が西園寺チトセに好意を持っている事は、校長先生独自の

調査により確認済みだ!」

 なっ・・・・・・! どんな調査だよっ!

 って、もしかして、昨日俺とチトセが集計した調査のやつか!?

 あれって、この為の調査だったのか!!

 秋斗がそんな事を思っている間にも、校長は話続ける。

「お前らに学園生活をエンジョイして貰おうと思い、そこで私は考えた! 今から西園

寺チトセに勝負を挑んで勝てた者には、西園寺チトセとキスが出来る権利をやろう!」

 校長先生の突飛な発言に、体育館は一度静寂に包まれたが、一瞬にして歓声がこだま

した。

「うおー!」

「いいぞー!」

「校長最高ー!」

 そんな声が、何故か男女問わず聞こえてくる。

 ろくでもないどころじゃない! 

 なんだよそれ! そんなの、チトセの気持ちはどうなるんだよ!

 秋斗がそんな事を考えていると、校長と目が合った。校長は、口の端を少し上げると

チトセを見て言った。

「もちろん、西園寺チトセの気持ちもある! そうだな、西園寺チトセがもし皆に勝て

たら、お前の欲しい物何でも一つ与えよう。だが負けた時はその生徒とキスだ。やるか

やらないかはお前が決めてよい。どうする? やるか? やらないか?」

 体育館はもう一度静寂に包まれた。

 皆がチトセの答えを待っている。

 頼む! チトセ! いくらお前が強いからって1学年皆を相手に戦うなんて、そんな

事やるなんて言わないでくれ・・・・・・!

 しかし、そんな秋斗の願いも虚しく、チトセは二ヤッと笑って言った。

「アタシが買ったら欲しい物一つ何でもくれるのね? 面白い! いいわよ! その勝

負、乗った!」

 チトセのその一言で体育館はまた歓声に包まれた。

「まじかよ!」

「やった!」

「チ、チトセちゃんと・・・・・・キス!」

 そんな声が聞こえてくる。

 ・・・・・・まあなんとなく断らなさそうな気はしてたんだ。だってチトセだもの。

 そんな喜ぶ生徒を見て、校長は言う。

「西園寺、お前ならこの勝負、受けてくれると思っていたぞ! ちなみに皆に言ってお

くが、西園寺は格闘技術という点でランクA+を獲得しているからな! 皆遠慮なんて

いらないぞ! 本気で行け!」

 校長がそう言うと体育館は一気にどよめいた。

「A+・・・・・・」

「勝てる気しねーよ・・・・・・」

「つ、つえー・・・・・・」

 皆が驚いている。というか、秋斗も驚いていた。秋斗の格闘技術はBーだった。

 余裕で負けてるよ・・・・・・。

 そんな尻込みする生徒に後押しするかのように、校長は言った。

「もし、西園寺チトセに勝てる事が出来た生徒のクラスは、全員特別に、学校を休み、

1泊2日のビーチパーティーに行ける事にしよう!」

 そんな校長の言葉を聞いて、遊びたい盛りの生徒のボルテージは一気に上がった。

 そんな生徒達を見て満足した様に、校長は言った。

「西園寺チトセを倒す事が出来た者にはキスの権利を! そしてその勝った者のクラス

全員に、ビーチパーティに行ける権利を与える! 試合は今から30分間! 先着1名

だけだぞ! それではスタートだ!」

 校長の言葉を聞いて、体育館は「ウオー」という歓声に包まれた。校長の隣に居た教

頭は、そんな興奮した生徒達の姿を見て、心配そうに校長に聞く。

「こんな事して大丈夫なんですか?」

 それを聞いた校長は、楽しそうに言った。

「なぁに、心配はいらんよ」

 一人の男子生徒が「チトセちゃ~ん」と言ってチトセに向かって行くと、それが口火

だったかのように、皆がチトセに向かって行った。

「チトセちゃ~ん!」

「西園寺様~!」

「チトセー」

 そんな言葉が飛び交った。

 チトセ! 頼むから、誰にも負けないでくれ!

 そんな事を思う秋斗の横で、良子がレオ連れて来ようかしら・・・な~んてね。と言

っていた。

 目が笑ってないんですけど・・・・・・。

 ふとチトセの事を見てみると、チトセは襲い掛かる相手をまったく物ともせず、次々

となぎ倒していった。

 なんだか俺の心配は無駄に終わりそうだな・・・・・・。

 そんな事を思っていると、中々強いやつが現れたようで、チトセが手こずっていた。

 なんだかチトセが押されている。

「これ、ちょっとやばくないか?」

「そうね~ちょっとやばいわね~」

 秋斗がそう言うと、隣にいた良子もそう思ったらしく賛同してくる。

「助太刀に行ってきなさいっ」

「・・・・・・え?う、うわっ!」

 秋斗は良子に押されて、戦いの真っ最中のチトセと男子生徒の間に入った。

「なんだ!?貴様もチヒロちゃんを狙うやつだな!」

「いや、俺は・・・・・・」

 否定しようとする秋斗に男子生徒が問答無用で襲ってきた。

「チヒロちゃんを狙うやつは全部倒す!」

「うわ! なんでこうなるんだよ!」

「グへッ!」

 聞く耳を持とうとしない男子生徒を、秋斗は一撃でのした。

「最後は秋斗? いいわ、かかってきなさい!」

「・・・・・・へ?」

 周りを見ると、皆チトセにやられたようで、体育館の中央には秋斗とチトセの二人し

か居なかった。皆、固唾を呑んで、秋斗とチトセを見守っている。

「い、いや、俺は違・・・・・・」

 違う。と言おうとして言葉を飲み込んだ。

 これは、俺がチトセより強くなれたのか確かめるチャンスじゃないのか?

 そう思って、違う。と言うのを止めた。

「なに? やらないの?」

「いや・・・・・・いくぜ! チトセ!」

 そう言った秋斗に、チトセが嬉しそうに「そうこなくっちゃ!」と言って笑った。

 秋斗の言葉を合図に、戦いの火蓋が切って落とされた。秋斗の打撃を交わして、チト

セが反撃に出てくる。

「早い・・・・・・!」

 チトセとスターベアの戦いを見ていて分かっていたつもりだったが、実際戦って見て

チトセの強さを再度実感する。

 だけど・・・・・・力では俺の方が上だ!

 チトセの打撃をガードして、秋斗は確信した。

「ここだ・・・・・・!」

 チトセが秋斗に攻撃をしてきたのを、秋斗は腕でガードしてチトセの腕を掴まえた。

 チトセの腕を掴みながら、秋斗は言った。

「チトセ、降参しろ!」

「誰が・・・・・・!」

 チトセは、秋斗に掴まえられながらも、降参する気はなかった。チトセを動きを完全

に止めようとした秋斗の一瞬の隙を突いて、チトセは秋斗から逃れた。

「くそっ」

 また、チトセの攻撃を受けて掴まえようとした秋斗だったが、掴まえられる事を警戒

したチトセは、秋斗に攻撃をすると、すぐに離れた。二人とも見詰め合って、一歩も動

かなかった。

 素早さでは、チトセの方が早く、力では秋斗の方が強かった。秋斗とチトセの勝負は

互角だった。

 そんな二人を見て、校長が隣に居た教頭に言う。

「これは先に動いた方が負けるな」

「え・・・・・・」

 校長の言葉を聞いた教頭が、固唾を呑んで、戦う二人の生徒を見守る。

 秋斗とチトセも、そう思ったのか睨み合ったまま動かない。

「この手は使いたくなかったんだが・・・・・・」

「ん・・・・・・?」

 秋斗はそう言うと、自分の胸ポケットからゴソゴソと何かを取り出した。

「あ! クーちゃん!」

 チトセは秋斗の取り出した物を見て声を張り上げた。

 秋斗が胸ポケットから出したのは、手のひらサイズの小さいクーちゃん人形だった。

秋斗の家に沢山のクーちゃん人形が合ったので、秋斗は昔クーちゃんが大好きだったチ

トセにあげようと思って、持ち歩いていた。

 だけど上げるタイミングが中々みつからず、渡せずにいたが、今日こんな所で使うな

んて夢にも思っていなかった。

「ほらっ」

 秋斗は自分の右の方に、クーちゃん人形を投げた。

「クーちゃーん!」

 チトセは目を輝かせて、秋斗の投げたクーちゃん人形に飛びついた。秋斗はそんなチ

トセを後ろから掴まえた。

「・・・・・・動きましたね」

「・・・・・・負けたな」

 壇上で見守っていた二人は呆れた声を上げた。

「ちょ、ちょっとタンマ!」

「タンマなんてなしだぜ!」 

 秋斗に飛びつかれたチトセは、秋斗の体重を支えきれずに押し倒された。

「む・・・・・・そこまでだ! 勝者、岩神秋斗!」

 秋斗がチトセの上に覆いかぶさる姿を見て、校長がそう言った。校長のその言葉を聞

き、体育館は一気に歓声に包まれた。

「キス! キス!」

 という割れんばかりのキスコールが起こる。良子は秋斗を見て、またあの恐ろしい顔

を向けていた。カナも息を呑んで、秋斗を見る。

「あっちゃ~負けちゃったか~」

 そう言ってチトセが秋斗に近寄ってくる。

 俺、チトセとキスするのか?

 嬉しいけど、皆の前ではちょっと・・・・・・。

 秋斗がそんな事を考えていると、いきなり体育館内がざわつきだした。そのざわつき

の方を見ると、そこには秋斗達が昨日見たスターベアよりも、遥かに大きいスターベア

が立っていた。

「ちっ、こんな時に・・・・・・」

 スターベアを見た校長が苦い顔をして言う。

 スターベアは、逃げ惑う1学年の生徒を掻き分け、秋斗達に所に向かってきた。

 驚くほど早いスピードで。

「秋斗! 危ない!」

 スターベアのスピードに驚いて動けなくなった秋斗をチトセが庇ってくれた。秋斗達

に向けた突進が二人に当たらず、スターベアは体育館の壁にぶつかった。そのスターベ

アがぶつかったコンクリートの壁がボロボロと崩れていく。

「ガルルル――――!」

 そんな興奮したスターベアを見て秋斗は驚く。

 このスターベア、昨日捕まえた奴よりスピードもパワーも段違いに強い!

 興奮したスターベアはまた秋斗達に向かって突進して来る。

 だめだ! 早すぎる! 避けきれない・・・・・・!

 秋斗がそう思った瞬間、チトセが秋斗の前に来て秋斗を庇った。

「チトセ――――――!」

 秋斗を庇ってスターベアに吹き飛ばされたチトセは、壁に叩きつけられてしまった。

 そんな秋斗達の姿を見ていた、体育館の壇上に居た教頭先生が校長に言った。

「校長、西園寺チトセがいくら戦闘技術がA+と言ったって、それは剣を持った剣技(

剣の技術)の時の話です。岩神秋斗という生徒には、あのスターベアは倒せません。こ

のままではやられてしまいます。今、ここに居る教師で取り押さえるべきです」

 教頭と同じ事を思っているのか、何名かの教師は、校長の「行くな」という視線にど

うしたらいいのか戸惑っている表情をしている。

 自分の生徒が危険になった状況を見かねて、緒方が校長の所へ急いで来た。

「校長、教員で取り押さえるべきです!」

 緒方の言葉を聞いた教頭も、頷いた。

 そんな慌てる緒方達を見て校長は落ち着き払って言う。

「待機だ」

「・・・・・・死にますよ?」

 そんな緒方の言葉を聞いて、珍しく校長も真面目な顔をして言う。

「まあ待て、後から行っても遅くはない」

「しかし・・・・・・」

「それに、今年の1学年は面白いやつが多い。見てみろ、私の提案した素晴らしい勝負

に全く興味を示さず壁に腰を下ろしていた何名かの生徒。奴等、スターベアを見た瞬間

から、いつでも戦える体勢に入っている」

 それを聞いた緒方と教頭は、体育館を見渡した。

 すると、校長の言う通り体育館の隅で、いつでも戦える様に、臨戦態勢に入った数名

の生徒が居た。

「確かに、今年の1年は面白い奴が多そうですね・・・・・・しかし・・・・・・」

 そう言って緒方はスターベアに苦戦する秋斗を見る。秋斗は押されていた。

 チトセが吹き飛ばされた怒りに任せてスターベアに立ち向かったが、あまりのスター

ベアの速さに、スターベアの攻撃に逃げるので精一杯だった。

 だが校長の言う通り、緒方と教頭は、ひとまず状況を見守る事にした。

 秋斗はスターベアの攻撃を何とか避けながら思う。

 スターベアの攻撃を喰らえば、きっとひとたまりもない。

 胸に風穴が空く。と言うか、死んでしまうんじゃねーか?

 秋斗達への突進に失敗して、スターベアは壁に激突した。

 そのコンクリートの壁が崩れる程の破壊力。それにこのスターベアの鋭い爪。

 何とか避けてはいるものの、これをまともに喰らったら・・・・・・。

 考えただけでも、ゾッとした。そんな事を考えながらスターベアの攻撃を避けている

と、秋斗は足を滑らせてしまった。

「あ・・・・・・」

 体勢が崩れた秋斗に向かって、スターベアの鋭く尖った爪が飛んでくる。

 避けきれない・・・・・・!

 俺、死んじまうのか・・・・・・? せっかく、せっかくチトセに会えたのに!!

「「「「秋斗ー!」」」」

 チトセ、カナ、良子、翔の声が聞こえる。秋斗は目を瞑った。

 秋斗の体に、受けた事もない痛みと衝撃が襲う。と、思った。だが痛みはなかった。

「あれ・・・・・・痛くない・・・・・・?」

 恐る恐る目を開け、目の前に広がる光景を見て秋斗は言葉を失った。

 カナが秋斗の前に来て、秋斗の変わりにスターベアの鋭い爪をもろに受けていた。

 小さな体がスターベアの爪を体に食い込ませて、宙に浮く。スターベアが腕を引くと

まるでスローモーションの様にカナの細い体が地面に落ちる。

 地面に落ちた、小さな体を秋斗は急いで抱き寄せた。口から血を出すカナを見て、秋

斗の手が震える。消え入りそうなカナの声が、かすかに聞こえた。

「秋斗・・・・・・良か・・・・・・った・・・・・・無事・・・・・・」

「カナ!!」

 そう言うとカナは気を失った。秋斗はそんな傷ついたカナの体を、強く抱きしめて思

う。

 憎い! 憎い! 憎い! 憎い!

 大好きなチトセを傷つけた事もそうだし、大事な家族にまでこんな事を・・・・・・

 ・・・・・・許せない! ・・・・・・許さない!

 何で俺は、こんなに弱い!? 大事な人さえ守れない・・・・・・。

 強くなりたい! 大切な人を守れるくらい、・・・・・・強く!!

 そんな秋斗達の状況を見かねて、緒方が校長に言う。

「校長! これ以上は・・・・・・!」

「ああ・・・・・・仕方ない。教員! ただちに・・・・・・なっ!」

 校長は教師達にスターベアを捕まえるよう指示を出そうとして、固まった。

「校長・・・・・・?」

 校長の視線の方を見て、緒方と教頭も驚く。

 そこには、スターベアを睨みつけながら、体からオーラを放つ秋斗の姿があった。

「これは・・・・・・!」

「な、七色・・・・・・!?」

 秋斗の体は、美しい七色のオーラに包まれていた。

 壇上に居た3人だけでなく、体育館にいた皆が秋斗を見て驚いた。

 この10年で発見された異能者のオーラは、白、黄、赤、青、緑、茶、金といった7

種類の色しか発見されていなかった。色のオーラなんて、誰も見た事も聞いた事もなか

った。

 そんな七色のオーラを体にまとう秋斗を見て、校長が驚き声を漏らす。

「神々の王・・・・・・」

「え・・・・・・?」

「神々・・・・・・?」

 秋斗の後ろには、神話上の人物、神々の王ゼウスの姿が、秋斗の体の10倍はあるの

ではないかという程の大きさで居た。

 教頭と緒方は、校長に訝しげな視線を向けた。校長には見えていたが、2人にはその

姿は見えていなかった。

 チトセと良子、翔にもその姿は見えていて、三人は驚きの声を上げていた。が、他の

生徒には、まるで見えていない様だった。

 そんなゼウスの姿は、すぐにスウっと消えて、美しい七色のオーラを見にまとう秋斗

の姿だけが、そこにはあった。

 そんな訳が分からない、という顔をする2人の顔を見て校長は言った

「7つの色を持つ者現れし時、神々の王ゼウスのみ使える、最大異能「マルカル」を使

い、十の神を率いて、地獄の王ハデスを倒し世界を救うであろう・・・。ある異能者の

予言だ・・・・・・」

「・・・・・・マルカル・・・・・・?」

 校長はそれだけを言うと、秋斗を見直した。

「異能者・・・・・・」

「七色のオーラなんて聞いた事ない」

「スゲー・・・・・・」

 そんな周りの皆の言葉なんてまったく聞こえてない程。秋斗は我を忘れて目の前にい

るスターベアの瞳、ただ一点だけを睨みつけていた。

「許さねー・・・・・・!! ぜってー許さね―――!!」

「グルルルァ―――!!」

 尚も興奮したスターベアが秋斗に襲い掛かる。

「危ない!! なっ!! 」

 壇上で見守っていた緒方は、スターベアに襲われる秋斗を見て、驚きの声を上げた。

 さっきまでスターベアに防戦一方だったはずの秋斗が、今度はスターベアを圧倒して

いた。

 スターベアが秋斗に爪を突き刺す。だが、秋斗はスターベアの攻撃を避ける事なく、

腕を掴まえ攻撃を止めた。

 秋斗の体に力が沸いてくる。今までにないパワーを秋斗は感じる。

 秋斗に掴まれたスターベアの腕がゴキッと嫌な音を立ててスターベアは苦痛の雄叫び

を上げた。スターベアが秋斗に噛み付こうとすると、秋斗はスターベアを思い切り蹴り

飛ばした。

 秋斗に蹴られたスターベアは、壁まで吹き飛ばされ、コンクリートの壁がスターベア

の体で崩れる。緒方は、秋斗の力に驚嘆の声を上げる。

「スピードもさっきより格段に上がってるが、それに加えてあのスターベア圧倒する、

この力。確か岩神秋斗のパワーテストはCーだったはず。それなのに、今見る限りでは

パワーもスピードもA・・・・・・いや、Sクラス! どうなっているんだ?」

「フッ、これも異能者のパワーか・・・・・・?」

 驚く緒方と教頭をよそに校長は嬉しそうだった。

 スターベアを物ともせず、秋斗はスターベアの所に行くと、倒れるスターベアを持ち

上げ、拳を、蹴りを、滅多打ちに叩き込んだ。

「グオ――・・・・・・」

 秋斗の容赦のない攻撃を受けて、スターベアは地面に倒れた。

「うお―――――!」

「そこまでだ!!」

 倒れたスターベアにとどめの一撃を入れようとした時、いつの間に秋斗の所に来たの

か、校長が秋斗を止める。

「もう気を失っている」

 校長にそう言われて、秋斗は我に返った。目の前に倒れたスターベアは、校長の言う

通り、ピクリとも動かなかった。

「そうだ・・・・・・! カナ!」

 落ち着きを取り戻すと、秋斗は急いでカナの所に駆け寄った。

「カナ! カナ!」

 カナを呼んでも返事がない。

 それどころか、ピクリとも動かない。

「そんな・・・・・・カナ・・・・・・!」

「「「カナ!」」」

 そんな秋斗の所に、チトセと良子、翔も駆け寄ってきた。皆でカナの名前を呼ぶが、

反応はない。秋斗の目から零れた雫が、抱きしめるカナの頬に落ちる。

 秋斗は声を搾り出して、カナに言った。

「カナ、俺を庇って・・・・・・死んじまうなんて・・・・・・!!」

「・・・・・・勝手に殺さないでよ・・・・・・」

「カナ!」

 秋斗の言葉を聞いたカナが、目を覚ますと不機嫌な顔をして秋斗に言った。

「え、だってお前、あのスターベアの爪をもろに喰らって・・・・・・」

 カナはあのスターベアの攻撃をもろに喰らっていた。普通だったら、無事ではいられ

ない。だけど落ち着いて良く見てみると、カナのお腹からは血なんて出ていなかった。

 それに、「あ~ビックリした~」なんてのん気な事を言っている。

 一体、どうなってるんだ?

 そう思う秋斗の顔を見て、カナは言った。

「実はね~こんな事もあろうかと、お腹に防弾チョッキを仕込んでおきました~」

 そう言ってカナは洋服を捲り上げて、ポッカリ穴が開いた防弾チョッキを秋斗達に見

せた。

「こんなことあるなんて、普通思わねーよ!」

 そんなツッコミをカナにいれながら、秋斗はいつものカナの笑顔を見てホッとした。

 何故か、こんな事があっても大丈夫なようにと思ったカナが、防弾チョッキを着てい

て大事には至らなかった。口から少し出ていた血も、攻撃を受けた時の衝撃によるもの

で、特に大きな心配をする様な事ではなかった。

「そうか・・・・・・、本当に良かった・・・・・・」

「「「秋斗!?」」」

 そう言って、秋斗は倒れてしまった。

 心配する皆に校長が言った。

「大丈夫だ。きっと、初めて異能の力を使ったので疲れてしまったのだろう」

 それを聞いて、皆は安心した。

 薄れゆく意識の中で、秋斗はチトセが何かを言ったのを聞いた気がした。

「秋斗、強くなったね」

 だけど、それを聞き終わる前に秋斗の意識は遠のいてしまった。

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