出会い
またまた時間は白龍学園の入学式が終わった頃に、少し戻る。
「あ~入学式やっと終わった~!」
「それにしても、面白い校長先生だったわね~♪」
「うん! 良子もやっぱそう思った? あんな人が校長先生なんて最っ高だよ! ここ
の学園選んで正解~♪」
入学式も終わり、チトセと良子は上機嫌でそんな話をしながら家に向かう。
「そういえば、家政婦ってどんな「P45」かしらね」
「あ、それ超楽しみ~! 萌え萌えでドジっ子なキャラだったらいいな~!」
「私は料理が上手な家政婦だったら嬉しいわ」
「あ、それ重要!」
家政婦の話に華を咲かせながら、二人は家に着いた。
「ただいま~!」
「ただいま」
ワクワクしながらチトセは家のドアを開ける。すると家の奥からドタドタとたくまし
い体にエプロンを着けた家政婦が走ってきた。
「あ~ら、待ってたわよ~。お・か・え・り。私、今日からこの家の家政婦になった、
つぐみよ~よろしくね~!」
「なんでお前が居るのよー!!」
「・・・・・・プッ」
そこには、街の入り口で案内人をしていたニューハーフが居た。
良子は肩を震わせて笑いを堪えながらチトセを見ている。
「レオ、レオは!?」
チトセが良子のペットのレオを呼ぶと、レオが良子の部屋の奥からのそのそと出て来
た。レオが出てくるなり、チトセは大声で言った。
「レオ! コイツを噛み殺すのよ!」
チトセにそう言われたペットのレオと家政婦のつぐみは、三秒程見つめあうと、レオ
がじゃれる様に「ニャ~」と言ってつぐみに擦り寄った。
「あら・・・・・・」
「ウソッ! なんで!?」
レオが良子以外の人にじゃれついているのを初めて見る、チトセと良子は驚いた。
レオは、10年も一緒に暮らしていたチトセにさえ懐かなかった。それなのに、今日
会ったばかりの家政婦のつぐみに、懐きまくっていた。
「今日から三年間、私があなた達のお世話をする事になったから、仲良くしましょ~」
「よろしくね~つぐみちゃん」
そう言われた良子は何故か楽しそうだった。
「い、嫌だ――――――――!!」
チトセの悲しい叫び声が街に響いた。
白龍学園、学校生活初日の今日、岩神家の朝は変な匂いから始まった。
なんだか焦げた匂いがする。
「まさか・・・・・・」
秋斗は急いでキッチンの方に行った。
そこには、なにやらオロオロうろたえる優がいた。
「どうした!?」
「あ、秋斗様・・・・・・!」
涙目の優の指さす方にはパン焼き機があり、何故かそこから大量の煙が出ていた。
秋斗はすぐに家中の窓を開けて煙を外に出した。
煙が出ていたパン焼き機を開けて見てみると、真っ黒になったパンが炭の様になって
いた。
「私、お役にたとうと・・・・・・」
「・・・・・・悪いのはお前じゃない。校長だ」
そう言って、泣きじゃくる優の肩をポンポンと宥める様に叩いて、秋斗はインターネ
ットで朝食を頼んだ。インターネットで注文した料理が届くとカナが起きてきたので、
一緒に朝食を食べて学校に行く事にした。
「いいか、優。絶対、火は使っちゃ駄目だからな!」
「はい! わかりました!」
「じゃあ、行ってくるね~」
「行ってきます・・・・・・」
「行ってらしゃいませ~!」
秋斗は優に火を使う事を禁止して、笑顔で一生懸命手を振る優に見送られながら、秋
斗とカナは学校に向かった。
「確か俺とカナは4組で同じクラスだったよな・・・・・・」
昨日秋斗は、自宅のパソコンに学校から送られてきたクラス案内メールを寝る前に見
て、自分とカナのクラスを確認していた。
クラスは1学年で5クラスあり、秋斗とカナは同じ4組だった。
校舎は1学年、2学年、3学年の校舎と、校長先生や教師の校舎の4つに分けられて
いた。
「凄い広いね~!」
カナは昨日買ったお菓子を幸せそうに食べながら、学園の広さに関心している。
秋斗は案内人から貰った紙に書かれた地図を頼りに、1年4組を探した。
「ここか・・・・・・」
広い校内に戸惑いながらも、秋斗達はようやくクラス到着した。
ドアを開けて教室に入ると、すでに教室にいた同級生の視線が秋斗達に向けられた。
いや、正確に言うと同級生の視線はカナに向けられていた。
「おい、あの子見ろよ、めっちゃ可愛いぞ」
「うわーちっちゃい、可愛い~」
体が小さい事を気にしているカナは、周りから聞こえるそんな声を聞いて少しムスッ
としていたが、そんな声を無視して、秋斗達は机に書かれた自分の名前の席に着いた。
教室の入り口側の、端の席の前から三番目がカナの席で、その後ろに秋斗の席が合っ
た。秋斗が席に着くと、秋斗の後ろの男子が話かけてきた。
「俺、翔って言うんだ。よろしく!」
「俺は秋斗。よろしく」
翔と名乗った男は、自分の体よりも少し大きめの制服を着ていた。髪も、坊主ぐらい
に短い短髪の黒髪を、お洒落に所々金髪に染めていた。
この白龍学園は、学園の制服さえ着ていれば、髪を染めていようが、ピアスを付けて
いようが、問題なかった。
制服の首元から見える金色のネックレスなどを見ると、いかにもDJの様な翔は少し
やんちゃそうに見えたが、翔の屈託のない笑顔は腐れ縁の達也をどことなく思い出し、
なんとなく親近感が沸いた。
そんな翔が、カナを見ながら秋斗に聞いた。
「なあなあ、秋斗と一緒に来た女の子って、秋斗とどんな関係?」
翔だけでなく、他の人も気になるのか、クラス中の視線を感じた。
「俺とカナは兄弟だよ」
秋斗がそう言うと、教室からは「なんだ兄弟か~」と、安堵のような声が聞こえた。
なんだとはなんだ・・・・・・。
「へえ~双子? 全然似てねーんだな」
翔が驚いた様な顔をして、カナにも「よろしくな」と言うと、カナも翔に「よろしく
ね~」と言って、カナは今朝買ったお菓子を夢中になって食べていた。
クラスはカナの登場により少しざわついていたが、次に教室に入ってきた二人の女の
子の登場に教室はもっとざわついた。
「あ~やっと着いたー!」
「広くて少し迷っちゃったわね~」
その二人の女の子は、入学式の日に皆の注目を集めていた女子だった。
一人は腰まで伸ばしたストレートの黒髪の女の子。もう一人も同じストレートロング
の長髪だが、一緒の女の子とは正反対の金髪のハーフの女の子だった。二人共、スタイ
ル抜群で整った顔立ちをしている。
「スゲー・・・・・・モデルみたいだ・・・・・・」
「綺麗~!」
「可愛い!」
「あんな子と一緒のクラスなんてラッキー」
そんな声が教室で飛び交う。
「すごい美人さんだね~!」
「あ、ああ」
カナもそんな事を言って、お菓子を食べる手を止めて二人の女子に見入っていた。
カナにそう言われて、秋斗も皆の注目を集める二人の女の子に目を向けた。確かに皆
が言うほど、その二人の女の子はどの女子よりも飛びぬけて美しかった。入学式の時は
離れていてあまり見えなかったけど、近くで見ると可愛さは倍増した。
皆からそんな事を言われても、これっぽちも気にしていないかのように、二人の女子
は自分の名前が書かれた席を探し、席に着いた。
きっと言われ慣れているんだろうな・・・・・・。
秋斗はそんな事を思いながら、ふと、黒髪美人の女の子の鞄を見て驚いた。
あれは・・・・・・俺がチトセに上げたクーちゃん人形・・・・・・!?
黒髪美人の女の子の鞄には、秋斗がチトセと別れる最後の日に、チトセに上げたクー
ちゃんの人形が付いていた。
それは、あまり数が多く作られなかった、ちょっとしたプレミア物の人形だった。
秋斗の心臓は高鳴った。
もしかして・・・・・・チトセ・・・・・!?
いや、でもクーちゃん人形なんて誰でも持ってさ・・・・・・。
秋斗がそう自分に言い聞かせているた。
暫らくして、教室に若い男の先生が入って来て教室を見渡すと、席が空いてない事を
確認して皆に言った。
「よ~し、皆そろってるな~。今日から、この4組を担当する事になった緒方だ。よろ
しく~」
果てしなくやる気の無い担任、緒方は挨拶を済ませると、皆に自己紹介をするように
言った。皆がそれぞれ自分の席で自己紹介をする。二人の同級生が自己紹介を終えて、
カナの番がきた。
「岩神カナです! よろしくお願いしま~す」
カナが自己紹介をすると、「可愛い~」と言う声がまた聞こえた。
秋斗も自己紹介を済ませて、次々と自己紹介は進んでいった。よく見るとクラスには
日本人だけでなくアメリカや中国、色んな国の人がいた。中にはカナとあまり見た目が
変わらないような幼い男子もいた。
そして大体の自己紹介は終わり、皆の注目を集めていた女の子の番が来た。
金髪美人の女の子だ。
「私は夢野良子です。好きなものはチトセです。皆さんよろしく~」
・・・・・・教室はさっきまでとは違った意味でザワザワした。
チトセ!?
良子という、金髪美人の自己紹介を聞いて、秋斗だけ皆とは違う反応をしていた。
チトセ・・・・・・あの子の言ってるチトセって、俺の探してるチトセの事なのか?
後で聞いてみようかな・・・・・・。
秋斗がそんな事を思っていると、その良子という子と一緒に登校して来た、皆の注目
を浴びていたもう一人の番になった。
黒髪美人の女の子。
「アタシは西園寺チトセ! 皆、よろしくね」
「チトセ!?」
黒髪美人の女の子の自己紹介を聞いて、秋斗は椅子から立ち上がり、叫んでいた。
幼稚園の時から想い続けていた女の子、チトセと、同姓同名だったから。
「えっ・・・・・・?」
チトセと言う女の子は、秋斗の突然の大声にビックリしていた。
そんな驚くチトセに構わず、秋斗は言った。
「俺だよ! 岩神秋斗! ほら、幼稚園の時、一緒だった!」
「秋・・・・・・斗・・・・・・?」
そう言う秋斗の顔を見て、チトセが一度考えた様な顔をして、すぐ、何かを思い出し
た顔をして、手をポンっと叩いて秋斗を指差して言った。
「もしかして、アキちゃん!?」
チトセがそう言うと、担任の緒方が二人を見て言った。
「何だお前ら知り合いか? 何でもいいが、イチャつくのは後にしろ」
教室に、ドッと笑いが起きた。緒方の言葉で、チトセの次の人が自己紹介を始めた。
教室の笑い声など気にもせず、秋斗のテンションは一気に跳ね上がった。
まさか、10年間も想い続けていたチトセに、本当に会えるなんて・・・・・・!
それに、チトセは俺の事を覚えていてくれた!!
そんな有頂天になっていた秋斗の顔を見て、カナが不機嫌な顔になっていた事も、チ
トセと一緒に来ていた良子が恐ろしい顔をしていた事にも気づかない程、秋斗は舞い上
がっていた。
「皆自己紹介は終わったな~」
やる気の無い担任の緒方は、そう言うと白龍学園の生徒の心得などを面倒くさそうに
読み聞かせた。
秋斗がチトセの事で舞い上がっていると、一通り学校の話を終えた緒方が、秋斗を見
て言った。
「んじゃ、岩神。お前が級長な」
「え・・・・・・?」
いつの間にか、クラスの級長と副級長を決める話になっていた事に、秋斗は初めて気
づいた。
「んで、福級長は西園寺な~」
秋斗の返事を聞かずに、緒方は勝手に決めていった。
「え、アタシ?」
「お前等、知り合いみたいだし、いいだろ?」
「ま、別にいいけど~」
「よ~し、決まりだな」
チトセの言葉を聞いて、緒方は嬉しそうな顔をして話を続けた。
チトセと一緒にクラス委員をやるなら、別にいいかな・・・・・・。
秋斗がそんな浮ついた事を考えていると、秋斗は急に寒気を感じた。
な、なんだ・・・・・・?
そう思って周りを見ると、良子が鬼の様な形相で秋斗を見ていた。
ヒッ! なんなんだよー!!
秋斗は心の中で叫んだ。
緒方は自分の腕時計をチラッと見て時間を確認すると、皆に言った。
「よし、それじゃ~お昼時間だ。購買に買いに行くのもいいし、食堂に行ってもいい。
ここの教室で食べてもいいし、好きな所で食べていいが、1時から午後の授業が始まる
から、遅れない様に教室に来いよ~」
緒方がそう言い終わると、学校のチャイム鳴った。チャイムと同時に緒方が教室を出
ると、教室は一気に休憩モードになった。
秋斗がチトセを見ると、チトセが秋斗の所に来てくれた。
「アキちゃん! 久しぶりだね~!」
「アキちゃんはやめよーぜ・・・・・・」
秋斗は照れながらそう言った。そんな秋斗に、チトセは尚も笑顔で話しかけてくる。
「そだね、んじゃ秋斗! 何年ぶり!?」
「10年ぶりだよ!」
本当に再開出来た事に感動して、手が震えた。
10年間待ちに待った瞬間が、ついに訪れたんだ。
「二人はどう言う関係なのかしら~?」
「そうだ秋斗、俺にも教えろ~」
そんなやりとりをする秋斗とチトセに、良子と翔が聞いてきた。そんな二人を見て、
チトセが言った。
「幼稚園の時の友達だよ」
チトセがそう答える。
・・・・・・友達。
チトセ覚えてる? 俺が君より強くなったら、その時、君は俺と・・・・・・!
「・・・・・・ヒッ!!」
そんな事を考えていてふと横を見ると、そんな秋斗の顔を良子がまさしく鬼の様な形
相で秋斗を見ていた。カタカタ震える秋斗の肩。
こんな殺気、感じたことが無い!
「ん? どうしたの?」
そんな秋斗達を見てチトセが良子に聞いた。すると、さっきまでの殺気は嘘だったか
のように良子の顔はパアッと明るくなり、「なんでもないわ~」と良子は言った。
なんださっきのは!? 幻だったのか?
・・・・・・そうだ、昨日いろんな事があって、俺は疲れてるんだ。
秋斗がそう思って前を見ると、カナがプーっと頬を膨らませて、拗ねた様な顔をして
いた。
「カナ? どうした?」
「なんでもない・・・・・・」
どうしたんだろう。と思っていると、チトセが秋斗に聞いてきた。
「秋斗? この子は?」
「カナは俺の兄弟だよ」
「え、秋斗に兄弟なんていたっけ?」
「実は親戚でさ、色々あって、チトセが引越しちゃった後ぐらいから一緒に住んでるん
だ」
「へ~」
秋斗の話を聞いて、チトセがカナをジーっと見る。その姿は、昔の幼稚園の頃のチト
セを思い出させるものがあった。
何だか昔からこう言う所は変わってないな。
そんなチトセは、カナを見て笑顔で言った。
「カナ、アタシはチトセ! よろしくね」
「よろしく・・・・・・」
チトセにそう言われて、カナは何だか複雑そうな顔をした。
カナの奴どうしたんだ?
秋斗は考えて、一つの結論にたどり着いた。
きっとお腹空いてるんだな。
そう思い、皆に食堂に行こうと言った。
「俺も行く~」
翔の言葉に頷いて、秋斗、カナ、チトセ、良子、翔の5人で食堂に行った。
「わっ・・・・・・あの子綺麗・・・・・・」
「うわ~足、長っ!!」
「キャー、あの子可愛い」
食堂に行くと、チトセや良子やカナを見て、皆が声を上げた。
「や、やっぱスゲーな・・・・・・」
「あ、ああ・・・・・・」
秋斗と翔は、三人の可愛さを再確認した。
食堂には、ラーメンやステーキまで、幅広い料理があったが、秋斗達はバイキングの
料理がある列に並んで5人で座れる所を探して座った。ご飯を食べながら、秋斗はチト
セに聞いた。
「チトセと良子って、中学からの友達?」
「うん。って言うか、小学校からの友達だけどね」
「も~、友達じゃなくて、親友。でしょ~」
チトセの返事に、良子が野次を入れた。
「それに、良子も色々あって、アタシと小さい頃から一緒に住んでるんだ」
「へ~そうなんだ~」
自分の本当の親と一緒に住んでいない。と言う境遇に共感したのか、カナが驚きの声
を上げた。なんだかカナの機嫌も直ったように思えた。
やっぱりお腹空いてただけか。
秋斗はそう思って安心した。
久しぶりの再開にテンションも上がり、皆と話に盛り上がっていると、あっという間
に昼休みは終わってしまい、秋斗達は教室に戻った。
秋斗達が席に着くと、緒方が教室にやってきた。昼ご飯を食べたからか、なんだか眠
そうな緒方の話を聞いて、その日の学校は終わった。
学校の帰り、秋斗達はお昼の5人のメンバーで、それぞれ自分の家の分かれ道まで、
一緒に帰った。家に向かいながらチトセがカナを見て言う。
「カナはちっちゃくて可愛いな~」
「ば、馬鹿!」
「ん! カナ、ちっちゃくないもん!」
カナが気にしていることを・・・・・・。
カナは小さいとか、そういう事を言われると、一日中へそを曲げてしまう。秋斗がす
っかりへそを曲げてしまったカナを見て、どうしたもんかと思っていると、チトセがカ
ナを宥めるように言った。
「ごめん、ごめん! あ、ほら! コレあげるから許して」
そう言ってチトセがカナに渡した物は、手作りのケーキだった。
「ん? ケーキ・・・・・・パクッ。・・・・・・なにこれ! おいしー」
「そう? 良かった~」
秋斗の心配を余所に、カナの機嫌は簡単に直った。
「あら本当、可愛いわね~」
カナの幸せそうな顔を見て、良子もそんな事を言った。そんな良子の顔は、なんだか
面白い物を見つけたという様な顔をしていた。
なんか、良子とチトセってちょっと似てるかもしれないな・・・・・・。
秋斗はそんな事を思いながら、ふと疑問に思ったことをチトセに聞いた。
「どうしたんだよ、あのケーキ」
「ん? あのケーキ? 何か今朝学校に来たら、違うクラスの子から貰ってさ~」
・・・・・・やっぱりチトセはモテるんだな。
そんなこんなで、秋斗の高校生活初日は、長年想い続けた人に会えるという、最高の
スタートを切った。
「お帰りなさいませ!」
「おう、ただいま!」
「ただいま~」
家に帰り、家政婦の優に迎えられると、秋斗達はインターネットでご飯を注文して、
夕飯を食べた。
チトセとの再会に、ご機嫌だった秋斗は、大好きな歌を口ずさんでいた。そんな秋斗
を見た優が、カナに聞く。
「・・・・・・なんだか今日の秋斗様、凄く機嫌が良さそうですね。学校で何かいい事
でもあったんですか?」
「・・・・・・知らない!」
「な、なんでカナ様は機嫌悪いんですか~」
何故か機嫌の悪いカナに八つ当たりされながら、優は涙目になっていた。
これから、チトセとの学校生活が始まる。
ようやく会えた思い人との再会と、これからの学校生活に、秋斗は胸が躍った。
次の日、秋斗とカナが教室に行くと、先に学校に来ていた翔が秋斗達に話しかけてき
た。
「はよ~っす、秋斗、カナ」
「おお、おはよー」
「おはよ~翔」
秋斗達が朝の挨拶を交わしていると、チトセと良子が教室に入ってきて、秋斗達の所
に来た。
「秋斗、カナ、おっはよ~!」
チトセ・・・・・・今日も可愛いな・・・・・・。
秋斗がそんな事を思っていると、良子がカナに言った。
「カナは今日もちっちゃくて可愛いわね~」
「カナちっちゃくないもん!」
カナが気にしていることを、良子は気づいててワザと言っている。怒るカナを見て、
楽しそうな顔をしている良子を見て、秋斗はそう思った。そんな怒るカナを見て、笑い
ながらチトセがカナに言った。
「ほら、カナ。これあげるよ」
「ん?」
そう言って、チトセは可愛らしく包装された小包をカナにあげた。カナがそれを開け
ると、その小包にはお菓子が入っていた。カナはそのお菓子を見ると、さっきまでの怒
りも忘れて機嫌も一気に直り、大喜びでお菓子を食べた。
そんな光景を見て、良子は可愛いわね~と言って、カナの頭を撫でていた。
「おい、あれって・・・・・・」
秋斗がチトセに聞くと、チトセは何でもないかの様に言った。
「今朝、また違うクラスの子から貰っちゃった」
「またかよ・・・・・・」
チトセのモテモテっぷりに、秋斗は少し落ち込んだ。こういう話を聞くと、チトセが
物凄く遠い存在の人の様に思えた。
そんな事を考える秋斗の顔を見て、チトセが言った。
「秋斗、どうしたの?暗い顔して」
「え、別に・・・・・・」
「・・・・・・ふ~ん」
・・・・・・チトセが遠い存在の様で、ヘコんだ。なんて、言える訳がなかった。
そんな秋斗にチトセは言った。
「秋斗、手~出して」
「・・・・・・手?」
不思議に思いながらも、秋斗は自分の右手をチトセに差し出した。
「ほいっ」
「・・・・・・え?」
そう言って、チトセが秋斗の手に、自分の手を乗っけてきた。
チトセの手に触れただけで、秋斗の心臓はドキッと高鳴る。
・・・・・・柔らかい。
秋斗がそんな事を思ってると、チトセは言った。
「手のしわとしわを合わせて~?」
「・・・・・・しあ・・・・・・わせ・・・・・・?」
「ピンポーン」
チトセはそう言いながら、昔みたいに二カッと微笑んだ。
か・・・・・・可愛い・・・・・・。
そんなチトセの笑顔を見ると、さっきまでの憂鬱な気持ちは、不思議と一気に吹き飛
んだ。
チトセ、やっぱり君は凄い・・・・・・。
秋斗は自分の気持ちを一気に変えてくれるチトセを見て、魔法にかけられた様な気持
ちになった。
「・・・・・・ヒッ!」
チトセとそんな事をして笑っていると、横に居た良子が秋斗に恐ろしい眼差しを向け
ていた。
そんなチトセと会える、楽しい毎日が1週間程続いたある日の昼休み。
秋斗は優の作ってくれた弁当を、教室で食べていた。
チトセと良子と翔は、購買で弁当を買ってきて、秋斗、カナ、チトセ、良子、健の五
人で昼ご飯を食べた。
優は、最初は緊張していただけらしく、何も作れなかったが、慣れてくると火事など
起こさず普通に美味しい料理を作ってくれる様になっていた。だが、美味しいと褒める
と喜んだ拍子に必ず何かをしでかすので、優を褒める事は岩神家でのタブーになった。
そんな優の美味しい弁当を秋斗が食べていると、翔が言ってきた。
「でもさ~「P45」って凄いよなー! 本当に人間そっくりなんだもんなー」
そんな翔の言葉を聞いて、秋斗はある出来事を思い出して言った。
「でも、「P45」の寝る姿ってちょっと怖いよな。俺昨日、初めて見たんだけど、充
電専用のソファに座って目を白目にしてて、口おもいっきり開けて寝てるんだよな~。
あれ見た時はやっぱりロボットなんだなって思うよな」
秋斗は昨日見た、優の衝撃の姿を見ていた。
充電用のソファーに背筋を伸ばして座った優が、恐ろしい顔をして寝ていた。それを
見た秋斗の顔も、あまりの驚きに、優と同じ顔になったぐらいだった。
そんな秋斗の言葉にカナ以外の全員が口を揃えて言った。
「え、俺ん家の家政婦は普通にベットに寝てるぞ?」
「アタシ達の家政婦も、図々しくベットに寝てるよ」
「ええ、普通に寝てるわよね~」
「・・・・・・・・・・・・」
なんで俺の家政婦だけそんな設定なんだよ!
なんて事を思ってると翔が言った。
「なんか秋斗ん家の家政婦って面白そうだな! よし決めた! 今日は秋斗の家政婦に
会いに行くぞ~!」
「えっ!?」
「あ、それ面白そうー! アタシも行く!」
「チトセが行くなら私も行くわ~」
「ちょっ、お前等な~」
「よし、それじゃ今日の放課後は秋斗とカナちゃんの家に行くぞー♪」
「「「お―――――!」」」
翔の言葉を聞いたチトセと良子と、何故かカナも楽しそうにはしゃぎだした。
「・・・・・・何か嫌な予感がする」
そんな独り言をいって、秋斗は不安を抱いた。
そんな秋斗の不安をよそに時間は無常にも過ぎていった。そして放課後。
「あ~! やっと授業終わった~!」
「よし! 秋斗ん家行こうぜ~!」
「そうね、行きましょう~」
「わ~い、皆でお家行く~!」
授業から開放されて、気分のいい四人がそんな事を言った。
・・・・・・どうせだったらチトセと二人っきりになりたかったな。
なんて事を思いながら、秋斗達は五人で岩神家に向かった。
家に向かいながら、翔が聞いてきた。
「なあ、お前達の家政婦ってどんな感じなの?」
それを聞いたカナが言った。
「うんとね~優は~萌え萌えドジっ子の設定で、メイドさんのお洋服着てて~すっごい
可愛いんだ~!」
それを聞いたチトセが目を輝かせて言う。
「萌え萌えのドジっ子設定にメイド服!? 羨ましい――――!!」
「あら、私とチトセの家政婦もメイド服じゃない~」
「あれの話はしないで・・・・・・」
そんなやりとりをしてると、秋斗達は岩神家に着いた。
「優~ただいま~!」
「ただいま~・・・・・・」
「優ちゃ~ん! こんにちは~」
「優、ただいま!」
「チトセ、ここは私達の家じゃないでしょ」
そんな事を言って家に入ると、優が驚いた顔をして、慌てて部屋から出てきた。
「お帰りなさいませ、秋斗様、カナ様・・・・・・ええと、皆様は・・・・・・?」
「ああ、俺達の友達なんだ今日は・・・・・・」
「今日は秋斗達の可愛いメイドさんの優ちゃんを見にきたんだよ~!」
秋斗が言おうとしたら、翔が割って入ってきた。
「キャー! メイドの優ちゃん可愛いー!」
「本当・・・・・・今度チトセに着てもらいましょうっと」
「ん? 何か言った?」
「い~え、なにも~」
チトセも良子も翔も皆、優を見て喜んでいる。そんな皆を見て、優が笑顔で言った。
「秋斗様とカナ様のお友達ですね! どうぞごゆっくりなさって下さい! 私、今から
腕によりをかけて、皆様にご飯をお作りしますね!」
「いや、お前は頑張らないで・・・・・・」
「それじゃ、ちょっと待ってて下さいね!」
そう言うと優は秋斗の話を聞く前に、大張り切りでキッチンに向かって行った。
大丈夫だといいんだが・・・・・・。
そんな事を思っている秋斗に翔が話し掛けてくる。
「いいな~お前は、優ちゃんめっちゃ可愛いじゃねえかよ! 俺の家政婦と交換しろよ
!」
「なんでだよ、お前にも専属の家政婦いるだろ?」
「専属の家政婦って言ったって、俺ん家は男だぞ! お・と・こ!」
翔は秋斗に泣きながら言ってくる。
そんな事を言う翔を見て、チトセと良子が言う。
「まあ、翔の所にあんな可愛い家政婦が行ったら危険だよねー」
「そうね、いくらロボットとは言え、そういう事が起きないとは言い切れないわね~」
「俺の事、どういう男だと思ってんだよ!?」
チトセと良子の言葉に翔は余計涙を浮かべていた。
「ん? カナなにしてんの?」
チトセは、一人でゴソゴソしていたカナを見て言った。カナはチトセを見ると、「お
やつだよ~」と言って買いだめしておいたお菓子を食べていた。
そんなカナを見て、良子が驚いた顔をして言う。
「カナちゃんは良く食べるのに太らないわね~」
そう言うと、良子がチトセの胸をいきなり鷲掴みにした。
「なっ! なにすんのよ良子!」
「ほ~らカナちゃん、チトセはこんなに大っきいのに・・・・・・」
「ちょ、ちょっと~!」
抵抗するチトセを見て、良子は更に楽しそうな顔をしてチトセの大きな膨らみを揉み
続けた。そんな事を言う良子に、カナはムキになって、胸を張りながら言った。
「カ、カナも少しは大っきくなったもん!」
「ん?ど~れ・・・・・・」
そう言って良子はカナの、あるのかないのか分からない胸を揉みだした。
「キャハハ! く、くすぐったいよ~! 良子~!」
そんな光景を晴れやかな気持ちで見ていた秋斗の顔を見て、翔が言った。
「おい、お前鼻血でてるぞ・・・・・・」
そう言ってくる翔を見て、秋斗は言った。
「・・・・・・お前も出てるぞ」
そうこうしていると、優が料理を運んで来てくれた。
「皆様お待たせしました~!」
秋斗は優の運んでくる料理を見てホッと胸を撫で下ろした。
優が作ってくれたのはチキンの丸焼きで、見た目も匂いも素晴らしい。
俺の心配は無駄だったな。
そんな事を思いながら、皆で席について、優がお皿を持ってくるのを待っていた。
優は、皆が自分を待っていると知ると、急いで食器を持って来ようとした。その時だ
った。
急いで食器を持ってきた優は、自分の並べた料理の乗るテーブルの目の前で、見事に
足を滑らせ、テーブルに大激突した。
その衝撃で、チキンの丸焼きが綺麗な曲線を描いて宙を舞う。
皆が言葉を失った。
その光景を秋斗だけは、穏やかな気持ちで見ていた。
岩神家はさっきの空気から一変して、一気に静寂に包まれた。
ドジっ子設定だしね・・・・・・。
秋斗がそんな事を思いながら、涙目でオロオロする優に声を掛けようとしたが、翔が
秋斗が言う前に、笑いながら言った。
「ハハハ! 秋斗の家政婦、ダメダメじゃーん」
「う・・・・・・!」
「ちょっと、翔!」
翔の言葉を聞いた優は、涙を浮かべると、走って家を飛び出してしまった。
「あ! ちょっと・・・・・・!」
走って家を出て行った優を見て、翔は言葉を漏らす。そんな翔に女子達の容赦ない視
線が向けられた。
「いや、俺は・・・・・・!」
弁解しようとする翔の言葉を聞かず、女子は鬼の様な形相で翔に言った。
「・・・・・・サイテー」
「あの一言はないわね~」
「翔! さっきのはひどいよ!」
「うぅ・・・・・・」
そんな三人の美女の言葉に翔は力なくうなだれた。
「とりあえず、俺は優を探して連れ戻すからちょっと待っててくれ」
そう言うと秋斗は蛇に睨まれたカエルの様に、三人の女子に怯える翔を残して、優を
探しに家を出た。
優を探し回る事20分。秋斗は近くの公園で、ブランコにポツンと座り込む優をよう
やく見つけた。
「優、やっと見つけた」
「秋斗様・・・・・・」
「ほら、帰るぞ。皆も待ってるから」
「でも・・・・・・」
「ん?」
秋斗にそう言われると、優は首を横に振って秋斗を見た。
秋斗を見上げる優の目には、溢れんばかりの涙が溜まっていた。
「でも、私は翔様の言うとおり、ダメダメな家政婦なんです・・・・・・いつもいつも
秋斗様や皆に迷惑を掛けてしまって・・・・・・」
「最初に言っただろ? 優が俺達の為に頑張ってくれてる事は分かってるって」
「でも・・・・・・」
そう言う秋斗の言葉に、なかなか納得しない優に、秋斗は頭をポリポリ掻きながら、
に言った。
「俺は、優が俺達の家政婦じゃないと嫌だよ・・・・・・」
「秋斗様・・・・・・」
優を元気付ける為とはいえ、何だか恥ずかしかった秋斗の顔は少し赤くなっていた。
秋斗の言葉を聞いた優は、泣き出した。そんな優に「帰ろう」と言って、頷く優と一
緒に家に帰った。
――――――ガチャッ
「優ちゃんごめん!」
家のドアを開けると、優を見た翔がダッシュで駆け寄って来ると、優を見るなり謝っ
た。
「翔様・・・・・・?」
そんな翔の突然の謝罪に驚いた顔をする優を見て、秋斗は言った。
「さっき翔は、雰囲気を悪くしないようにと思ってあんな事言っただけで、悪気はなか
ったんだよ」
きっとそうであろうと思い、優に言った秋斗の言葉を聞いて、翔が頭をブンブンと縦
に振る。
「そうだったんですか・・・・・・」
秋斗の言葉を聞いて、優が翔を見つめる。そんな優に翔は、本当に申し訳無さそうに
頭を下げながら言った。
「優ちゃんを傷つけるつもりはなかったんだ、本当にごめん! 優ちゃんの気の済むま
で俺を殴ってくれ!」
そう言う翔に、優はいつもの笑顔を取り戻して言った。
「翔様・・・・・・私、翔様がそう言ってくれるだけで嬉しいです! 殴るなんてとん
でもありません!」
「優ちゃん・・・・・・」
優にそう言われて翔は涙を浮かべている。きっと秋斗が優を探している間中、ずっと
三人にこってり怒られていたのだろう。
何だか残して行ったのは可哀想だったかな・・・・・・。
そんな事を思いながら翔を見ると、優に抱きつかれて鼻の下を伸ばしていた。
「翔様~!」
「優ちゃん! ・・・・・・ん? ギャ―――!!」
優の加減のない抱擁を受けて、翔がさっきとは別の意味の涙を浮かべていた。
・・・・・・あれ、分かっててやってたら怖いな・・・・・・。
秋斗がそんな事を思っていると、優が翔から離れて皆を見て言った。
「それに、秋斗様が・・・・・・」
「へっ、俺?」
優は、何だか言いづらそうに、顔を赤らめて言った。
「秋斗様が、私じゃないと駄目だと言ってくれましたので・・・・・・」
いやいやいやいや! 何だかニュアンスが違うよ! それじゃ、俺が告白したみたい
になってるよ!
秋斗がそんな事を思っていると、誤解した皆は、驚きの声を上げた。
「へ~」
「あらあら~」
「キャー! 秋斗、大胆~!」
「マジかよ秋斗! 応援するぜ!」
そんな皆を見て、秋斗は急いで否定した。
「ち、違うんだよ! 皆、誤解・・・・・・」
「秋斗様! あの言葉は嘘だったんですか!?」
そんな秋斗の言葉を聞いた優が、涙目で聞いてくる。
嘘じゃないけど、言い方が違うんだよ!
そんな事を思ってると、秋斗は何だか頭が痛くなってきた。
「ハァー・・・・・・頭が・・・・・・」
「頭が悪いの?」
「ちげ――よっ!」
「アハハハハ」
―――――ピンポーン。
チトセが秋斗をからかっていると、家のチャイムが鳴った。
「お~、やっと来た――!」
「本当ね~」
「わーい! 来た来た~!」
秋斗が、何だ? と言う顔をしていると、チトセが秋斗を見て言った。
「翔が優ちゃんを泣かせちゃったお詫びに、今日は翔の奢りでパーティーセットをネッ
トで注文したんだ」
「翔が・・・・・・」
それを聞いた秋斗は、翔を見た。翔は、自分を見る秋斗に言った。
「今日は優ちゃんに悪い事しちゃったからな! 気にしないでどんどん食べてくれ!」
そう言う翔に、秋斗は哀れみの言葉を掛けた。
「翔・・・・・・どんまい」
「え?」
秋斗にそう言われた翔が、家の中に次々と運ばれてくる料理を見て驚く。
次々と運ばれる料理は、一向に止まらない。
「な、なんだよ! この量の料理は!」
ここぞとばかりにカナが大量に注文していたようで、家の中が色んな料理で埋め尽く
される。
「うう・・・・・・俺の残り残高が・・・・・・」
そういって悲しむ翔をよそに、他の皆は大はしゃぎだった。
「俺の・・・・・・俺の残高が―――――!!」
そんな翔の悲痛の叫びが街に響いた。