学園祭一日目
次の日、いよいよ待ちに待った学園際当日になった。
「よーしいくか! カナ!」
「うん!」
「いってらっしゃいませ! 私もこの後、学園に行きますね!」
「うん! 絶対来てね~! いってきま~す」
「行ってきます」
いつもの様に、秋斗達は3人で食事を済ませ、優に笑顔で見送られながら学校に向か
った。
学校に着くと、学園の入り口からすでにお祭りモード満開の花のアーチが立っていた。
最後の確認をする沢山の生徒が楽しそうに話をしていた。
教室に入ると、翔が声をかけてきた。
「おいーっす秋斗! カナ!」
「おう、おはよー」
「おはよー翔! すっごい似合ってるよ~! カッコイイよ!」
「ん? そうか? ありがとな! カナも秋斗も早く着替えろよ!」
「うん!」
「そうだな」
翔は、秋斗達のクラスの出し物のメイド喫茶の、男の衣装、タキシードを身に着けて
いた。
いつもはダボダボの学園の制服しか見ていなかったせいか、キチッとしたタキシード
姿の翔は新鮮な感じがした。
「あ! 秋斗! 見て見てー!」
「ち、チトセ!」
「わ~、チトセ可愛いー!」
教室の着替え用に隠された、小さなボックスから出てきたチトセは、少し丈の短い、
メイド服を着ていた。
「どう、どう? 似合うー?」
クルっと一回周り、チトセは秋斗に聞いてきた。
「ど、どうっ・・・・・・て・・・・・・」
スゲー似合ってるよ!! めっちゃ可愛い!!
心の中とは裏腹に、そんな言葉しか口にできなかった。
「おはようございます! ご主人様! ・・・・・・みたいな感じ~? アハハー」
メイド服を着たチトセは、天使みたいに可愛かった。
「ね~、コレちょっと短くないかしら?」
「おー! 全然短くないぜ! いい感じだ!」
「良子もすっごい可愛いー!」
チトセと同じ所から、チトセと同じメイド服を着た良子が出てきた。
チトセもそうだが、良子も足が長くて、本当に何を着ても似合う。
「なあなあ、ちょっと写真撮らせてくれよ!」
「ええ」
「可愛く撮ってよー」
そう言って翔は、小さな可愛らしいカメラを取り出して、二人を映した。
「あ! 翔、そのカメラ!」
「ん? あぁ、わかる? 昨日通販で売ってたやつなんだけどさー、超スゲーよ! こ
れ」
翔が持っていたのは、昨日、通販番組で販売された新型のカメラだった。
「ありがとー」
そう言って、チトセと良子の二人を撮影し終わった翔に、秋斗は近づいて言った。
「それ、焼き増ししてくれ!」
「・・・・・・一万だ」
「なっ! 一万って、高すぎだろ!」
「そのかわり、沢山撮ってやるからよ!」
「・・・・・・友よ」
「うっし、決定だな!」
チトセの写真を貰うのに、一万は高かったが、もし自分でカメラを買っていたとして
も、翔みたいに、堂々と写真を撮らせてくれなんて言えなかったであろう秋斗からした
ら、色々なチトセの写真が一万で買えるなら最高だった。
「秋斗ー、早く着替えないと、もうそろそろ始まっちゃうよ~?」
「お、おう、今着替え・・・・・・」
「ん? どうかした~?」
秋斗に早く着替えるよう言ってきたカナは、すでにメイド服に着替えていて、お人形
の様な顔立ちに、小さなカナのメイド服姿は、まるでアニメに出てきそうな感じだった。
「キャー、カナ、超似合ってるよー!」
「本当ね、可愛いわー」
カナを見たチトセと良子以外にも、クラスの皆がカナに可愛い、可愛いと言ってきた。
そんなカナを、翔が通販で買ったカメラを使い、激写していた。
「おい、お前、カナの写真なんで撮ってるんだよ」
「だって、お前と同じ様なやつがいるじゃん」
「はあ?」
「まあ見てなって」
秋斗と翔がそんな話しをしていると、こう太が翔の所に来て言った。
「おい、お前の写真、焼き増ししろよ」
「へいへ~い、八千円になりや~す!」
「なっ! たけーよ!」
「こっちだって、新型のカメラ買って、お金ピンチなんだよー。これ以上は負けられね
ーぜ?」
「し、しょうがねーな・・・・・・」
「まいどありー!」
そんなやり取りをして、こう太が遠くに行って、秋斗は翔に言った。
「おい・・・・・・俺の時と値段がちげーじゃねーか」
「あいつは一万って言ったら買わなかったよ」
「なんで俺は高いんだよ!」
「お前は高くても買う!」
「ぐっ・・・・・・!」
「ほらほら、早く着替えてこいよ~」
「ちぇっ! ちゃんと沢山撮れよ!?」
「わーかってるって! 相棒!」
翔にそんな事を言いながら、秋斗は渋々タキシードに着替えた。
タキシードに着替えると、秋斗は着替え場から出た。
「へ~秋斗、カッコイイじゃん」
「そ、そうか?」
タキシードに着替えた秋斗の姿を見て、チトセが褒めてくれた。
「孫にも衣装だね~」
「おい」
褒められて上機嫌になる秋斗をちゃかすカナの一言。
「あれ、秋斗、ネクタイしてないじゃん」
「あ、ああ、ちょっとやり方がわからなかったから・・・・・・」
「ほら、貸して」
「えっ? あっ・・・・・・」
そう言って、チトセは秋斗からネクタイを取ると、秋斗の首に手を回し、ネクタイを
付けてあげた。
二人の距離が、一気にぐっと近づく。
そんな二人の光景を見た、クラスの皆の視線が秋斗達に集まる。
「ち、チトセ・・・・・・」
「ほい、出来た」
「あ、ありがとう・・・・・・」
「い~え~」
皆の視線なんてこれっぽっちも気にしないチトセは、秋斗にネクタイを付けてあげる
と、二カっと笑って、秋斗の胸をポンっと叩いて喫茶店の準備をしに行った。
少し変わった所はあるが、いい奥さんになりそうだ。なんて事を考えていると、秋斗
に恐ろしい殺気が襲い掛かった。
「うっ・・・・・・」
秋斗が思った通り、その殺気の正体は良子の物だった。
「良子~! ちょっと手伝ってよー!」
「わかったわ~」
秋斗を鬼の様な形相で見ていた良子だったが、チトセに呼ばれると、笑顔でチトセの
手伝いに行った。
「な、なんだよ・・・・・・」
良子に聞こえない声で、秋斗は呟いた。
学園際始まりの10時になり、白龍学園の学園際はスタートした。
秋斗達1年4組のメイド喫茶がオープンすると、初めから沢山のお客さんが来た。
この街の人達や、遠い所から来た人。白龍学園の生徒など、色々な人達が来ていた。
その皆のお目当ては・・・・・・チトセと良子とカナのファン達だった。
見知らぬ人や、同じクラスの人達まで、皆ここぞとばかりに一緒に写真撮影を望んだ。
その皆に嫌な顔一つせず、お願いする皆と写真を撮っていた。
「俺もカメラ持ってくるんだったな・・・・・・」
チトセが見知らぬ人と笑顔でツーショットの写真を撮ってるのを見て、秋斗はそんな
言葉をもらした。
「秋斗君、3番テーブルにコレ持って行って」
「お、おう」
チトセに見とれていると、クラスの女子からお客のドリンクを持って行くように注意
された。
ドリンクを持っていくと、持っていたテーブルの隣のテーブルから注文を受けた。
その注文を受けながら、皆に人気者のチトセを横目でチラリと見ると、チトセが若い
男に急接近されていた。
ただ一緒に写真を撮っていただけだったのだが、秋斗にはなんだか不愉快に感じた。
「ねえ、ちゃんと聞いてる?」
「あ、す、すみません。オレンジジュースとコーラでいいですか?」
「全っ然、違うわよ! オリジナルジュースとコーヒーよ!」
「すみません、今、持ってきますね」
お客に謝り、秋斗は注文をカウンターに伝え、すでに出来あがっていた、他の客の飲
み物を持っていくよう頼まれ、ジュース運びに汗を流した。
途切れる事のないお客の注文を運びながら、またチラリとチトセを見る。
見ると言うよりは、無意識に視線がチトセにいっていただけだったが、見てみると、
さっきから同じ男にずっと写真撮影を頼まれていた。
やっぱりあいつ、チトセにちけーよ!
そんな事を思いながら、注文を受けていたドリンクをテーブルに置くと、ドンッと予
想外に強く置いてしまい、またお客に怒られてしまった。
「す、すいません」
「あのー注文いいですか~?」
「あ、はい・・・・・・って、達也!」
「うっす! 久しぶり~!」
注文を頼む声に振り返ってみると、腐れ縁の達也の姿があった。
そして隣に・・・・・・
「久しぶりだな! ・・・・・・ってこちらは?」
「なに言ってんだよ! もう忘れたのか? ひでーなー! ヒトミだよ!」
「えっ? ヒトミ!?」
「久しぶり、秋斗君」
秋斗が中学校の同級生にして、達也の好きだった女の子、ヒトミに気が付かなかった
のも無理は無かった。
中学校の時はメガネをかけて、髪を三つ網に結んでいた、大人しそうな印象だったヒ
トミは、コンタクトにし、髪も下ろしていて、まるで別人の様だった。
「え、二人でここに来てるって事は・・・・・・」
「ああ、俺達、付き合ったんだ! な? ヒトミ!」
「う、うん・・・・・・」
「マジかよ・・・・・・」
すごく嬉しそうな達也に対して、ヒトミは頷くと、顔を真っ赤にして恥ずかしそうだ
った。
「やったじゃねーかこの野郎!」
「ハハ、やめろよ!」
秋斗もなんだか嬉しくなって、秋斗は達也の首を冗談まじりに絞めた。
そんな光景を見て、ヒトミは笑っていた。
達也は好きなヒトミを追って、同じ高校に入ったぐらいだった。二人がうまくいって
いた事に、本当に嬉しかった。
「あ! 達也だー! 久しぶりー!」
秋斗と達也がじゃれていると、カナが達也が来ている事に気づいた。
「お、カナちゃん! いやー、相変わらずカナちゃんは可愛いな~! メイド服なんて
これ選んだ人はセンスがいいぜー!」
「あれ~! ヒトミもいるー! え? え? 達也とヒトミっていつから・・・・・・?」
一目で、達也の隣にいるのがヒトミだと気づいたカナは驚いた。
やっぱり驚くよな・・・・・・。中学の同級生がいきなり恋人になってて再会するなんて・・・。
秋斗がそんな事をおもう一方、カナの言葉にまたまた顔を赤くするヒトミの横で、達
也が言う。
「いや~、実は昨日から付き合ってんだよ!」
「昨日かよ!」
「ああ、昨日の夜に、告白したんだ」
いきなりすぎだろ! てか昨日の夜にフラれてたら今日楽しめなかっただろ!
そんなことを思いながら、秋斗は二人の幸せそうな顔を見て、まあいいか。と思った。
秋斗達がそんな話しをしてると、こう太がやってきた。
「おい・・・・・・注文は?」
「ああ、悪ぃ、今取るよ・・・・・・ん?」
秋斗に質問をしているはずなのに、こう太は達也を睨みつける様に見ていた。
何か言いたげに自分を見るこう太を見て、翔は言った。
「なんだ? 迷子か?」
「ちげーよ!」
達也の言葉を聞いて爆笑した秋斗とカナを、こう太は睨みつけた。
そんなこう太に謝り、秋斗は達也に言った。
「こう太は俺と同じクラス。白龍学園の生徒だよ」
「え? マジかよ!」
驚く達也に、こう太は少しドヤ顔をして、秋斗に聞いた。
「で、お前等はどういう関係なんだよ・・・・・・」
そんなこう太の言葉を聞いて、秋斗はピーンときた。
もしかして、さっきの達也のカナに対する可愛いって言葉が気になってんだな?
そう思いながら秋斗は、今度はこう太に説明した。
「達也は俺の腐れ縁だよ」
「おいおい、紹介に、腐れ縁はないだろ」
「だってそうだろ」
「まっ、そうだけど」
そんな会話をして笑いあう二人を見て、こう太は安心したのか、「注文取ったら働け
よ」と言って戻って行った。
そんなこう太を見て、達也が言った。
「なんだ、ここ、めっちゃ面白そうじゃねーか!」
「楽しいぜ!」
「で?」
「・・・・・・で?」
達也の言葉に意味がわからず、秋斗は達也の言葉を繰り返した。
「相変わらず鈍いなー! ・・・・・・居たか?」
「・・・・・・! ああ!!」
「そうか!」
達也の「居たか?」という言葉を聞いて、秋斗はようやく理解した。
チトセの事だ。
秋斗は沢山の人が集まり、皆と写真撮影をするチトセを見た。
そんな秋斗の視線を見て、達也は驚いた。
「あれ・・・・・・チトセ・・・・・・か?」
「ああ」
そんな達也の言葉に、秋斗は頷いた。
「超キレーになってるじゃねぇか・・・・・・」
「・・・・・・ああ」
そんな秋斗達の視線に気づいたのか、チトセが秋斗達の所にやってきた。
チトセと一緒に写真を撮ろうと待っていたお客からは、残念がる声が聞こえたが、チ
トセは全然気にしなかった。
そして、チトセは秋斗と話す達也を、ジーっと見ると、何かを思い出した様に言った。
「・・・・・・もしかして・・・・・・達也?」
「おう! 覚えててくれたのかー久しぶり!」
「うわー幼稚園ぶりだねー! チャラくなっちゃってー! なんだか翔に似てるんじゃ
ない?」
秋斗はチトセの言葉を聞いて笑った。
「俺も、翔と達也なんだか似てるなって思ったよ」
「・・・・・・翔?」
達也は初めて聞く名前に訳がわからなかった。
そんな秋斗達の所に、翔と良子がやってきた。
「おう、なんだよ、俺のこと呼んだ?」
「チトセと、この方は・・・・・・どういう関係かしら?」
そんな事をいう二人に、秋斗が紹介した。
「こいつは、俺の腐れ縁の達也」
「ど~も~! 秋斗の腐れ縁です・・・・・・って、だから腐れ縁はやめろって・・・・・・」
「ハハハ! んで、こっちが翔と良子」
「よろしく!」
「あら、幼馴染・・・・・・? よろしくね」
達也は秋斗と同じクラスの皆を見て、安心したように笑った。
そうこうしていると、なんだか秋斗達の周りに人が集まりだしてきた。
「おーおー、なんだか人が沢山集まっちゃったな~大丈夫かー?」
そんなお店の様子を見て、達也が心配した。
「そうね、アタシ達はひとまず仕事に戻りましょ」
「ええ」
「カナもとりあえず仕事に戻る~! また後でね、達也!」
「おーガンバレー」
そうして、秋斗と達也とヒトミ、翔の4人が残った。
チトセ達が仕事に戻ると、一緒に写真を撮るのを待っていたお客は安心した感じだっ
た。
そんな中、翔がこっそりと達也に話した。
「なあなあ、ここの女の子の衣装、可愛いと思わねー?」
「ああ、めっちゃ可愛い!」
「だろー!? あれ、俺が提案したんだぜー!」
「マジで!? 翔、センスいいな!」
「ギャハハ! やっぱ、秋斗のダチってだけあって、見る目があるぜ!」
そんな事を言いながら、あっという間に意気投合してしまった。
「あ! そうだ! 達也と彼女、ちょっとくっついてよ!」
「ん? こうか?」
そう言って翔は、通販で買った通販の高性能カメラで、二人を撮影した。
カシャッという音がしてすぐに、翔は「印刷」というボタンを押すと、笑顔の達也と
恥ずかしそうなヒトミの写真が印刷された。
「ほい! いいなー俺も彼女が欲しいぜ! あ、んじゃ俺は行かないといけない所があ
るから、また後でな!」
印刷されたばかりの写真を達也に渡すなり、そう言って、翔は教室を出て行った。
その写真を嬉しそうに眺めると、達也はボソッと呟いた。
「良かった・・・・・・皆いいやつらそうで」
そんな達也の言葉を聞いて、秋斗は声を出さずに笑った。
達也はテーブルに合った自分のグラスに入っている、残り少ないジュースを飲むと、
立ち上がって言った。
「んじゃ、俺等はこれからこの広い学園を楽しませて貰うとするぜ」
「おー、また後でな!」
「じゃあね、秋斗君」
「おう!」
手を繋ぎながら歩いていく二人の後ろ姿を見送って、秋斗は達也が上手くいって嬉し
い気持ちと、羨ましい気持ちに襲われた。
「秋斗~手伝って~!」
「おー、ワリー!」
秋斗は、久しぶりの旧友と話しをした間の働きを取り戻そうと一生懸命、働いた。
「秋斗君、これお願ーい!」
「おう!」
「秋斗~次はこれ」
「おー!」
「秋斗、これもね」
「ああ! ・・・・・・っておい! 全部俺にやらせてんじゃねーよ!」
「「「「ばれたか」」」」」
やる気を出して働くのを利用したクラスメイトに、秋斗が一喝を入れ、皆で真面目に
働いた。
暫らく忙しい時間が続いたが、お昼時間に近づくと、お客は少なくなり、だいぶゆっ
たりしてきた。
「あー、やっと落ち着いたなー」
「だね~はい、秋斗。これ抹茶コーヒーだって~。チトセからだよ。頑張った秋斗にあ
げてきて~だって~」
「お、サンキュー!」
そう言って、カナが秋斗に温かい飲み物を渡してくれた。
チトセ・・・・・・気がきくな。きっといい奥さんになるだろうな~。
そんな気のきくチトセとの未来を勝手に想像しながら、秋斗は一気にコーヒーを流し
込む。
「おえっ! にげー! なんだよこれ!」
温かい飲み物は、抹茶コーヒーではなく、とても苦い、温かいゴーヤージュースだっ
た。
そんな秋斗の苦しむ姿を見て、カウンターに居たチトセが爆笑していた。
「なにしてんだよ!」
「いやー、暇になったもんだからつい・・・・・・」
「つい・・・・・・じゃねーよ! 大体、ゴーヤージュースなんて誰が頼むんだよ・・・・・・」
「アハハー、好きな人いると思ってね~」
そんな事を言ってると、昼時間には珍しく、お客が来た。
「いらっしゃいませ、ご主人様! 三名様ですか?」
「あ、はいぃ」
それは、秋斗の家の家政婦の優と、健の家政婦のさよと、チトセの家政婦のつぐみだ
った。
「あー! 優! ちゃんと来てくれたんだー!」
「カナ様! とても可愛いです! お似合いです!」
「本当~!? ありがと~!」
優を見つけたカナが、すぐに優の元に駆け寄った。
優はカナのメイド服をべた褒めしていた。
「チトセー! 良子ー! キャー、二人とも可愛いわね~!」
そんな優の隣に居たニューハーフのつぐみが、チトセと良子の所に来て大きな声で話
しかけた。嬉しそうにする良子とは対照的に、チトセは顔も合わせようとしなかった。
「おい、呼んでるぞ?」
「知らないフリよ」
そんな事を言うチトセの所につぐみが来て言った。
「あら、ここ、ゴーヤージュースがあるのね~。私、ゴーヤージュース大好きなのよ!
これ注文するわ」
つぐみはそう言うと、ささっと席に戻って行ったが、つぐみの言葉を聞いたチトセは
嫌な顔をしていた。
そんなチトセの顔を見て、さっきチトセに意地悪をされた秋斗は笑いをこらえて言っ
た。
「大好きだってよ」
「メニューに入れなきゃ良かったわ・・・・・・」
そんな事を言ってると、優達の飲み物が出来上がり、秋斗が持っていった。
「お待ちどーさま」
「秋斗様! ・・・・・・すごく、お似合いです!」
「そう? お世辞でも嬉しいよ、ありがとう」
飲み物を持っていくと、優が秋斗のタキシード姿を褒めてくれた。
「えーっと、ホットコーヒーは誰?」
「あ、私よ」
「さよちゃんね。はい。えーっと、アイスティーが」
「私です!」
「・・・・・・だよね。んで、ゴーヤージュースが・・・・・・」
「私よ」
「・・・・・・」
なんで学園際のメイド喫茶に、ゴーヤージュースが出てくるんだろう・・・・・・。
雰囲気もクソもねぇな・・・・・・。
そんな事を思いながらも、飲み物を運び、家政婦仲間の皆と楽しそうに話しをする、
優を遠くから見て、思う。
「本当、人間みたいなんだよな~・・・・・・」
そして、時間が6時を回り、秋斗達1年4組のメイド喫茶は閉店の時間を迎えた。
「やっと終わったぜー」
「疲れたね~」
そんな事を言いながら、閉店の片付けを済ませていく。
秋斗のクラスは、一日に10人ずつメイド喫茶を開き、それを3日間続ける。
秋斗、カナ、チトセ、良子、こう太の五人はジャンケンで一日目をする事が決ま
った。
これで、残りの二日の学園際は遊んで過ごせる。
「片付けが終わったら、達也と合流しようよ~」
「ああ、そのつもりで、達也にメール送っておいたぜ」
「しのびね~な~」
「フフッ・・・・・・かまわんよ」
そんな事を言いながら、片付けを全部終わらせた。
白龍学園の学園際は、朝の10時から夜の10時まで開催される。
お化け屋敷、映画上映、占いなど、色々な出し物があり、一日居ても、飽きないであ
ろうと思い、達也とは夕方の7時頃に待ち合わせをしていた。
夕方の7時から、白龍学園の学園際の為だけに建てられた、大きな建物で、ダンス大会
が行われる事になっていた。その場所をあらかじめ伝えておき、7時に合流する事にして
いた。
メイド喫茶の片付けを終わらせ、秋斗は達也に電話する。暫らく鳴った後、携帯から
達也の楽しそうな声が聞こえてくる。
『もしもーし、終わったかー?』
「おう、終わったぜー! 今どこ?」
『ネモの占いの館って所なんだけどよー、スゲーぜここ! 全部当たるんだよ!』
「楽しんでそうで良かったよ・・・・・・約束の場所は覚えてるか?」
『おー覚えてるぜ、そこで待ってるわ』
「おう、すぐ行くー」
電話を切り、カナに告げる。
「達也のやつ、ネモの占いの館って所にいるんだって」
「ネモの占いの館? それって、ネモちゃんがやってるやつだよ~! 凄いね~ネモちゃん
占いできるんだ~」
「今度行ってみるか、んじゃ、ダンス大会の会場に行こうぜ」
「うん」
秋斗達の会話を聞いていたチトセが秋斗に言う。
「秋斗ー、カナちゃん、それじゃ、後でね~」
「えっ」
そう言うと、チトセと良子とこう太は、どこかに行ってしまった。
この後、白龍学園で開かれる大会はダンス大会ぐらいだ。
一緒に行けばいいのに・・・・・・。
そんな事を思いながらも、秋斗とカナはダンス大会の会場に向かった。
秋斗達が会場に入った時には、すでに沢山の生徒やお客さんが集まっていた。会場に
は、1万人はいるのではないかという感じだった。あまりの人の多さに、達也を探せる
気がしない。
「はいはーい、皆さんいよいよ始まりますよ~! 白龍学園主催の、ダンス甲子園ー!
今回の優勝賞金は~・・・・・・なんと、100万円!!」
秋斗達がボーっと突っ立っていると会場の司会者がそう言った。司会者の言葉に、会
場からは大きな歓声が湧き上がった。その歓声に満足したような顔をすると、司会者は
続けた。
「尚、この大会には、白龍学園の生徒以外の高校生も参加出来る事になっております!
毎年沢山のグループの参加がある中で、今回の大会は、総勢30組のグループが参加す
る事になりました!」
そんな司会者の言葉を聞いて、秋斗が言った。
「30組って・・・・・・多いな」
「だね~そんなに見る時間なんてあるのかな~?」
「時間なら全然大丈夫だろ」
「「達也!!」」
「よっ!」
秋斗とカナが話していると、達也とヒトミが来た。
「ダンスってそんなに時間かからないの~?」
「そうだな。大体、一組あたり一分とかじゃねぇか?」
「だったら、意外とすぐ終わっちゃうかもな」
秋斗とカナは達也の言葉に納得した。
沢山の人にあふれる会場を見た達也が驚きの声をあげた。
「それにしても、人が多いなー!」
「ああ、いろんな所から来てるみたいだからな」
そんな達也に、秋斗も驚きながらもそう言った。
久しぶりに会ったというのに、まったくそんな感じがしない。親友とは凄いものだ。
秋斗がそう思っていると、司会者が司会を進行していった。
「皆さん、お待たせしました! それではーダンス大会を行います!」
司会者の言葉に、また会場から大きな歓声が上がった。
もうダンス大会も始まってしまうというのに、いっこうに姿を見せなかったチトセを
思い出した達也が、秋斗に言った。
「そう言えば、チトセ達はどうしたんだ?」
「いや、それが俺にもわからないんだ・・・・・・」
本当に、どこいったんだろう・・・もう大会も始まってしまうのに・・・。
秋斗がそんな事を思ってると、司会者が一組目を紹介しだした。
「一組目の挑戦者はー・・・こいつらだ! 一年生のみで構成されたチーム! オレンジ!」
司会者がそう言うと、壇上に、五人の生徒が出てきた。
その五人を見て、カナが叫んだ。
「あ、秋斗! あれって・・・・・・!」
「ん? ・・・・・・んなっ!」
秋斗がカナにつられて壇上に目をやると、そこにはチトセ、良子、翔、こう太、健の
五人の姿があった。
見間違いなんかではない。遠くの席からでもちゃんと見えるように、会場には壇上を
映し出す、大きなスクリーンが設置されていた。それを見ても、壇上に上がる五人は、
紛れも無く秋斗のクラスメイト、チトセ達だった。
「なにしてんだよ・・・あいつら・・・」
「ハハハッ! 本当、チトセらしいじゃねーか」
「それもそうだけど・・・」
秋斗の呆れた言葉に、達也が楽しそうな声を上げた。
そうだ。チトセはこういう祭り事が大好きだ。だからって、大会に出るんなら、一言くらい
言ってくれても良かったんじゃねーか?
秋斗がそんな事を思っていると、そんな秋斗を見ていた達也が言った。
「驚かせようとしたんじゃねーか?」
「あ、あぁ・・・・・・」
少し内緒にされていた事にすねていた自分の事を、見透かされた様な達也の一言に、秋斗は
思う。
俺って、そんなわかりやすいのかな?
チトセ達の登場に、会場が沸いた。
「チトセ様ー!」
「こっち向いてー!」
「キャー! ステキー!」
どこからともなく、そんな言葉が聞こえてくる。
それも、白龍学園の生徒ではない。チトセの中学の時のファンだった。
会場から大きな声援が沸き起こると、司会者はそれに負けじとマイクを使いながらも
大きな声で言った。
「それでは! ミュージック、スタート!」
会場に陽気な音楽が響き渡る。
その音楽に合わせ、五人の息の合ったダンスが繰り広げられる。
どんだけ練習したんだよ。と思ってしまう程の、五人のそろった綺麗なダンスに目を
奪われていると、一分間のダンスはあっという間に終わった。
会場からは、踊りきった五人に大きな拍手が送られた。
「さあ! どんどん行くよ~今度は緑川高校の生徒の登場だー!」
一番目にダンスを踊りきったチトセ達が、手を振りながら壇上を去ると、タイミングを
見計らって司会者が司会を進行していく。
「チトセ達、可愛かったね~!」
「そうだな」
驚いていたカナも、楽しそうに、チトセ達のダンスを褒めていた。
二組目、三組目のダンスが終わった時、ダンスを終えたチトセ達が秋斗の所にやってきた。
「あ! いたいた! おーい!」
「チトセー!」
ダンスの衣装のままのチトセを見たカナが、チトセに飛びつき言った。
「さっき凄かったよー! 皆、上手だった~!」
そんなカナの言葉に続き、達也もヒトミも言った。
「ああ、超ー凄かったぜ!」
「本当、感動しました」
「そう? アハハハー!」
褒められて、満更でもなさそうだったチトセは豪快に笑って、ニッコリすると秋斗に言った。
「驚いた?」
「当たり前だろ! てか、教えてくれてても良かったんじゃねーの?」
少しすねたような言い方になってしまったかな? と思いながらも、秋斗は言った。
そんな秋斗の言葉に、全然悪びれる様子もなく、チトセは言う。
「なに言ってんの? 言っちゃたらビックリしないじゃん」
チトセのそんな言葉を聞いて、秋斗は思う。
チトセらしいな。いつもいつも、楽しい事を探すチトセ。昔から変わってない。
そうこうしてると、大会の3分の1のグループがダンスを終わった。
残りは20組。皆、この日の為に何度も練習したのだろうと分かる演技に魅了され、
楽しんでいると、あっという間に残りは最後の1グループになった。
司会者がその最後のグループを言う。
「最後は! なんと、今日この司会をさせていただきました、私が躍らせていただきます」
そんな司会者の言葉に会場にはどよめきが渡った。
司会者が踊る、という事にではなく、一人で踊る、という事に。
今日、演技を見せた29組のグループは、最低2人から最高10人までのグループで
出場していた。
そんな中、司会者の男はそう言うと、壇上の真ん中に行き、
「ミュージック、スタート!」
と言った。
司会者の言葉で、音楽が流れた。
それは、アニメ「プリキュオ」のオープニングの曲。可愛らしいアニメの映像とは逆
に、激しい音楽で人気を誇る。
そんな激しい曲に合わせて、ダンスは始まった。そのダンスを見た観客からは驚きの
声が上がる。
それはまるで29組のダンサーを突き放すかの様な、圧倒的な力の差を見せ付ける動
きだった。
本当に高校生か? と疑ってしまう程の上手さは、誰が見ても、ダンスの事は良く知
らない秋斗から見ても上手いとわかる。
皆が目を奪われる一分間は、一瞬に感じてしまったほどだった。
めまぐるしく早い曲が終わり、ダンサーがピタッと曲に合わせてダンスを終える。
ダンスが終わっても、皆あまりの驚きに言葉が出ない。初めての静寂が会場を包んだ。
そんな静寂の中、チトセが大きな拍手をした。
そのチトセの拍手に、皆が目を覚ましたかの様に、ハッとなり、今度は今日一番の大
歓声が会場を包んだ。
最後のダンスを終えた司会者は、満足したようにニコッと笑うと、マイクを持って司
会を再会した。
「これで、全てのダンスが終了しました。大会の優勝者は、この会場にいる、観客の皆
さんの投票で決められます」
その司会者の言葉に観客がざわついた。
「えー、今から皆さんの目の前に、投票装置が出てきます」
司会者がそう言うと、秋斗達の観客の一人一人の目の前に、今日の大会に出場したグ
ループの名前と、決定という映像が映し出された。
「今日、参加されたグループの一番いいと思ったグループの名前を皆様に選んでいただ
き、投票された数が一番多かったグループが、今回の大会の優勝者となります! それ
では、投票をお願いします!」
会場からは、ざわめきと迷いの声が広がった。
「誰にしよー!」
「なあ、お前どうする?」
「私、決めた!」
そんな声が上がったが、五分後には皆決めたようで、結果発表を今か今かと待っていた。
皆の投票は、機械が自動的に集計してくれるので、皆が投票をし終わった3分後には、
結果発表が行われた。
「これより、代10回、ダンス甲子園の結果発表を行う!」
集計を終えた所で、壇上に校長先生が上がった。
校長の言葉に、会場は沸きあがった。
「今年の、ダンス甲子園、優勝者は・・・・・・!」
校長の言葉に、会場の皆が息を呑む。
「グループ名、B・T!!」
校長がグループ名を発表すると、最後に踊って皆を驚かせた、一人のダンサーの映像が
流れた。
優勝者の発表に、会場が大きな歓声を上げた。
「やっぱり、あいつかー!」
「凄かったもんな」
秋斗の言葉に、達也が頷いた。
秋斗はチトセのグループに投票したが、やはり最後に魅せたダンサーに多くの人が投
票したようで、今年のダンス甲子園の優勝者は、一人のダンサーB・Tに決まった。
優勝した男子生徒に、校長から優勝賞金の百万円が手渡され、大きな拍手に包まれて、
学園際の一日目は幕を閉じた。
「なあ達也、今日、俺の家に来ねー? どうせもう、帰る船とかねーだろ?」
「あ、それい~ね~!」
時間も夜の10時を回り、帰る船も出ていない事を知っていた秋斗は、達也にそう言
った。カナも嬉しそうに同意した。だが、そんな秋斗の言葉を聞いた達也は不敵な笑み
を作ると言った。
「悪ぃな、秋斗・・・・・・。今日は、ホテルを取ってるんだよ」
「「えっ!!」」
達也のその言葉に、隣にいたヒトミは顔を赤くした。
って言う事は・・・・・・高校生の付き合いたての男女が、お泊まり!!?
「そう言う訳だから! んじゃ、また明日なー!」
そう言うと、達也は恥ずかしがるヒトミの手を取り、ホテルに向かって行ってしまっ
た。
・・・・・・マジかよ。
「す、凄いねーたっちゃん・・・・・・」
「あ、ああ」
幼馴染の大胆な行動を見た、岩神兄弟は言葉を無くした。カナはどことなく顔が赤く
なっている気がした。が、そんなカナを見なかった事にして、秋斗達は無言で家に帰っ
た。
慌ただしい学園際の一日目は、幼馴染の衝撃で終わった。