許せない行為
秋斗達が学校を終え、いつもの様に皆で帰ろうとしたその日、事件はおきた。
「あれ、良子は~?」
「さっきトイレに行ったよ~」
いつもなら真っ先に帰りたがる良子が、教室に居なかった。
不思議に思った秋斗が聞くと、カナがそう答えた。
「すぐ来るでしょ」
「そうだな、待ってるか」
だが、暫らく待ってみても良子はいっこうに戻ってこない。
「遅いな」
「おいおい、女の子のトイレは長いんだよ」
「でも、遅すぎる」
心配した健に、翔がそう返した。が、いくらトイレだからと言って、かれこれ30分
近くは経っていた。
「ちょっと、見てくる~!」
そう言ってカナはトイレに向かった。
少し待ってると、カナが大慌てで戻ってきた。
「大変、大変、大変だよ―――!」
「どうしたの? カナ」
「大変なの!」
「とりあえず、落ち着け!」
慌てすぎて言葉が出ないカナをひとまず落ち着かせ、カナが落ち着いたのを確認する
と、チトセが聞いた。
「それで、どうしたの?」
「そ、それが・・・・・・コレ見て・・・・・・」
そう言って、カナは鞄に付いた紙を見せた。
「これは・・・・・・良子の鞄・・・・・・?」
皆が不思議がって、良子の鞄に付いた紙を見た。
「なによ、コレ・・・・・・!」
その紙には、荒々しい字で、こう書かれていた。
「夢野良子は預かった。返して欲しければ体育館倉庫に来い。上木陽一」
最後には、聞いたことのない男の名前が書かれていた。
「上木陽一・・・・・・?」
「なっ! 上木陽一だって!?」
チトセの言った名前を聞いた翔が、驚きの声を上げた。
「知ってるのか? 翔」
「上木陽一・・・・・・この学校の悪グループを仕切ってる男で有名なやつだ・・・・・・」
「マジかよ・・・・・・」
その言葉を聞いたチトセは、急いで良子の携帯に電話をかけた。
暫らく鳴らしていると、良子の電話に繋がった。
「良子!? 無事?」
『・・・西園寺チトセだな』
「なっ! アンタは・・・・・・上木陽一・・・・・・?」
『そうだ。紙に書いた場所に今すぐ来い。でないと――――』
チトセの電話ごしに、良子の悲鳴が聞こえる。
「良子!!」
『わかったな? 早く来いよ』
「あ、ちょっ――――!」
上木陽一はそう言うと、電話を切ってしまった。
「良子・・・・・・!」
「チトセ!?」
チトセは一人で、体育館倉庫に向かって、走って行ってしまった。
「俺達も行くぞ!」
「おう!」
健の言葉を聞いて、皆で体育館倉庫に向かった。
体育館倉庫に行くと、見るからに悪そうな奴等が沢山いた。そこに、先に向かってい
たチトセが、一番奥で偉そうにソファーに座っている奴と話していた。
「良子はどこ!?」
「フッ、まあ落ち着けよ。少し俺の娯楽に付き合ってくれよ」
「娯楽ですって・・・・・・?」
「ああ、今からこいつらと戦ってもらう。お前・・・強いんだろ?」
「なっ! 何言ってやがる!」
二人の会話を聞いていた秋斗は、ふざけるなと叫んだ。体育館倉庫にいた人は、ゆう
に20人はいた。そいつらと戦えなんて部が悪すぎる。
「言っておくが、西園寺チトセ、お前一人で戦うんだ。他の奴等が助けに入ったら、良
子がどうなるか分かっているな?」
「こいつ・・・・・・どこまで卑劣なんだ!」
「ハッ、どうとでも言え。お前等! やれ!」
「「「「「お―――――!」」」」」
上木陽一の号令で、男共が一斉にチトセに襲い掛かってきた。
「くそっ!」
秋斗が一緒に戦おうとした時、チトセが手で秋斗を静止した。
「チトセ・・・・・・?」
「秋斗は手出さないで」
「でも・・・・・・」
「大丈夫!」
そう言ってチトセは二カッと笑った。
不安がる秋斗をよそに、チトセは襲いかかる男共を寄せ付けず、次々と倒して行った。
「強いっ!」
チトセの戦いを見た健が、驚きの声を上げた。だが、あまりにも多い数の人数を相手
にしている為、チトセは無傷ではなかった。
「チトセ・・・・・・!」
俺は、また何も出来ないのか・・・・・・!?
そう思いながらも、秋斗は、ただただチトセを見守る事しか出来なかった。
「ぐはぁっ!」
「さあ、良子を返して貰うわよ!」
最後の一人を殴り飛ばし、20人はいたであろう相手をチトセは一人で倒すと、ソフ
ァーに座る上木に向かって言った。
「ハハハ! さすがは西園寺チトセだ! 噂どうりに強い。まあ、こいつ等にやられる
程度じゃ意味がないからな」
「意味・・・・・・?」
「なあに、気にすんな。俺と勝負して、お前が俺に勝ったら、夢野良子を返してやる。
簡単だろ?」
「・・・・・・いいわ、かかってきなさい!」
「言っとくが、俺を他のやつらと同じと思うなよ?」
「ごたくはいいから、さっさとかかってきなさいよ!」
「ハハハ、面白い! じゃあ、望みどおり・・・・・・行くぜ!」
上木はそう言うと、チトセに向かっていった。チトセと上木のバトルが始まる。
「なっ! あいつ・・・・・・口だけじゃねー!」
秋斗はチトセと戦う上木を見て、驚いた。
上木は、素早いチトセの攻撃を一度も受けずに、ギリギリのところで避け、チトセに
攻撃を与える。太く、鍛え上げられた上木の腕から繰り出す打撃が、チトセのお腹に入る。
「チトセ―――!」
上木は、苦しむチトセの耳元で、ニヤリと笑みを浮かべながら呟いた。
「楽しませてくれよ?」
「くっ・・・・・・おぉぉおおお―――!」
「おっと」
負けじと繰り出すチトセの攻撃は、虚しく空振りに終わった。
そんな攻防が、30分は続いた。一方的に、上木がチトセを押していた。上木にボロ
ボロにされながらも、チトセは諦めることなく、果敢に上木に立ち向かって
いった。
「はぁー・・・・・・はぁー・・・・・・」
「どうした? ギブアップか?」
「誰が・・・・・・ギブアップなんか・・・・・・」
「ハッ! 頑張ったお前に、面白い物を見せてやるよ」
そう言って、上木は持っていたボタンを押した。
「良子!!」
上木がボタンを押して、ドアが上に開くと、そこには痛々しい良子の姿があった。
明らかに、上木に悪戯されたのであろう良子の洋服は、切り裂かれてい
た。
「ハハハ! この女、面白かったぜ! チトセ、チトセーって、ずっとお前の名前を泣
きながら叫んでよー。ハハハ! そそられたぜ!」
「あんのやろぉおお―――・・・・・・!」
良子の姿を見て、上木の言葉を聞いた翔が、拳をブルブルと震わせ、上木に飛び掛ろ
うとした。秋斗も健も、これ以上は我慢が出来なかった。
チトセに止められたからここまでチトセが傷つくのも黙って見ていたが、これ以上は
我慢の限界だった。後でチトセにこっぴどく怒られようが、構わなかった。
上木に殴りかかろうとした皆は、良子の痛々しい姿を見て激怒したチトセを見て、驚
き動けなかった。
「あ、あれは・・・・・・」
チトセの体からは、美しい銀色のオーラが放たれていた。
「お前―――異能者だったのか? 面白い! おら、かかって来いよ!」
チトセのオーラを見た上木は、恐れる事なくそう言った。そんな上木を睨みつけ、チ
トセは言った。
「許さない・・・・・・アナタは、一番やっちゃいけない事をした・・・・・・」
そう言うと、体から出た銀色のオーラが増大し、チトセの右手、一点にオーラが集中
した。すると、そのオーラが伸びて、棒状の形を作り、それはすぐに、本物の刀へと変
わった。
「神剣・・・・・・」
その剣を力強く両手で握り締めると、チトセは勢いよく上木に向かって行った。
「うおぉぉおおおおおおおおおお――――――――!」
「なにっ!?」
剣を持ったチトセは、異能の力なのか、パワーもスピードも桁違いに上がっていた。
さっきとは打って変わって、チトセが上木を圧倒していく。
チトセの持った剣は幻影などではなく、本物の真剣と変わらず、木の木材を綺麗に真
っ二つに切った。
「くっっ!」
上木はチトセの攻撃を避けるだけで精一杯になった。チトセの剣を避けた上木は、気
がつくと逃げ場所を失い、チトセに追い込まれていた。
苦し紛れに自慢のパンチを出すが、あっさり避けられる。
「これが異能者の・・・力・・・」
さっきとはまるで別人。まるで歯が立たない。大人と子供のじゃれあいのようだった。
チトセは、謝る上木を冷たい眼差しで見下ろしながら、剣をゆっくりと持ち上げた。
「ハッ・・・! おめーにできんのか? その刀で、俺を切ることが!?」
上木の挑発に、チトセはボソッと呟いた。
「・・・・・・アンタがいくら謝っても、良子が受けた傷は癒えないわ」
初めて見る、チトセの殺意の眼差しを見て、翔が言葉を漏らす。
「お、おい、ちょっとこれ、やベーんじゃねーか!?」
「あ、ああ。チトセ! 挑発にのるな!」
健の言葉も、耳に入らないチトセは、上木の言葉で、もう誰にも止められない。
「できるもんならやってみろっ!!」
「お望みどおり、やってやるわよ――――!!」
「チトセ、駄目だ! やめろ――――――!」
そして、持っていた剣を――――振り下ろす。
チトセの殺気のこもった瞳を見て、上木の脳裏にある言葉が浮かんだ。――――死。
こいつ、本当に俺を殺す気か・・・?
「うわぁぁあああああ―――――――!」
まさか本気でくるわけない、とたかをくくっていた上木の悲鳴が体育館に響き渡る。
自分の剣から、血が滴りおちるのを、チトセは驚愕の顔で見た。
「あ・・・・・・・きと・・・・・・」
「う・・・・・・くっ・・・・・・」
チトセの剣が、秋斗の腕を切りつけていた。ギリギリのところでチトセは秋斗に気づ
き、避けようとしたが完璧に外す事が出来ず、秋斗の腕から大量の血が流れる。
「秋斗、なんで!?」
そう叫ぶと、チトセの神剣はフッと消えた。血を流す秋斗を見て、チトセは少し正気
を取り戻していた。
「チトセが殺人者にならないで済むなら、これぐらいどうって事ない・・・・・・」
「秋斗・・・・・・」
「それより、良子を・・・・・・」
「そうだ、良子!」
秋斗の言葉を聞いたチトセは、急いで良子の元へ行き、良子を縛っていたロープを外
した。
「チトセー! 怖かった・・・・・・」
「良子・・・・・・もう大丈夫」
震える良子をぎゅっとチトセが抱きしめると、珍しく慌てた緒方がやって来た。
「お前等、大丈夫か!?」
「先生・・・・・・」
カナから事情を聞いた緒方は、腰を抜かして呆ける上木を見ると、苦い顔をした。
「上木! お前、何てことを・・・・・・」
「・・・・・・警察にでも連れてけよ」
「当たり前よ!」
上木の言葉を聞いたチトセが、すぐに怒鳴りつけると、良子がはだけた胸元を押さえな
がら言った。
「先生、・・・・・・私は彼を許すわ」
「そんなっ! 良子、なんでこんなやつ・・・!」
「そうだぜ、許す必要なんかねーよ!」
驚き、否定するチトセと翔をよそに、良子は続けた。
「人は誰でも間違いは起こすもの。確かに今回の事は許される事じゃないけど、彼は私
に暴力は振るってないし・・・私に暴力を振るおうとした仲間を、逆に殴り飛ばしたのよ」
そう言って、良子が目を向けた方を見ると、確かに良子の縛られていた近くに、伸び
ている生徒がいた。
「でも・・・またコイツがこんなことをしないって保障はないわ」
それでもチトセは、納得が出来ないという顔をしていた。そんなチトセに、良子はニ
コッと微笑むと、上木を優しい眼差しで見て言った。
「なぜ、こんなことをしたのか分からないけど、もうこんなことはしないと思うわ。彼
も反省しているみたいだし・・・・・・私は許します」
「・・・・・・だそうだ、上木」
良子の言葉を聞いて、緒方はどこか嬉しそうに上木を見た。
「・・・・・・本当に・・・いいのか?」
「しつこいわね、いいって言ってるじゃない!」
まだ納得がいかないみたいで、少しイライラしたようにチトセが口をはさんだ。
「・・・・・・こんな俺を許してくれる・・・のか?」
酷いことをした相手に助けられ、涙ぐむ上木の姿を見て、事件は幕を下ろした。
上木はある店に来ていた。小さな看板が付けられた家のドアを開ける。
「おー、来たのか。久しぶりじゃん」
昔の常連客に、店の人が驚きながら声を掛ける。
「俺の絵、完成させて貰おうと思ってな」
「・・・・・・ふ~ん」
そう言って、店の人は上木の顔を見た。
「なんかスッキリした顔しちゃってー。いいよ、寝な」
そう言って、店員は慣れた手つきで準備を始めた。落ち着いた音楽が流れる店の奥に
ある小さめのベットに、上木は服を脱ぎ、仰向けに寝た。
準備が終えた店員が、ベットに横になった上木の隣に椅子を置き、腰を下ろすと、手
に持った機械の電源を入れた。ジーっという機械の重低音が店の中に響く。
「相っ変わらず我慢強いね~。ここ、大男でも泣き叫ぶ様な場所だよ?」
「ふんっ・・・・・・」
店員は昔みたいな力強い眼差しが戻った上木を見て、嬉しそうな顔になった。
昔の上木は強かった。誰よりも強く、そして・・・誰よりも優しかった。
上木は、その才能を生かして、ボクシングのチャンピオンになった。そんな上木は、
才能のある先輩に嫉妬された。
ある日事件は起こった。上木は先輩に呼び出され、大人数にボコボコにされた。そし
て、動けなくなった上木の拳を石で――――潰した。
潰された拳は元に戻らない程、酷い傷だった。上木の拳は両腕とも義肢にな
り、義肢の腕になった上木は、二度とボクシングの試合に出られなくなった。
それから上木は荒れた。義肢をつけ退院した上木は、自分の腕をめちゃくちゃにした
先輩を意識不明の重体にするまでボコボコにした。
もちろん部活は退部。力をもてあました上木は学園のチンピラに片っ端から喧嘩を売
り、そして皆を束ねる程の地位を築いた。
だが、上木はずっとモヤモヤしていた。だから強い奴を探しては戦って、戦って、戦
いまくった。強い奴を倒した時だけは、少し、モヤモヤが治まった。
俺は誰よりも強い! 本当だったら、俺がチャンピオンだったんだ!
そんな戦いを続けていたが、上木の気持ちが晴れる事はなかった。だが、夢野良子に
出会い、本当の強さに気づいた気がした。
「ほら、出来たぜ」
完成したタトゥーを見て、上木は夢を追いかけていたあの頃を思い出す。
「・・・・・・ありがとうな」
「へっ?」
お礼を言って出て行く上木の後ろ姿を、店員は信じられないという顔で見ていた。
「上木のやろーがありがとう、ね・・・・・・」