時の番人
昼休み。いつもの様に皆で昼飯を食べていた時のことだった。
「なあなあ、実は昨日スッゲー噂、聞いたんだけどさー!」
情報通の翔が新しい情報を話しだした。
「なんでも山奥に、過去に戻れる異能者がいるらしいんだよー!」
「過去に戻れる?」
「なにそれ! 凄ーい!」
翔の言葉に一番興味を示したのはチトセだった。
「な!? スゲーだろ? でもその異能者を追いかけた人が言うには、その人は森の中
で忽然と姿を消したんだってよー!」
「キャー! 何それ~、怖~い!」
翔の話を聞いたカナは、楽しそうにそう言った。
「なぁ、秋斗! 俺達でその異能者、探しに行かねー!?」
「あ、いいねーそれ!」
楽しそうに言う翔に、チトセが賛同した。が、秋斗は首を横に振って言った。
「今日は俺、用事があるんだよ」
「なんだよ秋斗! のり悪ぃーぜー」
「秋斗、用事なんかあるの~?」
「俺をいつも暇人みたいに言うなよ・・・・・・」
残念がる翔にそんな事を言って、秋斗は断った。
そんな事を言いながら、その日の学校が終わり、放課後。いつもは皆と帰る秋斗だっ
たが今日は皆と分かれて帰った。用事がある、とだけ言って。
秋斗に用事なんてなかった。
「過去に戻れる異能者・・・・・・か。絶対見つけてやるぜ!」
過去に戻れる異能者の目撃情報があったという森に、秋斗は一人で走って行った。
「確かこの森だよな~・・・・・・やっぱり一人じゃ厳しかったか~?」
森の中をさまよう事、1時間。それらしい家も見つからず、というか人っ子一人居な
い森を歩き回り、秋斗はくたびれていた。
疲れた秋斗はひとまず休憩しようと思い、ひときわ大きな木にもたれ掛かった。
「うわっ! な、なんだ!?」
秋斗が木にもたれ掛かった瞬間、木にもたれたはずの秋斗は倒れた。
目を開けた秋斗は驚いた。秋斗がもたれた木の部分が扉になっていて、大きな木の中
は建物になっていた。
それもまるで人が住んでいるかのように、家具や電化製品まである。
「これは・・・・・・?」
「誰じゃ!」
「うわっ!」
秋斗が呆然としていると、建物になっていた木の2階に居たお爺さんが降りて来て、
秋斗を見るなり大声を上げた。
「あ、あんたもしかして・・・・・・! 過去をさかのぼれる異能者か!?」
「なんじゃ、わしの事を知っておるのか?」
白いヒゲを長く伸ばしたお爺さんは、秋斗の言葉を聞いて目を丸くした。
「やっと見つけた! お爺さん、俺を過去に連れて行ってくれよ!」
「なに・・・・・・?」
秋斗は翔の言葉を聞いて、過去に行きたいと思った。チトセとキスをしたあの時に。
だが、皆が居たらそう言えないと思った秋斗は、皆に嘘をついて一人で異能者を探した。
秋斗の言葉を聞いたお爺さんは、首を横に振ると深いため息を付いて言った。
「わしは、力はもう使わないと決めたのじゃ・・・・・・」
「なんでっ!?」
「過去に戻った所で、良い事なんて一つもないわい」
「そんな事ないよ! 頼むよ、お爺さん!」
「・・・・・・フー、仕方がないのう」
「やってくれるのか!? やった、ありがとう!」
秋斗のしつこさに折れたお爺さんは、秋斗を2階に連れて行った。
2階にあるベットに秋斗を寝かせると、お爺さんは聞いた。
「それで、いつに戻りたいのじゃ?」
「4月21日!」
忘れもしない、チトセとの初キスをした日を、秋斗はお爺さんに伝えた。
「それじゃ、行くぞい。目を瞑るのじゃ」
「おぅ! いつでもいいぜ!」
お爺さんの言う通りに秋斗が目を閉じると、お爺さんが力強く息を吐く音が聞こえた。
老人の体からは、綺麗な水色のオーラが出ていた。
『目を開けてもいいぞい』
お爺さんの声が秋斗の頭に響き、秋斗が目を開けると、秋斗はビーチパーティーの夜、
チトセと出会った砂浜に居た。
「スゲー・・・・・・本当に戻った・・・・・・」
信じていなかったわけではなかったが、本当に過去に戻った事に秋斗が驚いていると、
遠くから秋斗に向かって来る人影が見えた。
チトセ・・・・・・?
人影は、段々と秋斗に近づいてくる。秋斗の目の前に現れたのは、思った通り、チト
セだった。
「あ、秋斗」
「チトセ!」
暗い海辺を二人で砂浜を歩く。あの日と同じ様に。
まったくあの時と同じだ!
秋斗は、来るであろう言葉に胸が高鳴った。海辺を歩くこと数分、急にチトセが秋斗
に聞いてきた。
「今日のクイズ、答えなんだった?」
き、来た!
あの日、チトセは急に、ビーチパーティーに向かうバスに乗っている時に、翔が皆に
出した心理テストの答えを聞いてきた。
その心理テストは、宇宙人のデザートを食べれることになって、その味は何味だった
か、という物だ。その答えが、ファーストキスの味ということで、秋斗はその答えを言
った後・・・キスをされた。
「宇宙人の・・・・・・ケーキのこと・・・・・・?」
確認の為、聞き返してしまう声が震える。
「うん」
やっぱり、あの時と同じだ!
頷くチトセの顔は、すごく綺麗だった。秋斗は、これから起こるであろう事を想像し
て、緊張しながら答えた。
「か、かぼちゃだった!」
「かぼちゃ!? アハハハ!」
秋斗の答えを聞いたチトセの笑い声が、ビーチに広がる。
あの時と同じだ・・・・・・。
「か、かぼちゃ・・・・・・アハハハ!」
「・・・・・・・・・・・・」
あの時と・・・・・・。
「アーハハハハ!」
「あ、あの・・・」
「かぼ・・・アハハハ!」
「・・・笑いすぎだろ!」
「だって・・・・・・かぼちゃ・・・・・・アハハハ!」
「違う違う! こんなんじゃない! こんなんじゃな―――い!」
秋斗が叫ぶと、秋斗の視界は木の中の家に戻った。
「お爺さん、もう一回やってくれ!」
「なぬ、またやるのか・・・・・・?」
「頼むよ!」
「しょうがないの~ホレッ」
お爺さんがそう言うと、秋斗はまた砂浜に居た。
「こ、今度こそは!」
遠くから、チトセがやって来る。
「あ、秋斗」
「チトセ!」
暗い砂浜を二人で歩く。
さっきは、笑ってダメだった! 今度は真剣に言うんだ!
「今日のクイズ、答えなんだった?」
来た!
「チトセ、笑わずに聞いてくれ!」
「え? う、うん」
「ぜ、絶対、笑うなよ!」
「も~、なによ~」
「い、いいから! 絶っ対、笑わないでくれよ!?」
「わ、わかった」
「あ、あのな、かぼち・・・・・・」
「チトセ~! やっと見つけた!」
「あ、良子」
秋斗が言い終わる前に、良子がやって来てしまった。
「りょ、良子!? 何か来るの早くね!? 違う違う! もう一回!!」
秋斗がそう叫ぶと、お爺さんの声が秋斗の頭に響いた。
『懲りない奴じゃのー。最後じゃぞ、ホレッ』
お爺さんのその声で、秋斗はまたチトセと出会う前の砂浜に戻った。
遠くの方からチトセがやって来る。
さっきは慎重になりすぎて、良子が来てしまった! 慎重に、早く言うんだ!
秋斗の前に、チトセが来た。
「あ、秋斗」
「かぼちゃだった」
「・・・・・・え?」
「かぼちゃだったんだ」
「・・・・・・そう」
そう言って、チトセはニコッと笑った。その笑顔は神秘的で・・・・・・
「って、違う違――――う!」
秋斗が叫ぶと、秋斗の視界は木の家に戻った。
「なんであの時と同じじゃないんだよ~・・・・・・」
うな垂れた秋斗を見て、お爺さんは目を細めて言った。
「わかったか? ボウズ。人生というのはな、日々奇跡の連続で出来ているんじゃよ」
「奇跡の連続・・・・・・」
「そうじゃ。一度起こったからと言って、同じ事が起こるとは限らん」
「じゃ、じゃあ、俺はチトセとキスしてない事になったのか・・・・・・」
「ホッホッホ、安心せい。そういう事になると思って、過去には送っておらん」
「えっ?」
「あれはお前さんが作り出した、幻想じゃ」
「げ、幻想・・・・・・」
そんな事も出来るのかと思いながらも、秋斗は過去に連れて行ってくれなかった事に
感謝した。ホッとしたような秋斗を見て、お爺さんは話だした。
「わしも昔、この力を使った。わしの奥さんが強盗に殺されたからの」
「殺された・・・・・・」
「そうじゃ。だからわしは、この異能を使い、強盗が起きた日に、警察を呼んで奥さん
を助ける事が出来た。じゃが・・・・・・」
「だけど・・・・・・?」
言葉に詰まったお爺さんの顔は、どこか悲しげに見えた。が、入れてきたコーヒーを
一口飲んで、お爺さんは言った。
「・・・・・・強盗は、わしの家に警察が居る事を知ると、違う家で強盗殺人を犯したのじゃ」
「そんな・・・・・・」
「それに、その日は、飛行機の墜落事故が起きて、大勢の人が亡くなっていたのじゃ・・・
・・・ボウズ、それがどういう事か分かるか?」
「どういう事・・・・・・?」
お爺さんの言葉に、秋斗は意味が分からないという顔をした。
「その飛行機事故で亡くなってしまった人達は、2度も恐ろしい体験をしたんじゃ。わ
しの異能の力でな・・・・・・」
「そ、そんなの、お爺さんの所為じゃないよ!」
「フッ。わしの所為じゃなくとも、その人達が2度死ぬ苦しみを味わったのは、わしの
所為なんじゃよ・・・・・・」
「お爺さん・・・・・・」
「わしがこの力を使えば、毎日何人と死人が出てる、どこかの国で、苦しむ人が出るん
じゃ」
「・・・・・・・・・・・・」
「だからわしは、この力を二度と使わないと決意した。わしのこの力は、過去に戻って
未来を変えたいと思う、愚かな行為を分からせる為に与えられた力なのじゃよ」
お爺さんの話しを聞いた秋斗は、さっきの自分の軽率な考えが恥ずかしくなった。
うつむく秋斗を見たお爺さんは、ニコッと笑って言った。
「だから、日々その時その時を、一生懸命に生きていればいいのじゃ」
「お爺さん・・・・・・」
「さあ、もう時間も遅い。そろそろ帰りなさい」
「・・・・・・うん」
お爺さんにお礼を言って、秋斗は家に帰った。
次の日。秋斗はいつもの昼飯を食べるメンバーでお爺さんの家に行った。
「おお、君は・・・・・・」
お爺さんは、秋斗と皆を見ると始めは驚いたが、快く家に入れてくれた。
「わっ! スッゲーな! ここ!」
「秋斗! 用事があるなんて言って、昨日一人で探してたのねー!」
「キャー! 凄~い!」
そんな事を言いながら、お爺さんの家でみんなといつもの様にはしゃいだ。秋斗は、
お爺さんが一人で森の中に住んるのはなんだか寂しいんじゃないかと思って、皆を連れ
て来ていた。
そんな皆をお爺さんは、暖かい眼差しで見ていた。が、お爺さんは皆の後ろに現れた
幻影を見て、言葉を失った。
「こ、これは・・・・・・! 神々・・・・・・!」
木の家という珍しい家を見てはしゃぐ皆の後ろには、神話上の神々の姿が見えた。
「わしの予言は、この子達の事を言っていたのか・・・・・・」
お爺さんの目に映った幻影は、すぐにフッと消えた。
その光景を、信じられないといった面持ちで見ていたお爺さんは、小さな少女を見て、
更に衝撃を受けた。
「こ、この子は・・・・・・!」
その少女は、カナだった。皆と楽しそうに話しているカナを見て、老人は声を漏らし
た。
「この子は、自分の事を分かっていないのか・・・・・・」
眉間にしわを寄せながら老人はカナを見つめていたが、やがてフッと笑顔が零れた。
「それにしても、なんと屈託のない笑顔で笑う子じゃ・・・・・・世の中には、知らないとい
けない事と、知らなくていい事がある・・・・・・。こんなに幸せそうなら、きっと、知らな
い方がいい・・・・・・」
そんな事を呟いて、老人の家で楽しそうに遊ぶ皆を見る。
「いつ以来じゃろうか、こんなに穏やかな光景は・・・・・・」
そんな事を考えながら、皆を見つめる老人に、翔が聞いてきた。
「なあなあ、爺さん、秋斗は過去に連れてったのか?」
「なっ!」
「あ、それカナも気になる~!」
「秋斗だけインチキだぜ!」
「バカッ! 連れてって貰ってなんかいねーよ!」
必死で否定する秋斗をよそに、老人はポツリと言った。
「連れていってはいないが・・・・・・キスがどうのとか言っとったの~」
「「「「キスッ!?」」」」
老人の言葉に、皆が食いついてきた。チトセだけは、呆れた顔で秋斗を見てきた。
「い、い、いや・・・・・・違うんだよ・・・・・・」
「秋斗! お前、誰かとキスしたのかよ!」
「秋斗君! いつ、誰と、どこでしたのか言いなさい!」
「秋斗・・・キスしたんだ・・・」
「そ、そんなの誰だってするだろ! 子供じゃあるめーし!」
「こう太は子供だろ!」
「なんだと!」
「いや、時と場所をキチンとしていればだな・・・」
そんな皆の言葉が飛び交う。そんな光景を老人は微笑ましく見ていた。
「人間も、捨てたもんじゃないのう・・・・・・よしえ・・・・・・」
その日、秋斗は良子に質問攻めにされた。