エレベーターパニック
休日、秋斗達はいつものメンバーで、学校から少し離れたショッピングセンターに来
ていた。秋斗がチトセを映画に誘ったら、その話を聞いていた良子が自分も行くと言い
出して結局いつものメンバーで行くことになったからだった。
そのショッピングセンターはこの街で一番大きなショッピングセンターで、週末には
沢山の人で溢れていた。そんなショッピングセンターの最上階に、秋斗達のお目当ての
映画館があった。その建物は屋上の駐車場も含めて、16階もあった。
11階にある映画館に行くと、そこにも家族連れの人やカップルが沢山列を作ってい
た。映画館に着くなり、健は辺りをキョロキョロと見回しながら言った。
「ここが映画館か・・・・・・」
「健、なに始めて来た、みたいなこと言ってんだよ」
そんな健に、こう太が突っ込む。
「ん? 俺は始めて来たぞ」
「「「「「えっ!」」」」」
健の言葉に、一同騒然とした。
「健ってたまに、全然学生らしくない事言うんだよな~」
秋斗に翔が小声で言った。そんな健を気にせず、チトセが沢山並べられた看板の中の
一つを見てテンションを上げる。
「これこれ~! アタシ見たかったのよね~!」
「え・・・・・・これかよ・・・・・・」
チトセが目を輝かせて見つめる看板を見て、翔がガックリと肩を落としたした。チト
セが見ていたのは、戦隊ヒーロー物のいかにも子供向けの映画だった。
「さっ、行くわよ~!」
完璧にテンションの上がったチトセに、翔だけがあまり乗り気じゃなかった。他の皆
は割りと楽しそうだった。
秋斗はというと、チトセと一緒に居られればそれだけで良かった。
「マジかよ・・・・・・俺ら高校生だぞ?」
翔のそんな呟きに耳を貸す物はこのメンバーの中にはいなかった。
2時間後――――
「うおー! めっちゃカッコ良かったなー!」
映画を見終わって一番テンションが上がっていたのは翔だった。
「なによー、最初はあんまり乗り気じゃなかったくせにー」
「いやいや、戦隊物を少しみくびってたぜ!」
チトセの冷やかしの目も全く気にならないほど、翔のテンションは上がっていた。
「ねえねえ、次どこ行く~?」
まだまだ遊びたいようで、カナがそんな事を言う。
「そうだ! この下に大きいゲームセンターがあるから、そこに行こー!」
「「「「「賛成~」」」」」
チトセの提案に一同賛成した。
「エレベーター使いましょうよ」
近くにあったエレベーターを見て、良子が提案した。
「おっ、いいね~」
翔が、良子の後ろに着いて行く。良子がエレベーターのボタンを押して、エレベータ
ーが到着し、扉が開いた。
良子がエレベーターの中に入り、皆がエレベーターの前に着き、中に入ろうとした、
その時だった。
「なっ、なんだ!」
急に地面が激しく揺れだした。建物に掛けられた絵が落ち、天井のシャンデリアが大
きく揺れる。
「地震だ! 皆伏せろ!」
健のその声で、皆は地面に伏せた。
「キャ――!」
「助けて――!」
「うわ――!」
大きな地震が建物を激しく揺らし、ショッピングセンターに悲鳴が響きわたる。
地震が始まる前に、良子は一人だけエレベーターに乗ってしまっていた。地震の影響
で壊れてしまったのか、エレベーターが下に落ち出す。
「良子!」
エレベーターが下に落ちきる前に、翔が良子のいるエレベーターの中にギリギリで飛
び込んだ。が、良子と翔がエレベーターから出る前に、エレベーターは下に下がってし
まった。
暫らくの間落下すると、大きな音と共に良子と翔が入ったエレベーターが止まり、二
人は強い衝撃を受けた。
「いたたたた・・・・・・って・・・・・・キャ―――!」
「いて――――!」
良子が気が付くと、翔が良子の胸の下敷きになっていた。自分の胸に翔の顔があった
のを見た良子は、反射的に翔の頬をひっぱたいた
「な、なにすんだよっ!」
「ごめんなさい・・・・・・つい」
翔が自分を助けてくれたという事に気づいた良子は、慌てて翔に謝った。
「それにしても・・・・・・」
翔がエレベーターを見回すと、翔達は閉じ込められた事に気づいた。何階に居るのか
という事も分からなかった。
良子がエレベータに設置された救援ボタンを押したが、反応がない。どうやらさっき
の地震の衝撃で故障してしまった様だった。エレベータのドアは閉じていて、出られる
気配がなかったので、とりあえず二人は救助を待つ事にした。
二人がエレベーターに閉じ込められて、何時間が経っただろうか。長い間、良子と翔
はエレベーターの中に閉じ込められていた。
人は狭い所に閉じ込められていると、不安に襲われてしまうものだ。良子はいつまで
経っても来ない救援に、不安を抱いていた。
「・・・・・・遅いわね・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
そんな良子の言葉に構わずに、翔がいきなり歌い出した。しかも、こんな状況に陥っ
ているというのに、明るい歌を歌った。
「ちょっと、こんな時になに歌なんか歌って・・・・・・」
翔に注意しようとした良子は、言葉を飲み込んだ。翔は綺麗なオーラを体にまとい、
異能の力を出していた。
翔がただ単に、呑気に歌っている訳ではなく、自分を勇気付けようとしている事に、
良子は気づいた。
「翔のくせに・・・・・・」
そんな言葉を呟きながらも、翔の綺麗な歌声を聞いている内に、良子は落ち着きを取
り戻した。
「キャッ!」
翔の歌がちょうど歌い終わった時だった。翔が良子を押し倒してきた。男の力に叶う
はずもなく、良子は簡単に押し倒された。
せっかく見直したのに! これだから、男なんて・・・・・・!
そんな事を思いながら翔に押し倒されたままになっていると、良子はやがておかしい
事に気づいた。翔は、良子を押し倒したままピクリとも動かなかった。
「翔・・・・・・! ちょっと、なにこれ!」
不思議に思った良子は、翔を見て驚いた。翔の肩から大量の血が出ていた。
「もしかして、私を庇った時に・・・・・・?」
そんな事を思いながらも、良子は急いで緊急用の為に設置されていたボックスを開け
た。が、救急ボックスに入っていたのは、飲み物の水と、一枚の布団だけだった。
良子はいきなり自分の洋服を破いた。
「夏で良かったわね・・・・・・」
薄い生地の洋服を引きちぎると、それを翔の傷口に巻き付けた。どうにか止血の応急
処置は出来た。
「止血は出来たわね・・・・・・あつっ・・・・・・!」
苦しそうな顔をする翔のおでこに手を当てて、良子は驚いた。翔のおでこは、驚くほ
ど熱かった。
翔の痛みを和らげようと思った良子は、自分の鞄に入っていた鎮痛剤を取り出して、
緊急用に設置された水を飲ませようとした。
「ほら、口あけなさい!」
「ぅ・・・・・・」
「ちょっと、ちゃんと飲みなさいよ」
良子が翔に薬を飲ませようとしたが、意識が朦朧としていた翔は、薬を飲み込めなか
った。
「助けてくれたお礼だからね・・・・・・」
翔に聞こえていたかは分からないが、良子はそう言って薬と水を自分の口に含んだ。
そして、翔の顔を顎を持ち自分に向けて・・・・・・口移しで翔に飲ませた―――
「んっ・・・・・・」
「これで少しは大丈夫ね・・・・・・救助はまだ来ないのかしら・・・・・・」
怪我を負った翔の様子が気になった良子は、救助が遅いのに焦りを感じだした。
「うぅ・・・・・・寒い・・・・・・」
「え・・・・・・?」
地震の影響で、暖房が故障していたのか、エレベーター内は驚くほど寒かった。良子
はエレベーターに設置された布団を出して、翔を包んだ。だが翔は体をガタガタ震わせ
ると、顔が段々青ざめていった。
「起きてたら、ぶっ殺すからね・・・・・・」
良子はそんな事を言って、翔に寄り添って布団を巻き付け、翔を暖めた。
「・・・・・・あったけー・・・・・・」
「・・・・・・バカ・・・・・・」
少し安らいだ翔の顔を見て、良子はそんな事を言いながらも少しホッとした。
「男なんて・・・・・・自分勝手のくせに・・・・・・」
そんな事を言いながら、急なアクシデントに疲れていたのか、人の体温に触れて落ち
着いたのか、良子は夢の中に落ちていった。
「パパー! パパー!」
泣きじゃくる小さな良子がいる。
「可愛そうね・・・・・・あんなに小さいのに・・・・・・」
「母親は海外に居るんだって?」
「ええ、なんでも離婚してしまっているみたいよ・・・・・・」
良子の父親が不慮の事故に合ってしまい、良子は父親の葬式に出ていた。ヒソヒソと
良子の父親の会社の人の話し声が聞こえる。
「良子ちゃん、うちの養子にならないかい?」
「何を言ってる! 良子ちゃん、私の養子に来なよ?」
父親の葬式だと言うのに、そんな事を言ってくる礼儀知らずの人だかりが出来る。良
子の才能や容姿を好んでそう言ってきている事を、幼いながらも良子は感じ取っていた。
無神経な大人達の媚びる様な笑顔が、良子の前に広がる。10歳という幼い子供に群
がる男共。
きっと私の才能を、利用しようとしているんだわ・・・・・・。
汚らしい! 汚らしい! 汚らしい!
男なんて! 男なんて! 男なんて!
葬儀が終わった良子は、自分の部屋に閉じこもっていた。一人部屋というには広すぎ
る部屋で、良子は最愛の父親の死に悲しんでいた。
―――――コツンッ
「・・・・・・ん?」
部屋の窓に何かがぶつかる音がして、良子は窓を見た。
「あなたは・・・・・・」
そこには良子と同じ年の、小さな女の子がいた。西園寺チトセ。いつも元気な彼女は
何かと街を騒がしていて、街の有名人だった。そんな彼女とはある日、良子の大きな屋
敷に勝手に入ってきて、知り合った。
その時小学校ではなく大学に通っていた良子は、チトセが屋敷に遊びに来た時に、少
し話をする程度の仲だった。
大富豪の良子の父親の突然の死は、ニュースにも取り上げられる程だった。チトセも
良子の父親の死を知って、屋敷に来たのだろう。良子は部屋の窓を開けて、チトセを部
屋に入れた。
いつも笑顔で元気なチトセは、その日珍しく大人しかった。部屋の中で何をするでも
なく、チトセは無言で座っていた。
そんなチトセの隣に座った良子は、父の死を思い出して涙が溢れてきてしまった。
「パパ・・・・・・死んじゃった・・・・・・」
「うん・・・・・・」
チトセは何も言わなかった。慰める訳でもなく。哀れむ訳でもなく。ただ、良子の傍
に居た。でも、良子は嬉しかった。何も言わずとも、ただ誰かが傍に居て欲しかった。
「パパ、パパァ――――――――!」
「良子・・・・・・」
チトセは、何も言わずに泣きじゃくる良子を強く抱きしめた。周りの人は、良子を利
用しようとする人ばかりだった。でも、チトセは違った。チトセは、チトセだけは、良
子の為を想い何も言わずに傍に居てくれた。
大人は汚い。利用する事しか考えない。自分の事しか考えない。男なんて、男なんて・・・・・・!
「男なんて・・・・・・」
でも、なんでこんなにも暖かいのだろう。なんでこんなにも安らぐのだろう。
自分を守って、怪我をして、高熱を出して動けなくなった翔を見て、良子は呟く。
「・・・・・・バカ・・・・・・」
良子がそんな事を思っていると、エレベーターの扉が開き、聞きなれた声が聞こえて
きた。
「良子・・・・・・」
「翔・・・・・・」
「大丈夫・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「二人共、無事っ・・・・・・」
「皆! ・・・・・・ん?」
救援隊と、仲間の皆が助けに来てくれたが、皆、良子と翔を見て固まった。
良子はどうしたのだろうと思い、自分の状況を見て理由が分かった。寒がる翔を暖め
る為に、良子と翔は二人で寄り添いながら布団にくるまっていたから、それを見た皆は
勘違いした。
「ち、ち、ち、違うのよ! これには理由が・・・・・・!」
「なんか、お邪魔だったみたいね・・・・・・」
「そうだな・・・・・・カナ! こう太! お前達にはまだ早い!」
「良子達、大人~・・・・・・」
「良子と翔って、できてたんだな・・・・・・」
「こういうのはだな、場所をわきまえてだな・・・・・・」
次々と、勘違いした声が飛び交う。
「ご、誤解よ―――――――――!」
良子の叫びは、誰にも届かなかった。
救援隊が、負傷した翔を見て驚いた。翔の手当てをした応急処置があまりにも完璧だ
ったから。
「凄いわね・・・・・・彼女」
救援隊の驚きの声も、じゃれあう皆には聞こえていなかった。