約束
「チトセちゃんあのね、ボク、チトセちゃんの事が好きなんだ」
「え?」
「チトセちゃん明日から遠くの方にいっちゃうんでしょ? ボク、大きくなったら、絶
対会いに行くから、その時ボクと結婚してくれる?」
大好きなチトセちゃん、お父さんとお母さんのお仕事の関係で明日から遠くの方に行
ってしまうらしい。
そんな大好きなチトセちゃんに勇気を振り絞ってボクの想いを伝えた。
「アキちゃん・・・・・・」
少し困惑した表情のチトセちゃん。そんな顔もカワイイ。
「アキちゃんあのね・・・・・・その・・・・・・」
「チトセちゃん?」
すごく言いずらそうなチトセちゃん。ボクじゃだめなの?
「あのね、女の子と女の子は、お結婚できないんだよ?」
「・・・・・・え?」
「だーかーらー! 女の子同士だとお結婚できないの。アキちゃん、知らないの?」
チトセちゃん、ボクは・・・ボクは・・・・・・!!
「俺は男だ――――――――!!」
秋斗は見慣れた部屋のベットの上で目を覚ました。
「夢・・・・・・か・・・・・・」
時計に目を向けると、時間は7時を少し回った所だった。
「うわ・・・・・・ビショビショだよ・・・・・・」
嫌な汗をたくさん掻いていた秋斗は、汗まみれのTシャツを脱いで、少し早かったが
通っている中学校の制服に着替えた。
汗まみれのティーシャツを持って1階の風呂場に降りると、Tシャツを洗い物カゴの
中に投げ入れ、リビングに向かった。
リビングに行くと、母さんが毎日の日課である、朝食を作ってくれていた。
「おはよー」
「あら、おはよー。今日はいつもより早いわね、珍しい。と言うより奇跡だわ。雨、い
や大雪が降るわね」
いや、いつもより早く起きただけでそこまで言わなくても・・・・・・。
いつもより早く起きてきた秋斗を見て、母さんがからかってくる。
まだ朝食を作り始めたばかりらしい母さんに声を掛けてリビングに腰を下ろすと、秋
斗はテレビの電源を入れて、今朝見た夢の事を思い出す。
「なんであんな夢見ちゃったんだろ・・・・・・」
あれは秋斗が幼稚園生の頃の事だった。
大好きだった女の子が引越しをして遠くに行ってしまうという事を、幼稚園の先生か
ら聞いた秋斗は、大好きな子に勇気を振り絞って告白した。すると、事もあろうに彼女
は秋斗の事を「女の子」と思っていたらしく、見事に振られてしまった。
秋斗は小さい頃、よく女の子に間違われた。それも、母さんの作ったマスコットキャ
ラクターの「クーちゃん」がヒットして爆発的な人気が出たからだった。
そのキャラクター「クーちゃん」の洋服や人形を発売すると、飛ぶように売れた。
秋斗は幼稚園に通う時、母さんに「クーちゃん」の洋服を着せられて幼稚園に通って
いた。この「クーちゃん」と言うキャラクターは女の子に人気のキャラだった。
そんな事で、秋斗はフリフリのフリルがついた可愛らしいワンピースを着て幼稚園に
通っていた。それで秋斗の事を女の子と間違う人は、チトセ以外にも沢山居た。
だから幼稚園の時、大好きだったチトセが秋斗の事を女の子だと勘違いしてしまった
のも、当たり前だったのかもしれない。
だけど、秋斗は母さんの作った「クーちゃん」を嫌いになったり、フリフリのワンピ
ースを着て幼稚園に行きたくないと思った事がなかった。
それは秋斗が、女の子の洋服を着るのが好きな特殊な趣味をもっているから。
・・・・・・とかではない。
チトセは母さんの作った「クーちゃん」が大好きだった。だから秋斗が「クーちゃん
」の洋服を着ていくと、チトセはまるで宝物を見つけたかのように、大喜びで秋斗の所
に来てくれた。
秋斗はそんな「クーちゃん」が大好きなチトセが大好きだった。だから秋斗は「クー
ちゃん」に感謝こそすれば、嫌いになんてなるはずがなかった。
リビングでテレビを見ながらボーっとしている秋斗に、母さんが声を掛けてきた。
「もしかして、緊張してるのかしら」
ちょっと冷やかされた気がして秋斗はすぐ否定した。
「んな分けないじゃん。卒業式なんて面倒くさいだけだよ」
今日は中学校生活最後となる、卒業式だ。
校長先生の長い話をきかなければいけないと思うと本当に面倒くさいと思ってるとこ
ろもあったが、中学校が今日で最後だと思うと少し緊張していた。でも緊張してるだな
んてバレたらなんだか恥ずかしい事のような気がして、秋斗はそう言った。
そんなことを見透かしているかのように母さんは微笑んでいた。
「それにしても何だったの?」
「ん?何が?」
母さんは急に話しを変えてきた。
「ほら、何か叫んでたじゃない」
げっ・・・・・・! 俺の声、下まで聞こえてたのか・・・・・・。
「いやー昔、好きだった子に告白したら、女の子と間違われてて振られちゃった夢を見
て叫んじゃったよー」
・・・・・・何て、口が裂けても言えない。
「ああ、あれね、ほら、あれだよ! あ、朝だ――――! っつって・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
突然の静寂がリビングに訪れた。
くっ、苦しすぎるか・・・・・・。
大体、今の今まで普通に起きていた子が急に朝に喜びを感じて叫ぶなんて頭がイカれ
てしまったんじゃないかと思われるだろう。
「ま、何でもいいけど、近所迷惑になるからやめなさいよ」
「あ、ああ、気をつけるよ」
どうでもよくなったのか、母さんはそれ以上聞かず、ご飯作りを再開した。
ふう、何とか誤魔化せた(?)みたいだ。
「ふあー母さ〜んおはよー」
暫らくすると、眠たそうにあくびをしながら2階からカナが下りてきた。
「あら、カナおはよう」
「おはよ」
いつもは秋斗より先に、カナがリビングにいる。秋斗が先にリビングにいる事は滅多
にない。というか、初めての事だった。
カナより先にリビングに居るのは何か変な感じだ。
「あれ、秋斗がカナより先にいるー! なんでなんでー!」
「お前が遅すぎるんだよ」
「母さーん、今日大雪が降るよー」
「・・・・・・お前まで言うなよ」
「あら、やっぱりカナもそう思う?洗濯物、中に入れなきゃ」
カナに乗っかって秋斗をからかう母さんを、秋斗は目を細めて見た。
「あらやだ冗談よ」
そんな秋斗を見て、母さんは笑いながらそう言った。
そんな朝から元気なカナを見て秋斗は嬉しい気持ちになって、カナと初めて出会った
時を思い出す。
秋斗がカナと初めて出会ったのは、秋斗が7歳の時だった。
ある時、一枚の紙を持った女の子が、秋斗の家の前にポツンと一人で立っていた。そ
の紙には、「この子をお願いします」とだけ書かれていた。
それを見た秋斗の両親は、慌てて警察に連絡し迷子の捜索届けなどがないか色々と調
べてまわった。しかし、捜索届けは出されていなかった。それどころか驚く事に、その
女の子に関する資料や記録と言う物が一切何も見つからなかった。両親の必死の捜索も
虚しく、結局その女の子について何もわからなかった。
分かったのは、少女の言う「カナ」と言う名前だけだった。
両親は話し合った。カナと言う名前しか分からない少女をどうするか。
施設に預けると言う選択もあった。が、秋斗と年が変わらないカナを、施設に送るよ
うな可哀想な事はしたくないと母さんは思ったらしく、それが決め手となりカナは岩神
家で暮らす事になった。
そして一緒に暮らす事になったが、最初は人見知りをしてか、捨てられたショックか
らか、カナは秋斗達にあまり話しをしてくれなかった。だが、岩神家の
粘り強い愛情の成果か、暫らくするとカナはみんなに心を開いていった。
今では良く食べる、よく喋る、元気いっぱいの女子だ。
元気になったカナは岩神家の親戚という事にして、秋斗と同じ学校に通うようになっ
た。
こう言ってはなんだが名前しか解らない、それも、見ず知らずの子供を自分の養子に
すると決心するなんて、中々出来ることじゃない。
そんな事を決心出来る両親は、我が親ながらカッコイイと思う。
そんなカナは秋斗にとって、今では何でも言える関係だ。
カナとは血は繋がっていないけど、そんな事は関係ない。
カナは俺達と本当の、いや、それ以上の、家族だ。
「はい、どうぞ」
そう言って母さんは出来上がった朝食を秋斗とカナの前に並べてくれる。
「わーい、ご飯だご飯だー!」
カナは運ばれてきたご飯を見て目をキラキラ輝かせている。
カナは見る度、よく何かを食べている。その時のカナは、すごく幸せそうだ。そうい
うカナを見ると、こっちまで幸せな気分になってくる。
そんな幸せそうなカナを見て、秋斗は母さんの並べてくれた朝食に目を移す。
炊きたての白米にわかめのお味噌汁に鮭の塩焼き。
「・・・・・・・・・・・・」
別に嫌いと言う訳ではない。ではないが・・・・・・。
ここ最近このメニューが続いている。一ヶ月間はこのパターンだ。
頼むから、レパートリー増やしてくれ! 母よ!
「・・・・・・ん? 秋斗何か言った?」
そんな事を思う秋斗の心を読んだかの様な、母の一言。
「え、な、何にも言ってないよ」
「まったく、ケチつけてないで早く食べちゃいなさい。こういう口うるさい所は誰に似
たのかしら。親の顔が見て見たいわ」
親はお前だよ。
何てことを心の中で愚痴りながら、毎日朝食を作ってくれる事に感謝する事にして、
秋斗は考えるのを止めた。
「ほら、急がないとそろそろ遅刻しちゃうわよ」
母さんにそう言われ時計に目をやると、針は8時をまわっていた。
卒業式は、8時30分からだ。
少し急いでご飯を食べて、母さんに見送られながら秋斗とカナは学校へ向かった。
学校に着くなり、達也が秋斗達に声をかけてきた。
「はよーっす! 秋斗!」
「はよー。達也、お前はいつも元気だな〜」
「あ、おはよう、タっちゃん」
「おー、カナちゃんもおはよー! 今日も可愛いね〜!」
「も〜タッちゃんったらー」
達也にそう言われ、カナは満更でもなさそうな顔をしてる。
朝一番に話かけてきた、元気一杯の腐れ縁にいつも通りの挨拶を交わす。
達也は女の子なら誰にでもしょっちゅう可愛いと言っている様な男だ。
そんな事を簡単に言えない秋斗には、達也のそんな所が少し羨ましいと思う時があっ
た。
確かにカナは可愛い。でもカナは何と言うか・・・・・・。
正直言って、出会った頃、つまり7歳の時から見た目があんまり変わっていない。
いや、正直に言おう。全っ然、変わっていない! 凄く幼く見える。
今でこそ中学校の制服を着ているからいいものの、ひとたび制服を脱いで私服になっ
てしまうと、良く言っても小学校低学年にしか見えない。
本人はその事をコンプレックスに思っているから、そこには触れない様にしている。
そんな幼く見えるカナだけど、確かに可愛い。
少しでも大人っぽく見せたい為か、長く伸ばした髪をいつも二つ結びにしている。体
はすごく華奢で、手足は握ったらすぐに折れてしまいそうな程に細い。傷一つない綺麗
な肌に、大きな目がクリクリっとしていて、お人形のような顔立ちをしている。
クラスの男子は、カナは身長が伸びれば完璧だ! と言って、皆こぞって毎日カナに
給食に出てくる自分の牛乳をあげていた。だがその成果は、ついに卒業式の今日まで表
れる事が無なかった。
いや、成果はあった。カナは、牛乳が飲めるようになった。(タラララッタッタッタ
ー)カナはレベルが上がった。
男共は嘆き悲しんでいたが、カナは牛乳が好きになった事が余程嬉しかったらしく、
秋斗に自慢していた。
だが、そんな幼く見えるカナだからこそ、といえる凄まじいファンがいる。
それは、ロリコ○の男共。ある一部の特殊な人達からカナは絶大な人気を集め、「女
神」と崇められている。
だが、カナが危ない男共にちょっかいを出される事はなかった。カナに下心丸出しで
いやらしい目を向けて近づいて来る奴らから秋斗が守っていたから。
「そういえば、達也は高校どこ行くんだ?」
朝の挨拶もそこそこに、秋斗は達也に聞いた。
中学校最後の卒業式の日に、今更そんな事聞く? なんて事は、この村では言われな
い。
実は秋斗の通っているこの学校には、ある都市伝説みたいな噂があった。
それは、卒業式の日までに、自分がどこの高校に行くかを言った人は必ず落ちる。
と言うものだ。
誰が流したのか解らないけど、皆その噂を信じてか、卒業式に自分の行く高校を教え
合うという事が、もうずっと昔からこの学校で続いている。
秋斗の住むこの村は、人口が600人というとても小さな村だ。
幼稚園、小学校、中学校が一校づつはあるものの、高校がない。その為、必然的に中
学を卒業したら、村を出て他の街にある高校に行かなければならなくなる。
そんな事もあり、この学校の生徒はほとんどがバラバラになってしまう。
なのでこの学校最後の日に進学校を教えあう事は、仲の良かった友達と一緒の高校か
離れ離れになってしまうのかがわかる、ハラハラドキドキの瞬間だ。
今ではある意味この学校の卒業式の一番の楽しみという感じにすらなってる。
そんな事で、教室のあちらこちらでどこの高校に行くのかと言う話で盛り上がってい
る。
別に都市伝説を信じてる訳じゃなかったけど、秋斗もどこの高校に行くということを
今日のこの卒業式まで誰にも言わなかったし、聞かなかった。
「俺は、桜花高校に行くぜ」
「え? 桜花高校!?」
「タっくん、桜花高校なのー!?」
秋斗は勿論、カナも驚いた。
桜花高校は、学園の8割が女子生徒という高校でほとんど女子高の様なものだ。男が
入るという事は珍しい。
秋斗は、当然と言える質問を達也にした。
「なんだってまた桜花高校にしたんだよ」
「なんでってそりゃあ、この村から一番近いしな」
「だからって・・・・・・」
「それにほら、女の子は沢山居た方がいいだろ」
「・・・・・・・・・・・・」
女の子が沢山居るからと言う理由で桜花高校にするなんて、達也らしい。
沢山の女の子が居る学園生活を想像してか、すっかり鼻の下を伸ばしてだらしない顔
をしていた達也だったが、これまでのおちゃらけた雰囲気から一変して、フッと表情を
引き締めると、少し前で話をしている一人の女の子を真剣な、それでいて優しい眼差し
で見つめていた。
達也の見つめるその先には、5人で固まっている女子グループがいて、やはり彼女達
も自分の行く高校の話で盛り上がっていた。
そのうちの一人、達也の見つめる女の子の話し声が聞こえる。
「え、ゆめも桜花高校? 私も桜花高校なんだー! やったー! 一緒だー!」
その子はいつも控えめで少し大人しい感じの女の子、ヒトミだった。
そっか達也、ヒトミの事が・・・・・・。
女の子が沢山いるから、と言ったのは照れ隠しで、本当はヒトミが行く事をどこかで
知って、桜花にしたんだろう。達也はチャラチャラしている様に見えて、一途な奴だ。
上手く行くといいな。心の底からそう思った。
「・・・・・・頑張れよ」
秋斗はいろんな思いを込めて言った。
そんな秋斗の言いたい事が分かってるかの様に、達也は言った。
「当たり前だろ」
達也の自信に満ち溢れた姿はカッコ良くて、男の秋斗でも惹かれるものがあった。
秋斗と達也はお互い無言で笑いあった。
「ね〜、何二人して見詰め合って微笑んでるの〜? もしかして二人ってそういう関係
〜?」
男同士の熱い友情を確かめ合ってた時にカナは雰囲気もクソもない事を言ってきた。
「そうだよカナちゃん、俺と秋斗は昔からそういう関係だったんだぜ〜♪」
「え! そうだったんだ・・・・・・ずっと一緒に居たのに、カナ気づかなかった・・
・・・・」
「ちっげ―――よ!」
今日が最後だからか、二人共いつも以上にはしゃいでいるように見える。
あー、本当に今日で二人ともお別れなんだな・・・・・・。
急に学校生活最後という事を実感する。
「秋斗は高校どこに行くんだ?」
達也が興味津々で聞いてくる。
「俺は、白龍学園だよ」
「な、白龍・・・・・・学園・・・・・・! 白龍高学園って、あの白龍学園か?」
「ああ」
「!!」
秋斗が白龍高校に行くという事を言うと、あんなに華やかだった教室は一気にざわめ
き返った。それもそのはず、白龍学園は倍率50倍という信じられない倍率の、超名門
学校だったから。
白龍学園は、とある離れ島にある。
この離れ島の町長は、昔ある事業で成功し、大富豪となって島ごと土地を買い取りっ
た。離れ島という理由で人があまり居ないその街に、今から10年程前に、町長は自分の
得た巨額の財産を使い、白龍学園という学校を建てた。
入学出来た者には、学費は勿論、住む場所や食事まですべて学園側が提供するという
前代未聞の待遇で、沢山の人を街に集める事に成功した。
そんな白龍学園の入学試験は変わっていて、「パワー」、「スタミナ」、「知力」、
「センス」、「異能」という五つの異なるテストを受けさせ、その五つ全てに、Aから
Gのランクを付け、どれか一つでもCランク以上を取る事が出来れば入学試験は合格と
なる。
「パワー」とは純粋に力の事で、「スタミナ」は体力、「知力」は学力、「センス」
は技術面の事を指す。
そして、「異能」と言うのが、テストの特殊枠だ。
この白龍学園が建てられる少し前に、世界で初めて発見された不思議な能力がある。
その能力とは、人の怪我を治す事が出来る治癒能力や、炎を自由自在に操る事が出来
きたりするといった、不思議な力の事だ。
10年前に発見されて今に至るまで、生まれて間もない小さな子や、年のいった老人
など、幅広い年齢層の人からその不思議な能力が発見された。
その能力を持つ者は、体からその能力独特の色を持つ、「オーラ」を体から出す事が
出来るらしい。そのオーラの色は、白、黄、赤、青、緑、茶、金の全部で七種類の色が
今の所、確認されている。
世界で見つけられた能力者は、この10年間で30人程度だけらしい。
いまだ未知の部分が多い、そんな不思議な能力を持つ者を、人々は「神の生まれ変わ
り」や「神様に選ばれた者」なんて呼んだ。
珍しい物が大好きという町長は、その不思議な能力を持つ者を億単位の金を使い手に
入れ、離れ島に連れて行ったという噂まである。
そういう凄く珍しいという理由で、この不思議な能力を持っている人はその能力を審
査員に見せるだけで、合格となれる。
もちろん学校が設立された当初は男女問わずこの学校のほとんどの生徒が白龍学園を
希望し、入学試験を受けた。が、入学試験の基準値をクリア出来る人はほとんど居なか
った。
それ程、その学校の入学試験はシビアなもので、たくいまれな運動神経を持った者達
などが白龍学園に入れる、といった学校だ。
そんな学校に行くと言うのだ。クラスの皆が驚くのも分からなくない。
「ねー聞いたー? 秋斗くん白龍学園行くらしいよー!」
「うそ! まじかよ! スゲー!」
驚きの声がちらほら聞こえてきた。
達也は信じられないという様な顔をして秋斗に言った。
「お前、白龍学園なんか受かったのかよ!」
「ああ、、達也も知ってるだろ? 俺が喧嘩強いの」
秋斗は笑いながらそう言った。
白龍学園の「技能テスト」というのは、色々な技術を審査する。それは、格闘センス
やダンス能力、歌唱力だったりと、さまざまだ。
秋斗は格闘技術というテストで、B判定を取り試験を合格する事が出来た。
小さな頃は、女の子の洋服を着ているという事で馬鹿にされ、秋斗はいつも虐められ
ていた。でも、その度にチトセが秋斗を守ってくれた。
チトセは強かった。俺を虐めてくる男を相手にしても負けない程に。
だけど、チトセが引っ越してしまって居なくなってから秋斗は強くなりたいと思い、
自分を虐めていた奴らと毎日毎日、殴り合いの喧嘩を繰り返していくうちに、今ではこ
の学校で一番喧嘩が強いと言える程まで成長した。と言っても、小さな田舎村で、の話
なのだけど。
そして秋斗は、白龍学園に行こうと思った理由を達也に言った。
「白龍学園行ったら、会える気がするんだ・・・・・・」
「・・・・・・チトセか!?」
秋斗は頷いた。
俺の言葉を聞いたカナが、一瞬哀しそうな顔に見えたのは気のせいか・・・・・・?
秋斗はいまだに、幼稚園のあの時からずっとチトセの事を想っていた。そして、それ
をカナと達也は知っていた。
いつも強くてカッコ良いチトセは、いつも楽しそうな事を探して回る、少し変わった
少女だった。そんなチトセだったら、白龍学園という他とはまったく変わったこの学園
に興味を持ち、そこに行こうとするんじゃないかと秋斗は思った。
勿論、チトセが白龍学園に行くなんて確信はなかった。だけど、白龍高校に行けばチ
トセに会える。そんな気がした。
そんな秋斗を見て、達也は少し呆れた様に言った。
「確かにチトセはあんな所に行きそうだよな〜まったく、お前って奴は。白龍学園に受
かるって事だけでスゲーぜ」
達也は、チトセに会えるといいなと言ってくれた。
秋斗が、「ああ」と言うと教室に担任の先生が入ってきた。
担任の指示に従い、廊下に出ると下級生がお出迎えしてくれた。その下級生に花のコ
サージュを胸に付けて貰い、体育館で校長先生の眠くなる話をどうにか頑張って聞いた
後、卒業証書を貰い、無事卒業式を終えた。
「あー疲れたー」
「やっと終わったねー」
長い卒業式を終ると、家に着くなり秋斗は倒れこむ様にソファーに横になって、リビ
ングでダラダラした。
卒業式という堅っ苦しい事が苦手な秋斗は、自分の家という事が落ち着くのか、開放
感に満ち溢れていた。
卒業式が終わって、2週間が経った。
秋斗とカナがリビングでマッタリしてると、玄関から助けを求める声が聞こえた。
「ただいまー。二人共帰〜、ちょっと手伝って〜!」
何事かと思い、秋斗とカナは声のする方に行った。
そこには、大量のスーパーの買い物袋に囲まれた母さんが玄関でぐったりしていた。
「なにコレ・・・・・・」
「お母さん、大丈夫〜?」
見ると、ゆうに15袋以上はあるのではないかという程の大量の買い物袋が、所狭し
と玄関に置かれていた。
驚く秋斗に、母さんは平然と言ってきた。
「買い物してきたのよ」
「いや、見りゃ分かるけど・・・・・・」
「今日は母さんご馳走作っちゃうからね」
「わーい! パーティーだー♪」
母さんの言葉を聞いて、カナは子供みたいに飛び跳ねている。その横で、母さんは大
張りきりだ。
秋斗は白龍学園のある街に、明日朝早くから出発する事になっていた。そんな秋斗の
為に、母さんが大量の食料を買ってきてくれていた。
それにしても限度というものがあるだろう、買いすぎだ。
そう思ったけど口にはだせなかった。母さんは、秋斗が家から出ることを寂しがって
くれていた。
それはそうだろう、苦労して生んで16年間もの間ずっと大切に育てて来た子供が一
人で、それも離れて暮らす事になるんだから。
そんな寂しがってくれる母さんを見ると、秋斗は感謝の気持ちでいっぱいになった。
その日は、暫らく家族で食事出来なくなるという事もあり、母さんがいつもよりも豪
華な食事を作ると言ってくれた。
母さんは、自分の作ったキャラクターで儲けた資金を使って家を改築し、家の3階部
分に仕事場を作った。その仕事場で、父さんと母さんは毎日二人で働いている。
岩神家は朝食以外、毎日家族揃って皆で食事をする。
母さんが食事を作り終えると、仕事場の3階に篭りっぱなしの父さんもリビングに下
りてきて、いつものように家族4人で食事を楽しんだ。
「あ〜! 秋斗、最後のから揚げ取ったー! ずる〜い! カナ後で食べようと思って
たのに〜!」
「早いものがちなんだよ! 遅いお前が悪い!」
大人気ない秋斗はカナにそんな言葉を浴びせる。
そんな事を言うカナは、何だかんだでご飯を六杯もおかわりしていた。
ご飯を食べる前には、母さんが買ってきてくれたお菓子をご飯が出来るまでの間、幸
せそうに食べていたのに。
いつもお菓子にアイスにご飯にデザートを食べまくっているカナだが、不思議と太ら
ない。
よく同級生の女子に、カナの太らない体質を羨ましがられていた。
初めて見た時こそよく食べるカナに驚いたものの、今ではカナのこの食欲にも慣れっ
こだ。
「あ〜、父さんも後で食べようと思ってたのに〜! 秋斗ずるい〜」
「だからその変な話し方やめろって!」
カナに続いて父さんもブーブー言ってきた。
カナの語尾を伸ばす喋り方は、この馬鹿親父に影響されてしまった事が大きい。
「はいはい、まだまだ沢山あるからいっぱい食べてね」
「「わーい」」
そんなこんなでつかの間の楽しい食事は終わり、秋斗は白龍学園に行く為の荷物の準
備をして、明日に備えて早めに寝ることにした。
その日、秋斗は卒業式で疲れてたのか、あっという間に眠りに落ちた。
「だーかーらー! 女の子同士だと、お結婚できないの。アキちゃん、知らないの?」
「ち、ちがうよチトセちゃん! ボク、男の子だよ!」
「え、そうなの?」
びっくりした顔のチトセがいる。
・・・・・・ああ、そうか・・・・・・俺はまたあの夢を見てるのか・・・・・・。
俺がチトセに女の子に間違われた夢を・・・・・・。
あの出来事には続きがあった。
今日はまだ目が覚めないんだな・・・・・・。
「う、うん! だから、大きくなったらボクと、結婚してくれる?」
「う〜ん・・・・・・」
チトセは秋斗を品定めするかの様に顎に手を添えて、真剣な顔で秋斗を見ながらグル
ーっと秋斗の周りを一周した後、二カっと笑ってこう言った。
「アキちゃんがアタシより強くなったら、結婚していいよ」
「え・・・・・・?」
秋斗は意味が分からないという顔をしてた。するとチトセは言った。
「今はアタシの方がアキちゃんより強いから、アキちゃんがアタシより強くなって、ボ
ロンジュウからアタシを守ってくれるなら、結婚していいよ」
ボロンジュウは、秋斗が幼稚園の頃に流行っていたテレビの戦隊ヒーロー物の悪の軍
団に出てくるボスの大怪獣だ。
「・・・・・・ボクがチトセちゃんより・・・・・・強く・・・・・・?」
「うん、そう! そして、アキちゃんがアタシを悪いやつらから守るの!」
「ボクが・・・・・・チトセちゃんを・・・・・・守る・・・・・・」
「うん! あ、お父さんが呼んでるから、アタシもう行かなきゃ!」
遠くからチトセを呼ぶ声が聞こえる。
「あ、チトセちゃん、これあげる」
秋斗はチトセが大好きだったクーちゃん人形をあげた。
「わークーちゃんだー! ありがとうアキちゃん! それじゃあ、アタシもぉ行くね」
チトセはそう言って、自分を呼ぶ父親の方へ走って行く。
秋斗は必死に叫んでいた。
「チトセちゃーん! 約束だよー! ボクがチトセちゃんより、強くなったら・・・・
・・!!」
秋斗の声が、大分離れていたチトセに届いていたのかは分からない。
だけどチトセはいつもの笑顔で秋斗に手を振ってくれていた。
そう。だから俺はあの時から、チトセと約束した日から、強くなりたいとずっと思い
続けてきた。
強くなって、そして・・・・・・そしてチトセと・・・・・・。
秋斗はいつの間にか、また深い眠りについた。
次の日、いつも学校に行く時間よりも、早い時間にセットしていた目覚ましが鳴り響
いて秋斗は起きた。
寝ぼけながらいつもの様に1階のリビングに行くと、そこには母さんもカナも、そし
て、朝はいつも仕事部屋に篭りっぱなしの父さんも居た。
「あ、秋斗遅〜い! カナ待ちくたびれちゃったよ〜」
「いや、目覚ましかけて時間ピッタリに起きたんだけど・・・・・・」
「ほらほら、早くご飯食べましょ」
「あ、ああ」
そんな事を言いながら、久しぶりに四人で朝食を食べ、そして昨日の内に準備してお
いた荷物を持って俺は出発の為、駅に向かった。
秋斗を見送りする為、皆一緒に駅まで来た。
駅に着いて暫らくすると、駅のアナウンスが鳴った。
「まもなく、一番線に白龍学園行きの電車がまいります。黄色の線の内側に入らないよ
う、離れてお待ち下さい」
この小さな村には、滅多に電車が来ない。
利用客もあまりいないので、この駅のホームには一番線しかない。
「一番線に電車が来るって言わなくても〜、電車が来ます〜。だけでいいのにね〜」
カナがそんな事を言った。
「雰囲気だよ、雰囲気!」
「そうよ、カナ。雰囲気は大切よ〜」
カナの言葉を聞いて、そんな意味の分からない事を父さんと母さんは言った。
アナウンスして1分程で電車が駅に着いた。
「たまには顔見せに、ここに帰って来いよ」
「ああ、分かった」
珍しく、父さんが真面目な顔をして秋斗に言う。
「それにしても寂しくなるわね・・・・・・」
寂しそうな母さんの顔を見ると、秋斗は胸が痛くなった。
そんな母さんの寂しそうな顔や、見慣れた父さんとカナの顔を見ていると、なんだか
秋斗は泣きそうになった。
何か見たことあるぞ! こんなテレビ!
この年になって、泣いているのを見られたくないと思った秋斗は、急いで電車に乗り
込んだ。電車が出発してしまいそうだったから、という事もあったが、前者の方が理由
は大きかった。
それに、今来た白龍学園行きの電車は、今日一本だけだ。こんな感動の別れをしてお
いて、電車に乗り遅れました。じゃ、あまりにもカッコ悪い。
母さんは、寂しい顔をしてるのはいけないと思ったのか、いつものようにニコッと笑
って言った。
「それじゃ、気を付けるのよ、二人共」
「・・・・・・え? ・・・・・・二人?」
一瞬、母さんが何を言っているのか分からなかった。
困惑する秋斗にかまわず、カナが返事をする。
「うん! 気を付けて行ってくるね〜」
そういってカナは何やら重そうな荷物をうんしょ、と言って持ち直した。よく見ると
カナは、見送りにしては大きすぎる鞄を持っていた。
「おっ、お前も白龍学園なのか!?」
「エへへ〜、ビックリした〜?」
カナは秋斗の驚く顔を見て、笑いながら言った。
「あらなに秋斗、知らなかったの?」
カナが白龍学園に行く事に驚く秋斗に、母さんが驚いていた。
「え、だってお前試験は・・・・・・」
「やったよー試験。パワーテスト受けたらA+(エープラス)判定が出て、何かすぐ合
格〜って言われちゃった」
「なっっ!!!」
A+だと・・・・・・!
ケロッと言ってのけるカナに、秋斗は口をパクパクさせた。
秋斗のパワーテストはCー(シーマイナス)だった。かと言って、秋斗の力が弱すぎ
るから。と、言うわけじゃない。カナの力が、ただただ凄すぎるのだ。開いた口が塞が
らないとは、この事を言うんだろう。
そうこうしていると、駅のアナウンスが流れた。
「ドアが閉まります。ご注意下さい」
アナウンスが流れると、母さんは言った。
「まあ、どうでもいいけど、あんたお兄ちゃんなんだから何かあった時は、カナの事ち
ゃんと守るのよ」
「あ、ああ」
どうでもいいって・・・・・・。
秋斗が心の中でツッコミを入れていると、電車のドアが閉まり、白龍学園行きの電車
は出発した。
母さんは、米粒程に見えるぐらいの遠い距離になっても、秋斗達にずっと手を振り続
けてくれていた。
時間は少し戻り、秋斗達の卒業式の日の朝。
秋斗達の住む小さな村から遠く離れたとある中学校でも、その日、卒業式を迎えてい
た。
そんなとある街に住む、ある女の子の朝。
「朝だ起きろ、バカヤロー! 朝だ起きろ、ボケナス!」
変わった目覚ましの音が部屋の中で鳴り響く。
「ん〜・・・・・・ん?」
女の子が目覚ましを見ると、針は8時45分を差していた。
それを見た女の子は、慌てて隣のベットでグッスリ寝ている子に声をかける。
「良子! 起きて! ヤバイよ!」
「・・・・・・おはようのチュー・・・・・・」
「変な事言ってないで早く起きてよ良子! 卒業式に遅刻する!」
「え〜、チトセ〜今何時〜・・・・・・?」
「もう、8時45分だよ!!」
「もう間に合わないわよ〜」
笑いながらそう言う良子を睨めつけながらチトセは急いで準備をする。
昨日、ついつい夜中まで遊んでいたら寝坊してしまった。
「準備出来た? 良子」
「待って〜レオにご飯あげなきゃ」
「早く、早く」
「ニャーオ」
お腹を空かせたペットのレオが良子に擦り寄ってくる。
良子がレオにご飯をあげて、二人は急いで家の駐車場に行く。
そこにはいつも学校まで送ってくれる父の姿があった。
チトセは駐車場でタバコを吹かす父に駆け寄って言った。
「父さん、起こしてくれればいいのに〜!」
「なに甘えた事言ってやがる! いいか〜、中学校を卒業したらお前達は大人に近づく
んだ。大人になるって事はだな〜」
「あー、もう分かったから急いで出発してよ! マジで遅刻しちゃうんだってば〜!」
そう言う父の話が長くなりそうだったので、チトセは言葉を遮った。
「ったく・・・・・・しょうがねえな〜んじゃ、ちゃ〜んと捕まっておけよ?」
二カッと笑うと父はそう言って、改造しまくった愛車をブッ飛ばして学校まで送って
くれた。
「どうにか間に合ったわね〜」
学校に着くと、なんでお前は大丈夫なんだという顔でチトセは良子を見る。
父が急いで送ってくれたのはいいが、家から学校まで2kmはあるクネクネ道を、1
分という今までで最速の時間で来た事で、チトセはかなり車酔いしていた。
だが父のおかげで卒業式に遅刻しないですんだ事に感謝しながら、学校に着いた二人
は下駄箱に向かう。
二人の下駄箱には、下駄箱に入らなくて溢れてしまう程の手紙がいっぱい詰め込まれ
ていた。
「わー・・・・・・何か今日は特別スゴイね〜」
「今日が卒業式だから、皆気合入れたのね」
いつもチトセと良子の下駄箱にはラブレターなどが入っている。が、今日は最後とい
う事でなのか、いつもの3倍はある。
「・・・・・・持って帰るこっちの身にもなってよね〜・・・・・・」
チトセが愚痴をこぼすのを良子が宥めながら、二人は靴を履き替えて教室に入った。
教室に入ると、後ろから誰かが突進して抱き付いてきた。
「西園寺様〜! おはようございます! 今日もお綺麗ですー!」
「あ、美樹ちゃんおはよう」
「ちょっと〜チトセにあんまりくっつかないでくれますか・し・ら!」
「いいじゃない、いいじゃない、良子は西園寺様と一緒に住んでるから、これくらい、
いいじゃなーい!」
「ま、まあ落ち着いてよ二人共」
チトセ達がそんな事を言っていると、周りに人が集まってきた。
「西園寺様と良子様は、お二人共、白龍学園に行かれるんですよね」
「うん、そうだよ」
「ええ、そうよ」
クラスの女の子に聞かれてチトセと良子は答える。
「キャー! スゴーイ!」
「カッコイイー!」
「さすがだな!」
そんな声がクラスで聞こえてくる。
チトセは明日から白龍学園の試験を受け、見事試験に合格していた。
「白龍学園には楽しい事がいっぱいありそうだから、すっごい楽しみなんだよね!」
チトセの白龍学園への期待は高まる一方だった。