二頁
私と言う人物はこの世界では浮いている。
周りでは中華風な服を着ているというのに、私は和服……浴衣に近い服を着用している。近い、とわざわざ付けているのは記憶に残るソレを自分で作ったからである。
とにかく、幼い時から浮いていた董擢という人間は相変わらず浮いていた。
尤も、私自身は気にすることなどないのだけど。
細工屋に頼んで作った煙管から吸った紫煙を吐き出す。
「不味いな……」
自身で乾燥させたからか、それとも葉自体が悪かったのか、不味い。至極不味い。
職業…というか、城主である妹を助ける為に文官という役職にはついているのだが。
今現在私は仕事をしていない。前世で噂の『にーと』とかいう奴に他ならない。
ワーカーホリック、仕事中毒と呼ばれた前世と今では少し……というかかなり違う。
仕事をしたい。しかしながら、仕事をしていると月や詠やが止める。別段、二人の上目遣いでウルウルした目を見たいから仕事を止めない訳ではない。
その事を勘違いしている詠あたりは去年の秋あたりから監視…私が仕事をする気が失せるように誰かを張り付かせている。
「あぁ、くそ……詠め。また私の弱点を見抜いたな」
「くぅーん」
我ながら口惜しそうに恨み言を吐いているが、その顔は喜色に染まっている。
この時代でコーギーに触れるとは……なかなかどうして。
木陰に座って、右手に煙管、左手でセキトを撫でる、和服の私。
煙管を銜えたまま口角が上がる。
また紫煙を肺に溜めて、少しだけ息を止めてゆっくり吐き出す。
「いやはや、不味い……ふふ」
「……」
いつの間にか眠っていたらしい私の前に褐色赤毛の少女。
彼女を一騎当千と名高い呂布と紹介されて誰が信じるだろうか。私は信じれなかった。
無表情な彼女は私をジッと見つめていて、目を開いた私とバッチリ目が合っている訳だが、視線を外さない。
美少女に見つめられるのはいいのだけど、こうも邪気のない瞳を向けられると、自身の暗い部分が見抜かれているようで……。
「どうかしたか?恋」
「……煙草」
火が消えて口に銜えたままだった煙管。そういえば二ヶ月程前に詠から禁煙令が出てた事を思い出した。
気にせずに見つからないように吸っていたからすっかり忘れていた。
「ふむ。吸ってないさ」
「……嘘」
「本当だ」
そう言うと、こちらに顔を近付けてスンスンと鼻を鳴らす恋。
美少女に密着されながら匂いを嗅がれるという非常に受け身でけしからん状態で数秒
「……臭いする」
「むぅ、やはりバレるか」
ぐしゃぐしゃと恋の頭を撫でて誤魔化そう。
気持ち良さそうに目を細める恋と起きたセキトがソレを羨ましそうに見る。幸い手は二本あるのだ。
セキトの頭に手を乗せてワショワショと頭をマッサージすれば、頭を更に押し付けてくる。
なんと和む光景だ。
徐々に脱力していく恋。当然のように前に倒れてきた恋をしっかりと体で支えて撫でる。
ほら、煙草の事など忘れてしまえ。詠と月の説教は聴けるが、見るに堪えないのだから。
しっかり脱力した事を確認してから撫でる手を背中にして、ポンポンと叩いていく。
寝てもいいぞ。と心で唱えながらゆっくり叩く。
樹と恋に挟まれる状況で動けなくなるのだが、まぁ今からの予定もないし大丈夫だろう。
ムニムニと胸の弾力を顔で堪能しているらしい恋の瞼が降りてきた。
セキトは既に私の隣と左手を陣取り夢の世界へと旅立っている。
「ゆっくり眠れ。誰か来たなら教えよう」
「……ん」
何度もしたやり取りを定例のようにしてから太股が恋に占領される。
何度か場所を変えて自分に寝やすい位置を確認してから腰に抱きついて、寝息が腹部に当たって少し暖かくなる。どうやら寝たらしい。
赤毛を梳くように撫でながら恋が来た理由を思案する。
どうせ恋に私を呼ぶように言ったのは詠だろう。そしておそらく用事はない。急ぎの用事は全て終わらせた筈だ。
つまり、私を呼ぶことに意味はあまりない。
よって呼ばれた事に意味はなく他の意図がある。
それが今私の浴衣を掻き分けて、腹をあむあむと甘噛みしている恋にあるのだろう。
根の詰めすぎか、何かは知らないが今の私と一緒にいて解消される事なのだろう。
もしくは恋が自発的に来て、私に甘えに来たのだろう。それはそれで嬉しく思う。
というか、腹に歯を立てられる心配などあまりしていないのだけど、甘噛みながら噛んだ部分を舐めるとはどうだろうか。
私だけ体が出来上がった状態になるのだが?もしかしてそれも含めて詠の陰謀か?
むしろ恋が焦らし責めという技術に目覚めたのか?
私としては非常に嬉しい限りなのだけど、しかし達せれない快感をどうすればいいのだろうか。
一人で慰める?一人……時間を考えるに野外で自慰をするはめになるのだが、流石に私とて羞恥心を持ち合わせている訳でありそんな事は一切できない。
つまりだ。恋が気付くか、頼まなければ今日ずっと私はこの体をもて余さなければならない。
それは、煙草を吸っていた私への罰なのだろうか?恋よ。
今、私は正座をしている。
尤も場所は寝台の上であり、説教をしている相手との目線は大体一緒なのだけど。
「聴いているんですか?陽様」
「いや、まったく」
「ではこの煙管はもう要りませんね?」
「すまない、ちゃんと聞こう」
煙管を詠から取り戻して袖の中に入れる。
そもそもなぜ私が詠に説教されているかといえば、数時間前…というか昼寝直後に話を戻さなくてはならない。
恋がきてから大体二時間後。
甘噛み攻撃に耐えながら素数を数えている時だ。恋が突然起きた。
当然なのだが、私より先に人の気配に気付いた恋が目を覚ましたらしく。私の腹部に歯形を付けるというちょっとしたマーキングをしてから立ち上がり、相変わらずの無表情で私を立ち上がらせ、あたかも『今から連れていきます』という雰囲気を出した。
で、そんな私達の前に居たのは恋を遣いに出した詠だったのだ。
そんな詠はたった一言だけ恋に聞いた。
「煙草の臭いはしたかしら?」
当然、私としては恋はそんな事を覚えていない筈と信じていたし、たとえ覚えていても私と恋の関係を考えるに言う筈はないと考えていた。
勿論、恋は口を開くことはなかった。
なぜか。
頷いたから当然である。
そんな裏切り者に一言だけ普段は私が作る筈の夜食を作らないと告げて今に至る。
「という事で煙草は危険なんです!わかりましたか!?」
「その知識も私が教えた物なんだがね」
「なにか言いましたか?」
「イエナニモ」
外見で見るなら愚姉を叱る妹なのだが、私の精神で見るなら祖父に叱る孫なのだ。いやはや、可愛い。
「また変な事を考えてますね」
「詠は可愛いな」
「何言ってるのよ!私はアナタの為に言ってるの!それなのにアナタは毎回毎回毎回毎回毎回毎回のらりくらりと交わしては酒を飲み煙草を吸い――」
「落ち着け、口調が砕けてるぞ」
公務の時間は過ぎているのでまったく大丈夫……というか、私としては一応上司にあたる彼女に敬語を使われる事に違和感を禁じ得ない。
昔はそういうプレイだと思って緩和していたが、流石に一年も同じプレイ内容を1日も休まずに続けられれば飽きる。
「――はぁ、とにかくあまり私達を心配させないで下さい」
「なに、心配するな。お前らが嫁ぐか婿を貰うかするまでは生きるさ」
「そういうことじゃなくて……第一アナタ以上がいるとは思えないし」
「ん?何か言ったか?」
「何も!」
まぁ全部聞こえていたのだけど。
どうやらこの娘が素直になるにはまだ時間がかかるらしい。
お爺ちゃんとしては曾孫の顔が見たいのだけど、董擢としては独占したい。我ながら矛盾している、と内心苦笑しながら寝台から降りる。
「こんな時間に何処へ?」
「少し調理場にな」
「……あー」
扉を開けば、ウルウルした瞳でこちらを見る恋。そんな恋を見て納得の溜め息を吐く詠。
さて夜食でも作るか。