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生き血を啜る、贖罪の子は踊れ 7

 村の娘が部屋にやってくると、Kは助手達を村長のいる居間に移動させた。これは後々になって明かされることとなるが、この時、Kの内に品のない思惑があったわけではない。むしろKの頭の中はすっきりと晴れ渡っていた。見かけほども酔っていなかった。

 助手達は気の毒そうな目で村の娘を見やると、そのまま静かにKの部屋を出て行った。娘は若く、そして田舎の娘にしてはいくらか上品にも見えた。Kがじっと娘を見つめていると、娘は顔を極端に赤くした。Kは御盆を置いてそばに座るよう指示した。

 「何も恐れることはないさ」と、Kは優しい口調で言った。

 すると娘はKとは目を合わさず、震えた声で「何も恐れてなどいやしませんわ」と、言った。

 「なら酌をしてもらおうか」

 Kがお猪口を向けると、娘は黙って酒を注いだ。Kは一度お猪口の中の酒の匂いをくんくんと嗅ぎ、それから一口で飲んだ。Kは反対に今度は娘に酒を勧めた。

 「けっこうですわ。私お酒は飲めませんもの」

 「君は村の娘と聞いたがどこの娘なんだい」

 「川べりに近い百姓の娘にございます」

 「ほう」と、興味深そうにKは言った。「ではもちろんあの川のことを知っているんだろうね」

 「ええ、知っています。子供のころは川でよく遊びましたわ」

 「じゃああそこが縁起の良くない場所だということも知っているんだね」

 「それは村の人たちの思い過ごしですわ」と、娘はまたKから目を逸らしてうつむけた。「あなた様はご存知になられないかもしれませんが、この村には奇怪な伝説がございますの。それで水辺が恐れられるんですわ」

 「できればそれを教えてくれないか」

 「ええ、わかりました。ただし、あまり私がこのようなことを言っていたとは他言なさらないでください」

 「わかってるよ」と、Kは言った。

 「昔、あの川に身投げをした女がおりました。私と同じような百姓の娘です。彼女は偉い様のご長男とたびたび逢引をしておりまして、やがて二人は子を作りました。しかしご長男はいいなずけのあった人ですから、ご両親がこれを許すわけにはいかなかったのです。そしてご両親は女にどこか遠くの町で暮らすように言いつけました。それができなければ女の両親もこの村から追い出すと脅したのです。次の晩、女は川に身投げをしました。……ですからこの伝説が誇張されてみな、ああして川を恐れるのです」

 「それは本当にあったことなのかい」と、Kが訊いた。

 Kはこの話にぞっとして、空になったお猪口を自分がまだ手に持ったままでいることにも気づかなかった。

 「本当ですとも。なにせこの家がそのご長男のご子息のおうちであるのですから」

 「ということは村長がそのご長男というわけなのかい」

 「それは違います。あの人は立派な尊敬できるお方です」

 「とんでもない話だ」と、Kは改めてつぶやいた。「じゃあなぜ君は川を恐れないんだ。おれだって今までは村の人間を馬鹿にしていたが、話を聞いてわかったさ。村の人間があの川を嫌うのも無理はない」

 「だって私は長いあいだあそこにいて、そんな女の霊など見たことがありませんもの」

 Kは息を落ち着かせると、ようやく空のお猪口に気がついて、娘に酌をさせた。

 「君の名はなんというんだ」

 「お初にございます」と、娘はうやうやしく頭を下げた。

 「お初、じゃあ早速おれの尋ねることに答えてくれ。いったいここの村は何を隠している。特に村長が何を隠しているのかが知りたい。この村の人間はおれという救世主がやってきたにもかかわらず、誰も何も言いにこない。村長が飯を運んでくるくらいだ」

 「何も隠してやいません」と、きっぱりと娘は言った。

 Kはしばらく娘の目の色を窺っていた。しかしこの娘が嘘を言うとは思えなかった。

 「ならこうしよう。ここにいるあいだ、この村にいるあいだは君をおれの暫定夫人とする。君は毎晩ここへおれを訪ねにやってくるんだ」

 「急に何をおっしゃいますの」と、娘が顔を赤らめた。「私はあなた様の妻になどなれやしません」

 「いいんだ。村長にはおれがそう言っていたと伝えていい。どうやら君は村のこともそれなりにではあるが知っているようだし、悪い人間じゃない。何もしやしないさ。おれはこう見えて自分が高潔な人間だと思っているつもりだよ」

 「わかりましたわ。ただし父が駄目と言ったらあとはわかりませんよ」

 「いいさ。その時は君の父親をおれが説得する」


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