生き血を啜る、贖罪の子は踊れ 6
怒りに身を任せてしまうのは愚の骨頂だということをKはよくわかっていた。怒りは人を盲目にし、事の一点をさも大事そうに凝視させる。助手達は川べりが見えるとふたたびそわそわし始め、後ろへ振り向いてKの顔色をうかがった。Kはそれに動じず、ただ頑として助手二人を睨みつけた。
これで助手達ももう本格的に諦めたらしかった。言葉数さえ少なかったものの、足をまっすぐに川へ向けた。
三人が川につくと、まずKが川の水を手ですくって飲んだ。川の水は昨夜同様冷たく、雪解け水も相まって、見渡し限りが青く澄んでいた。Kは飲まないのか、と助手達に聞いたが、またKに脅しをかけられてはいけないとばかりに、助手達二人は黙って下を向いていた。するとKは、それはそれでいいという風に二人を見つめ、それから対岸を眺めた。
対岸には松の木がいくつかあり、どれも真っ白な雪をかぶっていた。Kはそれをしばらく眺めた後、助手に言った。
「それでなぜこの川が人々に忌み嫌われているんだ」
Kがこう言うと、又一だけが顔を上げた。又一はKと見つめ合った。
「全ての事情を知っているわけではありませんが」と、又一が言った。「水子というんで、たぶん誰かが身投げでもしたんだと思います」
「子を孕んだ女がか」
「はい。きっとそうでしょう」
Kはそれぎり黙ってしまうと、又一の顔をじっと見つめた。もしここで嘘を言うようなら、本当に一度ぶちのめしてやらなければいけない、とKは考えた。しかし、又一の表情に何かを隠しているような陰は見当たらなかった。
「よろしい」と、Kは言った。「では元の案内に戻れ」
全ての案内が終わるころには、もう日が頭の上を越し、時間にするところの1時か2時になっていた。助手達はまたぞろKに何か文句を言われるのではないかとびくびくしていたが、Kは何も言わなかった。Kの頭の中にあるのは、もうあの川のことだけだった。あの清らかに見える川の何が人々をそこまで恐れさせているか、見当もつかなかったからである。身投げくらい、都会ではそんなにめずらしいことでもない。しかし村となると話は別なのかもしれない。Kはこのような思案の行ったり来たりを繰り返したが、答えとなるようなものは顔を出さなかった。
そしてやはり、川と鬼が何か関係しているのかもしれないと思った。そうとしか考えられなかった。今日一日村を歩き回ったが、その川以外に何かめぼしい発見もなかった。村長なら何かを知っているのだろう、とKは考えた。しかしあの用心深い村長が自分に何かを教えてくれるような真似を果たしてするだろうか。
Kはまた頭の中で策略を紡ぎ出そうとしていた。
自室へ帰ったKは家に帰りたそうな手持ち無沙汰の助手二人に腰をもませ、それが終わったら酒を少し持ってくるように指示した。今日はもう大してやれることもないから、早い時間に切り上げよう、と、Kが言ったのはこういうことであった。
Kは夜に村の若い娘が酌をしてくれることもきちんと覚えていたが、酒を飲む手が止まらなかった。Kはまだ月も昇らない時間に、助手達が飲む分にまで手をつけてしまっていた。助手達はそれに悲しそうな顔を浮かべたものの、Kには逆らえなかった。