生き血を啜る、贖罪の子は踊れ 5
Kの言いつけどおり、居間に飾られていたあの薄気味の悪い人形は夜のうちどこかに隠されてしまっていた。Kは多少満足気にそれを見やると、あとは後ろから助手達の足音が聞こえるのを今か今かと待った。もし助手達の決心がつくのなら、それは早急であろうと見込んでいた。二人で何か話し込んでしまうようなら、それはもうおしまいだ。
Kが玄関で長ぐつに足を通したとき、助手二人はKの後ろに立った。Kは二人に背を向けながら、にやりと笑い、それからこう言った。
「お前達は賢いよ。さあ履物を履け。俺を案内するんだ」
村はKの目に全体的にみすぼらしく映ったが、雪の白く染めているせいで神妙な美しさも在った。Kは助手二人を自分の前に歩かせ、黙って一軒一軒を訪ね歩くように指示した。訪ね歩くといっても、家の戸を叩くわけではない。だから助手達もこれに少し困惑した。Kの意図をまったく掴み出せなかったからである。
「どれくらいには帰れる見込みだ」と、Kが助手に訊いた。
「午前様には終わると思います」と、又一が言った。
「なにせ人の少ねえもんな」
長蔵がそう言うと、又一がたしなめるように肩をぶつけた。Kはその様子を二人の後方で伺いながら、煙草に火をつけるとあとは地面ばかりを見て歩いた。ひとまず助手共が自分にとって害のある人間ではないとわかったからである。Kは自分の仕事が人々の目にどんな風に映るかというのを、これまでの経験から嫌というほど悟っていた。一歩間違えば俺自身も化け物に見なされかねない、Kはこう考えていた。
村には用水路がいくつも張り巡らされており、それは近くを流れる川から枝分けされているらしかった。では案内が終わったら今度はそこへ行こう、Kがこうい言うと、二人の助手はとんと黙ってしまった。ただ黙々と歩き続けるのみになってしまったのである。Kも当然これを不審に思い、おいと声をかけた。長蔵はあからさまに何かを隠している様子で、Kはさきの忠告をふたたび繰り返した。
「お前達には俺の質問に答える絶対義務があることを忘れたのか」
これを聞いた二人は震え上がり、又一が言葉の口を切った。
「忘れてなどいやしません。もちろん覚えていますとも。ただあそこは縁起が悪いんです。村の人間も誰も近寄りません」
「近寄らないと言ったってただの川じゃないか」と、Kは言った。
「いいえ、それが違うんで」と、今度は長蔵が言った。「あっこは何でも水子の霊だかなんだかが出るってんで、恐れられてるんです」
又一もそうだという風に頷いた。
「お前達はどうしようもない愚図だな」と、Kが怒ったように言った。「お前達は俺を誰だと思っているんだ。俺はそれ専門の人間だぞ。たとえ鬼が出ようが蛇が出ようが、俺には何の問題もない。わかったらとっとと案内するんだ」
二人はKの言葉に改めて驚かされたような顔を浮かべ、それから納得したらしく、足を川の方へ向けた。まだ軒は4軒ほどしか回っていなかったが、Kのこの言葉で必然的に目的先は変わってしまった。Kは一度かっかすると、助手二人の後ろ姿を見ているだけで蹴り飛ばしてやりたくなった。Kは一度どちらかをぶちのめさなければならないような気さえしてきた。そうすることで威厳を発生できるなら、こんなに簡単なことはない。しかしどちらを殴るにしても、利点や損失は景色の端にちらちらと見えた。それからKは腹を立てながらも、ひとまずこの怒りが過ぎてしまうのを待つことにした。