生き血を啜る、贖罪の子は踊れ 2
村長は火鉢のある座間へ腰を下ろすと、夫人を呼んで熱い茶を持ってくるようにと頼んだ。その気づかいはKにとってもまったくありがたいものだった。手の平にほとんど感覚はなかったし、何より飲み物が欲しかったのだ。Kは村長が火鉢に種火を投げ込むと、そこへ両手を突き出してしばらく黙った。また、村長もKが何か話し出すのを待っている風だった。
「今晩はここへ泊まらせてもらうことになるでしょう」と、Kは言った。「茶を飲み終えたらすぐに寝床へつきます。いいですね」
「もちろんですとも」と、村長は言った。
「それから明日の晩には助手を二人ほどつけてください。私の仕事にはどうしたって助手がいります。それも有能な助手でなければなりません。背丈のある青年二人がいいでしょう。この村に有能な人間はいますかな」
「もちろんおります」
「夜には酌をしてくれる娘をこちらへ寄越して下さい。若い娘がいいでしょう。それと酒です、わかりますね」
「わかりました」老人はなされるがままに頷いた。
夫人の手によって茶が出されると、Kはゆっくり喉元へ流し込んだ。臓腑に染み渡ると思った茶はこれが生まれて初めてであった。村長が火箸で鉢を掘り返しているのを見ると、Kは早くも眠気が身に到来していることを悟った。彼はおもむろに立ち上がってうちの中を見渡し、村長にあれこれとうちにあるものの由来を訊いた。
「まずそれはなんですか──なるほど鹿の頭ですか。なに、暗くて多少目が利かぬものですから。それからそっちは何でしょう、置き物か何かですか」
「それは霊魂を鎮めるためのものです」と、村長が説明した。「この地方ではかかせぬもののひとつです。木の幹の部分を人の形に削りまして、それに鶏の血を注ぎます。黒ずんでいるのはそのためです」
「またどうしてそんな残虐な真似をしなくてはならなかったんでしょうね」
「さあそれはわたくしにも存じ上げませんな」と、村長はふたたびいくらか警戒の色を浮かべた。
「まあそれはいいでしょう。しかし私がこの家に厄介になるあいだだけは是非ともそのようなものを飾っておいて欲しくはありませんね。できれば物置にでも据えておいてください。私はそろそろ眠るので、そのあとになさるといいでしょう」
Kはそう言うと、村長に向かって案内してくれとばかりに顎をしゃくった。村長は火箸を置くと立ち上がり、それから廊下の奥へ指を差した。「案内していただけないのですか」と、Kが言うと、村長は腕を下ろして廊下の奥へと歩み出した。Kもそれについていった。
部屋は六畳ほどの何もないさっぱりとした部屋で、布団が隅に畳んで置かれていた。村長は障子を開けるとKを招きいれ、両手を叩いて夫人をその場へ呼んだ。夫人は血色の悪い顔をして、思わぬ客人に舞い上がったのかいそいそと歩き、夫に命令されると襖から掛け布団を取り出して、伸ばした布団にそっとかぶせた。
「当座はこの部屋でお願いできますでしょうか」と、村長は言った。
「いいとしましょう」と、Kは言い、障子を閉めて村長とのあいだを隔てた。