生き血を啜る、贖罪の子は踊れ 1
Kは村に到着すると、まず宿を探した。
村はほとんどが昨晩降った大量の雪に覆われ、川の水は雪解けの水も相まって勢いよく橋の下を流れている。Kはそこでしばらく迷った末に顔を洗い、服の袖で水滴を拭った。冷たいというにはいささか過ぎる川の水だった。橋の先には軒の繋がった長屋が道を狭めるように並んでおり、その先は月の光の弱いせいで見渡すことはかなわなかった。
Kは歩を進めた。村は寝静まり、長屋の障子はひとつとして灯っていない。みんな寝てしまっているのだろうとKは思った。自分が来ることは村の人間に伝えてはいなかったし、誰も準備するような人間は端からいなくて当たり前なのだ。もっとも、こちらにだってゆとりはなかった。今日明日に飢え死んでしまうほど、Kには金がなかったのだ。
金の入ったあとのことを考えると喉がうずくのを感じ、Kはなおのこと歩を進めた。一帯の寒さは厳しく、見渡す限りがその透明度を増していた。行けども行けども宿のようなものは見当たらなかったが、一軒だけ火の灯っている軒をKは目にすることができた。表札のようなものはかかっておらず、割りに大きい家だった。
少なくとも貧乏なうちではない、Kはこう考えると、玄関の戸を二度叩いた。時間は午前2時か3時のようだった。寝ているのなら叩き起こしてしまえばいい、Kはふたたびこう考え、もう二度ほど玄関の戸を叩いた。なに、おれは村の救世主となるはずなのだ。村の人間のひとりやふたり叩き起こしたところで、何か問題のあるわけがない。
戸の前に立ったKに、臆するような面はまるでなく、知らぬ人物の戸は延々叩かれ続けた。そのうちKは寒さにこらえ切れず、内の人に「おうい」と声をかけた。そんなことをしばらく続けているうちに、近所の家の障子や二階の窓から明かりが灯った。Kはなお臆することなく戸を叩いた。誰かがうちの中から「うるせえ」と怒鳴り、また他の家からは「やめてくれ」と哀願するような声が響き渡った。Kはそれらを耳に入れながらも、なお戸を叩き続けた。内の主と思われる初老の男が出てきた時にはすでに四軒先の家からも明かりが灯っていた。
「なんですかな」と、戸を少し開けて男が言った。老人の目には警戒の光が沈んでおり、またそれに抗うような震えもあった。
「私は頼まれてここへ来た者です」と、Kは言った。「あなた方から授かった手紙もここへあります。餓鬼に因った手紙です。なんならここで読み上げて差し上げましょうか」
「いえ、けっこうです」と、老人は言った。「そうですか、それなら合点の行くところです。しかしこのような夜更けにお越しになるとは聞いていなかったものですから」
「それはわかっています。ただ私にはそうするしか方法がなかったのです。私は忙しい身ですし、年がら年中しがらみに囚われています。問題のあるのはこの村だけではありませんからね。そこのところは省いてもよろしいですかな」
「ええ、けっこうですとも」老人は納得したように頷いてみせ、警戒の光を解いた。「ささ、お上がりください。私はこの村を代表するものでございます」
「けっこう」と、言ってKは村長のうちへ上がりこんだ。救われた気持ちだった。