石の記憶 番外編 時代(とき)の語り部 最終章
時代の語り部 最終章
上越を後にしたトラックは、東京へ向けて走り続けていた。
バックミラーの中で、少しずつ小さくなっていく新潟の街。
助手席には、今日手に入れた家紋入りのキーホルダー。
小さな品だった。
けれど、怜斗にとっては上越で過ごした短い時間そのものだった。
緑葉の桜。
冷たい緑茶。
継続だんごの味。
そして、いつか桜の季節に帰ってくるという想い。
「また来よう。」
そう心の中で呟く。
高速道路を走りながら、怜斗は胸元の瑪瑙の勾玉にそっと触れた。
思い出すのは、出雲へ向かったあの日。
超長距離の配送。
交通事情や天候による遅れを考え、会社が余裕を持って組んだ運行スケジュール。
その日は、予想以上に仕事が早く終わった。
帰京まで約二時間。
こんな時間ができることなど、滅多にない。
配達先から出雲大社までは、車で十分ほどの距離だった。
「行くなら、今しかない。」
そう思った。
静かな参道を歩く。
古くから続く場所の空気を感じる。
手を合わせる。
その後に味わった出雲そば。
そして、帰り道に立ち寄った土産物屋で出会った瑪瑙の勾玉。
あの日の出来事は、今でも鮮明に残っている。
偶然が重なって生まれた、わずかな時間。
怜斗には、それが出雲の神様からいただいた休息のように感じられた。
「また、ゆっくり行きたいな。」
今度は温泉に泊まりたい。
朝の出雲の空気を感じたい。
まだ見ていない景色を、愛用のカメラに収めたい。
そんな未来を思い描く。
けれど、今は仕事へ戻る時間だ。
長距離ドライバーとして、届けるべき荷物がある。
怜斗は前方を見つめる。
全国を走る道の先には、まだ知らない街がある。
まだ出会っていない景色がある。
でも、すでに心の中には帰りたいと思える場所が増えていた。
出雲。
上越。
そして、いつか訪れる松本城。
トラックは夜の高速道路を進んでいく。
エンジン音は一定のリズムを刻む。
その音を聞きながら、怜斗は静かに思った。
仕事で訪れた土地は、ただ通り過ぎる場所ではない。
そこで感じた風。 出会った味。 手にした小さな品。
それらすべてが、自分だけの記憶になる。
東京へ向かう長い道。
怜斗は今日もハンドルを握る。
時代の語り部 完




