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私は、大学を作る作業を始めた。
温泉は人を集める。だが、それだけでは一過性だ。人が去れば、また元に戻る。だが、学問は違う。
私は机の上に並べられた書状を見下ろした。
すでに数通、用意させてある。教会、王都、そして各地へのものだ。
「使者の準備は」
控えていたマルクがすぐに答えた。
「整っております」
「よし」
短く言う。
「まず教会だ。司教を通せ。話はそれから上に上げる」
空気がわずかに揺れた。
役人の一人が、慎重に口を開く。
「……殿下、大学の設立には、相応の許可が必要かと」
「分かっている」
私は書状の一つを指で叩いた。
「学位授与の権限。裁判の独立。課税の免除」
一つずつ、区切る。
「先に動かせるものは、動かす。認可は、それを公のものにするためだ」
さらに続ける。
「大学の名目は整えてある。“静養と学問の地”だ」
役人たちの顔が変わる。
「病を癒す湯。静かな環境。騒乱から離れた地」
「……確かに、学ぶには適しているかと」
「そうだ。だから認めさせる」
短く言い切る。
「王の名で押す。足りなければ、金も使う」
マルクが思わず顔を上げた。
「そこまで、なさるのですか」
私は視線を向けた。
「大学は、ただの建物ではない」
静かに言う。
「人と権利を呼ぶ装置だ」
誰も口を挟まない。
「今でも人は来るだろう。温泉がある以上、病人と商人は動く」
静かに言う。
「だが、認可があれば違う。自然と学者が来る。学生が来る。そして、街になる」
部屋は静まり返っていた。
やがてマルクが、深く頭を下げた。
「……直ちに、手配いたします」
私は頷いた。
その日の午後。私は、建物の配置図を見ていた。机の上には粗い地図と、簡単な設計図が広げられている。
「この一帯を使う」
指で示す。
役人が目を凝らした。
「……現在は空き地と、古い建物が点在しております」
「壊せ」
即答だった。一瞬、空気が止まる。
「過去に合わせる気はない。必要な形に作り直す」
設計図に目を落としたまま、続けた。
「ただし、石材、木材は使い回せ」
マルクが口を開く。
「どのような施設を、お考えで」
私は視線を上げた。
「住む場所だ」
簡潔に言う。
「学ぶ場所ではなく、まず住まわせる」
困惑が広がる。私は続けた。
「学生も教師も、遠方から来る。日帰りはできない」
図面を指でなぞる。
「寝る場所、食べる場所、集まる場所、それを一つにまとめる」
「……寄宿舎、ですか」
マルクは慎重に答えた。
「そうだ。囲う。……外と切り離し、中で完結させる」
役人たちが顔を見合わせる。
「学問に集中させるため、ですか」
「それもあるが、統制のためだ」
静かな声だった。
「外に散れば、揉め、流れ、消える。しかし中に置けば、管理できる」
誰も否定しない。
私はさらに指示を出す。
「湯殿も近づけろ」
「……湯殿?」
役人の一人が、呟いた。
「温泉は、この地の価値だ。疲れを取る場所として使わせる」
一拍置く。
「医官も置く」
「医官……?」
私は淡々と言った。
「療養と学問だ。病を治し、その過程を学ばせる場にする」
ようやく、全体が繋がったのだろう。
役人の一人が、息を吐いた。
「……温泉地そのものを、学問の場にするおつもりですか」
私は、わずかに役人を見た。
「惜しい。それは過程に過ぎない。学問で人を留める。そうすれば、この地は変わる」
沈黙。
やがて、村の長がゆっくりと頭を下げた。
「……承知いたしました」
私は最後に言った。
「三ヶ月で形にしろ」
誰も無理だとは言わなかった。
言わせなかった。
「先に場を作る」
短く言う。
……徒に時間を無駄にする気はない。
私は壁際に掛けられた砂時計に目をやった。
砂は、すでにほとんど落ち切っている。
「……今日はここまでだ」
静かに言う。張り詰めていた空気が、わずかに緩んだ。
「慣れぬ仕事だろう」
視線を巡らせる。
「だが、任せた。お前たちを、当てにしている」
誰もすぐには言葉を返さなかった。しかし、その背筋はわずかに伸びる。
「湯を使え。この地の利だ。疲れは、その日のうちに落とせ」
最後に、告げる。
「明日も、動かす」
役人たちが一斉に頭を下げた。
「はっ」
ざわめきとともに、人が動き始める。
外では、夕闇が静かに広がり始めていた。
……今日も、定時だな。湯が待っている。
わずかに、口元が緩んだ。




